女性労働に関する 専門家判例コラム

第1回 セクシュアル・ハラスメント事件の分類及び歴史   君嶋 護男

天秤

 ハラスメントには様々な類型があり、最近では、セクシュアル・ハラスメント、パワー・ハラスメント、マタニティ・ハラスメントの3類型に収斂してきているように思われます。 このうち、最も古くから問題とされてきた、いわばハラスメントの老舗に当たるものは、セクシュアル・ハラスメント(セクハラ)といえます。私がその問題を知ったのは、男女雇用機会均等法の施行直後の1987年3月で、当時、均等法担当者として、アメリカから帰国された労働法学者に「現在、アメリカでもっともホットな労働問題」として説明を受けたことによるものです。その後、セクハラはアッという間に世間に流布され、1989年には流行語大賞を受けるまでになっていました。 セクハラに関する裁判例は、私が自らまとめたものだけでも200件を優に超えています。セクハラ事例の内容は極めて多岐にわたっていますが、敢えて類型化すれば、①被害者が加害者に対して、慰謝料等を請求する事例、②加害者がセクハラを理由に解雇等の処分を受け、その取消しを求める事例、③セクハラ行為をマスコミ等に報道された加害者が、マスコミあるいはマスコミに情報提供した被害者に対し名誉毀損等を理由に損害賠償を請求する事例に分けられると考えられます。 セクハラ裁判はいつ頃から行われたかというと、多くの書物では「Q企画事件 福岡地裁平成4年4月16日判決」を嚆矢としていますが、私は異なる認識を持っています。この事件は、当時大新聞が「我が国初の本格的セクハラ裁判」などと、1面トップ若しくはそれに近い扱いをしたため、それが今日にまで至っていますが、セクハラ行為の加害者が解雇等の処分を受け、その取消しを求めた事例は、1960年代半ば以降かなり発生しています。その大半は、観光バスツアーで、宿泊先において運転手が若いガイドに性的行為を行うというものでした。また、被害者が加害者若しくは使用者に対して慰謝料等を請求する事例としても、上記Q企画事件よりも先に判決が出されたものもあります。 「Q企画事件」とは、出版社の男性編集長が、部下の女性編集者について、能力面の嫉妬からか、「異性関係が派手」といった噂を、社内あるいは取引先等に吹聴して退職を求めるようになり、当事者間で解決ができなかったとして女性編集者が退職を強いられ、会社及び編集長に対し慰謝料を請求したものです。判決では、女性編集者の主張に沿って、請求通り165万円の損害賠償を認めていますが、判決の中に「セクシュアル・ハラスメント」「セクハラ」といった言葉は出てきません。本事件は、風評を流すことによって職場環境を悪化させ、女性編集者を退職に追いやったという意味で、セクハラというよりも、むしろパワハラ事件というべきものと思われます。 本判決で特筆すべきは、使用者に対しハラスメントのない職場環境を整備する労働契約上の義務(職場環境調整義務)を認めたことで、ハラスメントについての使用者責任を明確にした点で、極めて有意義な判決といえるでしょう。

判例データベース

福岡出版社事件 「参考判例」
事件番号:福岡地裁 − 平成元年(ワ)第1872号

 

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