判例データベース
Y商事事件(地裁)
- 事件の分類
- 解雇妊娠・出産・育児休業・介護休業等
- 事件名
- Y商事事件(地裁)
- 事件番号
- 東京地裁 平成25年(ワ)第29469号
- 当事者
- 原告…個人、被告…株式会社
- 業種
- 卸売業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2015年03月13日
- 判決決定区分
- 一部容認、一部棄却
- 事件の概要
- X(原告)は、洋酒の輸入等を行う、従業員数約20~25名程度の規模である株式会社Y(被告)との間で、2008(平成20)年9月1日に雇用契約を締結した女性労働者である。
Xは、2011(平成23)年10月頃に自身の妊娠が判明したため、この事実を専務取締役に予め報告し、2012(平成24)年1月31日、人事担当者のC同席の下、Y代表者との間で面談を行い、産前産後休業(以下、「産休」とする。)及び育児休業(以下、「育休」とする。)の取得を申し出た。Y代表者は、(仕事よりも)育児を優先した方がいいのではないか等の話をした上で、「戻りたいときに席があるかはわからない」、「復帰できないかもしれない」等の消極的な発言をしたが、最終的には、産休・育休の取得について了承した。
Xは、2012年5月14日及び同月15日に有給休暇を、同月16日から産休を取得し、同年6月17日に出産した。同月18日及び21日に、Xは、Cからの電話で、Y代表者がXを退職扱いにするよう指示していると告げられた。Xは退職扱いの撤回を求めたが、同月30日には、退職金として現金3万2500円が同封された退職通知(以下、「本件退職通知」とする。)がYからX宛てに送付された。その後YはXの退職取扱いを取り消し、職場復帰予定日を2013年6月17日とする2012年7月25日付けの育児休業許可通知をX宛てに送付した。
2013(平成25)年4月1日、Xは、Yに対し、就労証明書の発行を求める書類を送付したところ、Cから電話で、Y代表者が「就労証明書は受理できない」、「戻って来られる状況じゃない」、「雇えない」等を述べていることを伝えられた。その後、「新規に雇うことになります」、「新規に雇用は行っていません」といったY代表者の発言がCからメールで伝えられた。
同年5月1日、Xは、退職勧奨に応じることを前提に、精神的・経済的な補償金として88万円の支払いを求めて、労働局に対しあっせんを申し立てた。同年6月5日のあっせん期日において、Cは、Y代表者に電話で確認しながら、解雇や退職勧奨をしているわけではないとの回答をし、あっせん手続きは1回で不調により終了した。
Xは、同月12日付け書面において、Yの帰責事由によりXが就労不能となっていること、雇用関係の終了を認めるものではないこと等を伝えた上で、復帰予定日以降の賃金を請求するとの通知をしたが、解決の見通しが立たなかったため、同年8月7日、労働審判を申し立てた。
Yは、労働審判の手続きにおいて、Xの労働者としての地位を争わない旨を主張したが、最終的に出された審判は労働契約を合意解消することを前提に312万5316円(Xの給与1年分に相当)の支払いをYに命じる内容であったため、これに対しYが異議を申し立てた。
本件の争点は、(1)2013年6月17日以降XがYに出社していないことについてYに帰責性が存するか否か、(2)2012年6月以降のYのXに対する対応につき不法行為の成否及びその損害である。 - 主文
- 1 Yは、Xに対し、64万6627円並びにうち25万1762円に対する平成25年7月26日から、うち26万0443円に対する同年8月26日から及びうち13万4422円に対する同年9月26日から各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 Yは、Xに対し、15万円及びこれに対する平成25年8月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 Xのその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は、これを5分し、その1をYの負担とし、その余をXの負担とする。
5 この判決は、第1項及び第2項に限り仮に執行することができる。 - 判決要旨
- (1)について。Xが、2012年1月31日のY代表者との面談を通じてY代表者が産休・育休に対して非常に消極的であると感じ、産休取得後の同年6月にはYから一方的に退職扱いにされ、その取り消しを求めたにもかかわらず本件退職通知が送付され、最終的には退職扱いは取り消されたものの、2013年4月1日に就労証明書の交付を求めた際には、Cを介して、Y代表者から、復職拒否又は解雇とも受け取れるような内容の発言をされたという経緯を踏まえれば、Xが、2013年4月26日又は同月30日にY代表者からCを介して「面接時にお伝えします。」、「話を聞きたければ来れば。」等と言われながらYに出社しなかった理由について「Yの態度からして復職のための面談であると理解することができず、Yから復職のために面接をするという話がなかったので、Yに出社しなかった」旨を述べているのも、理由がないことではないというべきである。
Xが育休を取得している以上、復職予定日に復職するのは当然であり、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(以下、育児・介護休業法とする。)4条、22条に照らせば、Yは、育休後の就業が円滑に行われるよう必要な措置を講ずるよう努める責務を負うと解されるところ、2013年4月1日以降のYの対応は、Yが、Xの復職を拒否し、又はXを解雇しようとしているとの認識をXに抱かせてもやむを得ないものであり、他方で、Xは、2013年4月22日付けのC宛てのメールにおいてYの行為が実質解雇に当たる旨を明記しているから、Yとしても、XがY一連の対応について上記のような認識を有していることを把握することは可能であったといえる。
そうであれば、Yは、自らの努力によりXに抱かせた誤解を速やかに解き、Xの復職に向けた手続きが円滑に進むように、Xに対し、復職のための面談が必要であるから出社するよう明確に指示をする必要があったというべきであるが、通知書を送付するまで、YがXに対して上記のように明確な指示をしたとは認められないから、通知書がXに到達する2013年8月31日までの間のXの不就労については、Yに帰責性があると評価するのが相当である。したがって、民法536条2項の規定により、Xは上記期間についてのYに対する賃金支払請求権を失わない。
(2)について。少なくとも本件退職通知を送付した行為については、産休中のXの意に反することを認識した上で行ったものと認め得るし、仮にそのような認識がなかったとしても、産休中のXに対して退職扱いにする旨の連絡をし、Xから取消しを求められても直ちにこれを取り消さず、むしろ本件退職通知をXに送付するというYの一連の行為には重大な過失があるというべきであるから、これらYの一連の行為は、労働基準法19条1項及び育児・介護休業法10条に反する違法な行為として不法行為に該当すると認めるのが相当である。
他方、2013年4月以降のYの対応は、Yの帰責性を根拠付ける事由にはなり得るものの、それ以上に、別途、Xに対する独立の不法行為が成立するとまでは認められないというべきである。
前記の通りYがXを退職扱いにし本件退職通知を送付した行為は、不法行為に該当すると認められるところ、XがYから退職扱いの告知を受けたのが出産の翌日であったこと、当該退職扱いは、復職を希望して産休・育休を取得したXにとって全く予想外の出来事であったこと、Xが退職扱いの取消しをYに対して求めていたにもかかわらず、Yは本件退職通知を退職金とともにXに送付していること等の事情を総合考慮すれば、Yの上記不法行為によりXが受けた精神的苦痛は、15万円をもって慰謝するのが相当である。 - 適用法規・条文
- 民法536条2項・709条、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律4条・10条22条、労働基準法19条
- 収録文献(出典)
- 労働判例1128号84頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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