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国立大学法人諭旨解雇事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
国立大学法人諭旨解雇事件
事件番号
東京地裁 − 平成22年(ワ)第17160号
当事者
原告 個人1名
被告 国立大学法人Y大学
業種
卸売・小売業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2012年07月04日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 被告は国立大学法人であり、原告は、平成12年7月から被告の前身である国立大学の甲研に所属し、助手及び助教授ないし准教授として、通常は乙センターで研究をしていた。

 原告は、平成19年7月、甲研の修士課程に所属する女子学生Aと知り合い、同年8月末、実験の手伝いのお礼としてAを食事に誘った。同年10月16日、原告とAはレストラン(本件店舗)に行き、しばらく研究の話をしていたところ、途中から原告はAの太股を触るようになったが、Aは原告の気分を損ねたくない気持ちから、ハッキリと拒絶はしなかった。ラストオーダー後、原告はAに対し終電がないことを告げ、A宅に泊めて欲しいと頼み、Aはこれを拒否したものの、原告が更に強引に宿泊を求めたことから、結局原告の宿泊を承諾した。A宅に入った原告は、Aにいきなり抱きつき、恐怖で抵抗できないでいるAと性交渉を行った。翌17日、原告はAに対し、「昨日はありがとう、修論頑張ってね」というメールを送信し、Aは原告に対し「美味しい料理と楽しい時間をありがとうございました……お疲れ様です」とのメールを返信した。同日、Aは交際しているDに対し「ごめん」という趣旨のメールを送信し、Dの自宅において、原告から宿泊を依頼されて家に泊め、避妊をせずに性交渉に及んだことを話した。Aは、同年11月1日、ハラスメント相談所に行き、同月15日、ハラスメント防止委員会(防止委員会)に対し救済措置を申し立てた(A事案)。なお、Aについては、同月28日付けの診断書には、PTSDにより同月21日より加療中との記載がある。

 原告は、平成18年6、7月頃、数回にわたり乙センターの修士課程に所属する女性Bの肩を抱いたり、腰をさすったりする身体的接触を重ね、抱きついたり、首筋にキスをしたりし、妻とBと3人で飲んだ際、妻が席を外している間にBの尻を撫でるなどした。また、原告は、Bに対し、下着の色を尋ねるような性的なメールや、絶対許さない、就職しくじるといった嫌がらせメールを度々送信するなどしたことから、Bは、平成20年1月11日、防止委員会に対し、救済を申し立てた(B事案)。

 防止委員会は、A事案、B事案それぞれについて調査委員会を設置し、事情調査を行った上、A事案については平成20年10月23日、B事案については同年6月27日に調査報告書を作成し、いずれもセクハラ防止綱領で禁止するセクハラ行為があったと認定し、それぞれ停職2ヶ月とする処分案を提案した。これを受けて防止委員会は、被告総長に対し、原告を停職2ヶ月とする処分案を勧告し、被告総長は、懲戒委員会に審査を付議し、同委員会は11回の委員会を開催して、原告からの事情聴取を含む事実調査・審査を行った上で、原告を諭旨解雇処分とすることが相当との結論に達した。被告は平成22年3月10日、原告に対し就業規則39条5号(大学法人の名誉又は信用を著しく傷つけた場合)及び6号(素行不良で大学法人の秩序又は風紀を乱した場合)により、原告を懲戒処分としての諭旨解雇処分に付し、解雇予告手当及び退職手当を送金した。

 これに対し原告は、AはPTSDに罹患していないにもかかわらずこれに罹患したと供述するなど、その供述に信用性はなく、性的関係を示す証拠もないから、A事案は虚偽であること、B事案に関しては、Bとの間でメールを交換したことは事実だが、友人同士のものであることを評価すべきであり、意図的にBの身体に接触したことはないことを主張し、A、Bいずれに対してもセクハラ行為はなかったとして、被告に対し、本件処分の無効による雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認と賃金の支払いを請求した。
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 A事案について

 Aの証言は、具体的かつ詳細であり、調査委員会におけるヒアリングから当裁判所における証言まで、重要な部分について概ね一貫しており、不合理な変遷は見受けられない。また、Aの供述は、原告がAとやりとりしたメールの内容やブログの記載内容及びAが平成19年10月17日の後間もなくPTSDと診断された事実等と整合する。Aは、平成19年7月頃までは、原告と面識はあったものの、何らかの対立や争いがあった事実は窺われず、虚偽供述により原告を陥れる動機はない。更に、Aの供述態度は、原告のAに対する身体的接触について、明確に拒否の意思表示をしなかったことや、同年10月17日夕方にお礼のメールを送信したことなど、自身に不利益と考えられる事実も素直に述べ、真摯な供述態度であり、その供述は自然性、具体性、迫真性がある。以上によれば、Aの供述は信用することができる。

