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福岡出版社事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
福岡出版社事件
事件番号
福岡地裁 − 平成元年(ワ)第1872号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社A

被告個人1名
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1992年04月16日
判決決定区分
請求一部認容(原告一部勝訴)
事件の概要
原告は、昭和60年12月から被告会社にアルバイトとして入社したが、正社員となり、被告会社の発行する雑誌の取材、執筆、編集等の仕事を任されるようになった。

他方、被告は編集長であったが、原告入社後1年ほど経たころには、編集業務における原告の役割が増大し、業務の重要部分にかかわれないなどから、疎外感を持つようになり、会社の関係者や取引先に原告の性的言動に関する噂を流したり、昭和63年3月には退職を求めたりした。

原告は、被告会社の専務に対し、被告に謝罪させるように訴えたが、専務は、あくまで両者の話合いによる解決を指示するにとどまっていた。最終的には、原告に対し、被告との話合いがつかなければ退職してもらうしかないと話し、原告は退職を申し出、退職に至り、被告編集長は、3日間の自宅待機と賞与減額の処分がなされた。
これに対し、原告は、女性だからという理由で差別的取扱いを受け、憲法で保障された「性による差別を受けない権利」を侵害されたとして、被告編集長の行為はいわゆるセクシュアル・ハラスメントであり、民法709条に基づく不法行為責任を負い、被告会社は、被告編集長の行為が被告会社の「業務の執行に付き」行われたもので、被告会社は、共同不法行為責任を負う(民法715条)として慰謝料300万円、弁護士費用67万円の支払いを求めた。
主文
一 被告及び被告株式会社Aは、原告に対し、連帯して金165万円及びうち金150万円に対する昭和63年5月25日から、うち金15万円に対する平成元年8月13日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを二分し、その1を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、仮に執行することができる。ただし、被告らが金70万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。
判決要旨
被告編集長が、被告会社の職場又は被告会社の社外ではあるが職務に関連する場において、原告又は職場の関係者に対し、原告の個人的な性生活や性向を窺わせる事項について発言を行い、その結果、原告を職場に居づらくさせる状況を作り出し、しかも、右状況の出現について意図していたか、又は少なくとも予見していた場合には、それは、原告の人格を損なってその感情を害し、原告にとって働きやすい職場環境のなかで働く利益を害するものであるから、同被告は原告に対して民法709条の不法行為責任を負うものと解するべきことはもとよりである。被告編集長の一連の行動は、まとめてみると、一つは、被告会社の社内の関係者に原告の私生活ことに異性関係に言及してそれが乱脈であるかのようにその性向を非難する発言をして働く女性としての評価を低下させた行為、二つは、原告の異性関係者の個人名を具体的に挙げて、被告会社の内外の関係者に噂するなどし、原告に対する評価を低下させた行為であって、直接原告に対してその私生活の在り方をやゆする行為と併せて、いずれも異性関係等の原告の個人的性生活をめぐるもので、働く女性としての原告の評価を低下させる行為であり、しかも、これらを上司である専務に真実であるかのように報告することによって、最終的には原告を被告会社から退職せしめる結果にまで及んでいる。これらが、原告の意思に反し、その名誉感情その他の人格権を害するものであることは言うまでもない。また、被告編集長が原告に対して昭和63年3月にした退職要求の後原告と被告編集長との対立が激化してアルバイト学生からも専務に職場環境が悪いとの指摘が出されるほどになった等からも明らかなように、右の一連の行為は、原告の職場環境を悪化させる原因を構成するものともなったのである。そして、被告編集長としては、前記の一連の行為により右のような結果を招くであろうことは、十分に予見し得たものと言うべきである。

もっとも、原告の職場環境の悪化の原因となったのは、必ずしも被告編集長の右一連の言動のみによるものではなく、原告と同被告との対立関係にも大いに起因するものであり、本件について判断するに際しては、このような事情も十分考慮に入れるべきである。

本件においては、原告の異性関係を中心とした私生活に関する非難等が対立関係の解決や相手方放逐の手段ないしは方途として用いられたことに、その不法行為性を認めざるを得ない。

してみると、被告編集長は、前記一連の行為について、原告に対し、不法行為責任を負うことを免れ難い。本件被告編集長の一連の行為は原告の職場の上司としての立場からの職務の一環又はこれに関連するものとしてされたもので、その対象者も、原告本人のほかは、同被告の上司、部下にあたる社員やアルバイト学生又は被告会社の取引先の社員であるから、右一連の行為は、被告会社の「事業の執行に付き」行われたものと認められ、被告会社は被告編集長の使用者として不法行為責任を負うことを免れない。使用者は、被用者との関係において社会通念上伴う義務として、被用者が労務に服する過程で生命及び健康を害しないよう職場環境等につき配慮すべき注意義務を負うが、そのほかにも、労務遂行に関連して被用者の人格的尊敬を侵しその労務提供に重大な支障を来す事由が発生することを防ぎ、又はこれに適切に対処して、職場が被用者にとって働きやすい環境を保つよう配慮する注意義務もあると解されるところ、被用者を選任監督する立場にある者が、右注意義務を怠った場合には右の立場にある者に被用者に対する不法行為が成立することがあり、使用者も民法715条により不法行為責任を負うことがあると解するべきである。以上のとおり、専務らの行為についても、職場環境を調整するよう配慮する義務を怠り、また、憲法や関係法令上雇用関係において男女を平等に取り扱うべきであるにもかかわらず、主として女性である原告の譲歩、犠牲において職場関係を調整しようとした点において不法行為性が認められるから、被告会社は、右不法行為についても、使用者責任を負うものというべきである。前記認定の経緯、ことに、原告は、被告編集長の原告の異性関係等私生活についての一方的理解や他の者への原告の異性関係等に関する噂の流布などから、同被告と職場内で対立し、その上で被告会社からの退職を求められ、これが原因となって結局被告会社を退職するに至ったこと、働く女性にとって異性関係や性的関係をめぐる私生活上の性向についての噂や悪評を流布されることは、その職場において異端視され、精神的負担となり、信条の不安定ひいては勤労意欲の低下をもたらし、果ては職を失うに至るという結果を招来させるものであって、本件もこれに似た経緯にあり、原告は生きがいを感じて打ち込んでいた職場を失ったこと、本件の被侵害利益が女性としての尊厳や性的平等につながる人格権に関わるものであることなどに鑑みると、その違法性の程度は軽視し得るものではなく、原告が被告らの行為により被った精神的苦痛は相当なものであったと窺われる。

しかし、他方、原告も、被告編集長から退職要求を受けた後、立腹して、被告等に原告及び原告との交際があるとされた関係者に謝罪することを強く求め、また、時には逆に被告編集長に対して攻撃的な行動に出るに及んだことなどが、両者の対立を激化させる一端となったことも認められ、また、原告の異性関係についてその一部は原告自ら他人に話したことも認められる。
これらの事情や、その他前認定に現われた諸般の事情を考慮すれば、原告の精神的損害に対する慰謝料の額は、150万円をもって相当と認める。前記不法行為と相当因果関係のある損害として認められる弁護士費用は、事案の難易、請求額、認容額その諸事情を斟酌すると、15万円をもって相当と認める。
適用法規・条文
02:民法709条,02:民法715条
収録文献(出典)
判例時報1426号49頁、労働判例607号6頁、横山美夏・ジュリスト1007号53頁、奥山明良・ジュリスト31巻3号60頁、判例タイムズ783号60頁、山之内紀行・判例タイムズ821号88頁、入江信子・ジュリスト1024号223頁、ジュリスト134号61頁・奥山明良
その他特記事項
なし。