女性労働に関する 専門家判例コラム
第14回 女性労働者に係る職業性疾病 君嶋 護男
労働者が業務を遂行することによって疾病に罹患することがありますが、従事した業務と罹患した疾病との間に相当因果関係(業務起因性)が認められれば、労災保険制度により所定の給付(療養補償給付、休業補償給付、遺族補償給付等)を受けることができます。このことは、もちろん男女を問わずにいえることですが、本来的に女性固有とはいえないものの、実態として、専ら或いは圧倒的多数が女性であるという疾病もみられるところです。
1960年代から1970年代にかけて、非常に大きな問題となった職業性疾病に「頸肩腕症候群(障害)があります。この疾病は、タイピストやキーパンチャーなど手や指を酷使する労働者の多くが罹るもので、これらの業務に就いている労働者の多くが女性であることから、まるで女性固有の疾病であるかのような様相を呈していました。
このことがいつ頃から問題になったかは必ずしも明らかではありませんが、昭和30年頃には、キーパンチャー等を中心に、腱鞘炎等の障害が発生し、そのことが職業病として労働災害に認定するか否かが問題とされていたようです。当時の労働省もこの対策に乗り出し、昭和39年9月16日「キーパンチャー等の手指を中心とした疾病の業務上外の認定基準について」(基発1085号)を発してこの問題に対応していました。この通達では、穿孔作業は60分を超えず、作業間に10分ないし15分の休憩を与え、1日のタッチも4万を超えないようにすることなど作業に当たっての種々の遵守事項が盛り込まれていました。
ところが、その後、タイピストを始め他の職種にも同種の障害が拡大し、症状も手指だけでなく頚腕にも及ぶことが明らかになったことから、労働省は昭和44年10月29日「キーパンチャー等手指作業に基づく疾病の業務上外の認定基準について」(基発723号)を、次いで昭和50年2月5日「頸肩腕障害に関する業務上外認定基準について」(基発59号)を発しています。
これらの通達は、頸肩腕症候群(障害)が業務に起因して発生したとの認定を行う基準として、その労働者の作業態様、作業従事期間及び業務量からみて、その発症が医学常識上業務に起因すると納得し得ることが必要であると定めるとともに、その作業態様については、主として打鍵などの手、指の繰り返し作業等上肢の動的筋労作又はほぼ持続的に主として上肢を上位に空間保持するといった静的筋労作であることを要するとしています。こうした頸肩腕症候群(障害)が裁判で争われるのは、当初はキーパンチャー、タイピスト及び電話交換手に限られていましたが、その後、作業態様も、重量物の運搬作業、ボールペンでの筆記作業等に広がり、それに伴って、一般事務職、看護婦(看護師)、保母(保育士)等罹患する職業も広がってきました。
また、その内容としては、①昭和48年5月頃から、労働者が使用者に対し損害賠償を請求する訴訟がまず起こり、次いで、②昭和49年10月頃から、疾病による長期休職を理由に解雇され、その無効の確認を求めるものに広がり、更に、③昭和53年12月頃より、業務上外の認定を争うものに波及するという流れが見られます。
最近では、キーパンチャーやタイピストという職種はほとんどなくなったと思われますが、高齢者介護、保育、マッサージ等に従事する労働者(これらも女性が多い)に頸肩腕障害等の症状が多く見られ、業務上の認定や、使用者に対する損害賠償を求める訴訟が起こっています。