 これに対し原告は、性交渉があったのであれば存在すべき原告の体液の付着したティッシュペーパー、シーツ、タクシー乗車券等の証拠が存在しないことが不自然であり、Aは虚偽供述をしていると主張する。しかしながら、意に反する性交渉に応じた者が、体液の付着したティッシュペーパー、シーツ等について、不快感等を理由に廃棄、洗濯することは、通常の行動としてあり得ることといえるし、その他原告が主張するものについても、これがないことが特段不自然であるとはいえない。

 Dは、本件当時、Aと同じ甲研で研究活動を行う大学院の学生であったが、平成19年10月17日にAから本件セクハラ行為を打ち明けられた後間もなくAと婚約するなど、Aと極めて近い関係にある。もっとも、同日にAから本件セクハラ行為を打ち明けられ、Aの話を聞きながら経過表を作成した同年11月1日〜15日の段階では、原告とDとは共同研究の件で2〜3度メールをし、2回程度、短時間直接会ったことがあるだけで、原告と対立した事実は窺われず、虚偽の申立てに加担する動機はない。そして、その供述態度も真摯で信用でき、Aの供述を補強するといえる。そして、原告とAとの関係及び当時Aは原告の実験を手伝い原告の論文に共著者として氏名を掲載される予定であったという事情も併せ考慮すれば、原告とAとは、類型的に権力の不均衡が認められる関係にあり、原告はAに対し、制度上優位な立場にあったと認められ、かかる状況下における行為は、セクハラ防止綱領に定めるセクハラ行為に該当する。

2 B事案について

 Bの供述は、原告から身体的接触があった日時や回数について、必ずしも明確に特定しているわけではないが、時期については、いずれの行為も平成18年6月から7月頃という限度で特定し、一貫しているし、行為態様についても、最初に飲んだときの状況はある程度詳細に供述し、また尻を触られた状況についても、一定程度具体的であるということができる。そして、Bが供述する身体的接触の態様が、その1つ1つは単純な行為で、時間的にも比較的短く、何回も同様の行為を繰り返すことが可能な行為であると窺われることに照らせば、態様や回数、行われた場所等について一定程度曖昧な供述になっていることが、特段の不合理、不自然であるとまではいえない。そして、Bの供述は、Bが自主的に原告との会話を録音した録音記録の内容とも、身体的接触の存在及び時期の点で符合しているといえ、更にBが平成19年2月頃作成した「回想記録」と題する書面の内容とも整合するといえる。したがって、Bの供述は信用することができる。

 原告がBに対してメールを送信したところ、原告は、当時Bと親密な関係にあり、Bの不快感も強度ではなかった趣旨の主張をする。しかし、Bは原告からのメールで不快と感じたものについては残していること、平成19年1月から3月にかけて、これらをやめるよう原告に繰り返し言っていたと認められ、これらの事実からすれば、メールについてBが不快に感じていたと認められる。確かに、Bがプライベートな話も含めて話し、原告に好意を抱いていると考えられる行動をとっていたことは認められるが、これらは同じ乙センターで働く者として、良好な関係を築こうとした社会的儀礼の範囲内のものと認められる。そして、原告とBとの関係に照らせば、原告がBに対し強い影響力を有していたと認められ、かかる状況下における原告のBに対する行為は、いずれもセクハラ防止綱領に定めるセクハラ行為に該当し、本件就業規則38条5号及び6号に該当する。

3 本件懲戒処分について

 A事案は、准教授であった原告が、学生のAに対し、飲食中に太股を触る等の意に反する身体接触を行い、執拗にA宅への宿泊を求めた挙げ句、A宅においてAと強引に性交渉を行ったものであり、その態様は極めて悪質である。Aはその後PTSDと診断され、精神的にも深い傷を負うなど、その被害は甚大であり、原告の責任は極めて重いといわなければならない。また、B事案は、准教授であった原告が、同じ乙センターで日々指導をしていた学生Bに対し、その立場上の関係及び環境に乗じて性的な内容のメールを執拗に送信し続けたり、複数回にわたりBの意に沿わない身体接触をしたもので、執拗かつ悪質な行為として到底許されるものではない。そして、A事案及びB事案を全体としてみれば、1年余りの長期間にわたり、2人の学生に対してセクハラ行為を繰り返しており、教員としての適性を欠いていることが明らかであるところ、原告はA事案については行為自体を全面的に否認し、B事案についても身体的接触の大部分を否認しており、未だ本件各行為に真摯に向き合い、反省する態度は窺われない。

 以上のとおりの原告の行為態様の悪質さ、被害の甚大さ、原告の反省が窺われないことなどに鑑みれば、諭旨解雇処分(本件就業規則39条5号)が相当ということができ、本件懲戒処分は有効である。原告は、本件懲戒処分に至る手続が適正でなかったと主張するが、本件においては、防止委員会における調査の段階から原告代理人弁護士が関与し、適宜意見書、弁明書等が提出され、懲戒委員会調査委員会においても、事前に同委員会の認定した事実を告知した上で弁明の機会が与えられたと認められ、手続も適正であったといえる。
適用法規・条文
労働契約法16条
収録文献(出典)
労働経済判例速報2153号17頁
その他特記事項