判例データベース
国・三田労基署長(N社)自殺事件
- 事件の分類
- うつ病・自殺
- 事件名
- 国・三田労基署長(N社)自殺事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成20年(行ウ)第402号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 国 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2010年03月11日
- 判決決定区分
- 認容(確定)
- 事件の概要
- T(昭和23年性)は、大学工学部卒業後の昭和45年4月に電気製品等の製造販売を業とする本件会社に雇用され、データ通信システム事業部プログラム開発部等を経て、昭和56年6月に基本ソフトウェア開発本部第一開発部主任に配属されて以降、ソフトウェアの開発業務に携わってきた。Tは、平成10年7月、ミドルウェア事業部の発足に伴い、同事業部部長代理及び第二技術部長(兼任)に就任した。
本件会社は、不祥事等により、平成11年3月期に2200億円もの赤字を計上したことから、会社再建を図るため、三つから五つのコアビジネスを決め、平成12年2月7日に社内カンパニー制度の導入を正式に決めて発表した。これに先立つ同年1月21日、自分の後継者とみていたDが異動の内示を受けたことを知り、Tはショックを受け、Tは取締役に対しDの異動を止めるよう要請した結果、同異動は一時留保された。
Tの平成11年6月から平成12年2月までの時間外労働時間数は、それぞれ110時間、105時間、95時間、100時間、120時間17分、106時間39分、90時間、121時間34分、58時間(20日まで)と、概ね月間100時間を超えるまでになっており、休日出勤についても、平成11年10月が3日、11月が2日、平成12年1月が4日となっていた。
Tは、家庭において、平成11年12月頃から疲れた様子を見せるようになり、平成12年1月には、家族への対応も上の空で反応が鈍くなった。Tは同年2月に入ってから排便がなかったり、便に血液が混じるようになり、過敏性大腸炎と診断された。同月21日、Tは「今日は休む」と言い、午前11時頃朝食を摂らないまま歯医者に行くと言って外出し、以前住んでいた高層住宅8階の外階段踊場から投身自殺をした。
Tの妻である原告は、平成14年12月24日、労働基準監督署長に対し、労災保険法に基づく遺族補償年金の支給請求をしたが、同署長は、平成15年12月16日、これを支給しない旨の処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として、審査請求更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1,三田労働基準監督署長が原告に対し、平成15年12月16日付けでした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償年金を支給しない旨の処分を取り消す。
2,訴訟費用は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 業務とうつ病の発病及び死亡との間の相当因果関係について
労災保険法に基づく保険給付は、労働者の業務上の負傷、疾病、障害又は死亡について行われるところ、業務上死亡等した場合とは、労働者が業務に起因して死亡した場合等をいい、業務と労働者の死亡との間に相当因果関係が認められることが必要である。また労災保険法による災害補償制度が、業務に内在ないし随伴する各種の危険が現実化して労働者に死亡等の結果がもたらされた場合には、使用者等に過失がなくても、その危険を負担して損失の填補をさせるべきであるとする危険責任の法理に基づくものであることからすれば、上記相当因果関係の有無は、労働者の死亡等が業務に内在又は随伴する危険が現実化したものと評価し得るかどうかによって決せられることになると解するのが相当である。
このことは、労働者の精神障害の発病等について業務起因性の有無を判断するに当たっても同様に解することになるところ、精神障害の発病については、環境からくるストレスと個体側の反応性、脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まるという「ストレス脆弱性」理論が広く受け入れられていると認められることからすると、業務と精神障害の発病との因果関係は、ストレス(業務による心理的負荷と業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性、脆弱性を総合考慮して、業務による心理的負荷が、社会通念上、客観的にみて、精神障害を発病させる程度に過重であるかどうかを検討し、その過重性が認められた場合には、業務に内在又は随伴する危険が現実化したものとして、当該精神障害の業務起因性を肯定するのが相当である。そして、業務の危険性の判断は、当該労働者と同種の平均的な労働者を基準とすべきであり、このような意味での平均的労働者にとって、当該労働者の置かれた具体的状況における業務による心理的負荷が上記内容の危険性を有しているということができ、業務以外の心理的負荷及び個体側の要因がない場合には、当該労働者の精神障害の発病等について業務起因性を肯定することができるというべきである。
2 Tが心理的負荷を受けた業務上の出来事及びその心理的負荷の強度
本件会社が経営危機を乗り切るために収益性を重視した経営戦略を採っていた中で、コア事業の一つであるWebOTXに係る事業において中枢的な事業員であったDが外れた上、他社製品も併せて取り扱うといった事態を招くに至っており、このことは同事業の責任者であったTに対して心理的負荷を与えるに十分なものであったということができる。そして、その強度は、Tに対し、同事業の遂行に不安を抱かせるに止まらず、本件会社が同事業の位置づけの低下及び同事業の存続自体の危機を感じさせるものであるから、相当強いものと考えられる。なお、Tが平成11年11月頃、Dに対し、「開発して3年経っても売上げが伸びなければだめだと言われて、後がない」という発言をしたことは、Tが焦燥感を募らせていたことを示すものということができ、本件遺書中の「万策尽きました。会社へ責任をとります」との記載も、Tのこのような心情、気持ちの最終段階のものを表したものと解される。
Tは、平成11年6月から平成12年1月までの間、平成11年8月及び12月を除き、毎月100時間を超える時間外労働をしていたこと、上記両月でも90時間、95時間という時間外労働時間数であること、平成11年1月に三田事業場に移転してからのTの睡眠時間は4時間ないし4時間半程度であったことが認められる。
以上認定されるTの時間外労働時間数及び睡眠時間数を、医学的知見に当てはめると、Tの労働時間は、心理的負荷を与える業務上の出来事につき心理的負荷の強度をより強いものと修正すべき事由である恒常的な長時間労働に当たるものであり、業務上の出来事についての心理的負荷の強度の総合評価を強とするに足りる極度の長時間労働に当たるものということができる。
上記に説示したところによると、TはWebOTXに係る事業の遂行上強い心理的負荷を受けていた上、それ自体がうつ病の発病原因となるおそれがあるとされている極度の長時間労働に該当する時間外労働を行っていたことも認められることからすると、Tの業務による心理的な負荷は、社会通念上、客観的にみて、精神障害を発症させる程度に過重であったというのが相当である。
3 業務以外の心理的負荷
原告は、子宮筋腫の手術のため、平成11年12月13日から24日まで入院したが、これは以前から予定されていた手術とそれに伴う入院であり、術後の経過も順調に推移した。長男は平成11年当時、翌年の大学受験を控えており、平成12年2月中旬頃市立大学に合格し、同年4月に大学に入学した。以上、Tの家族に見られた出来事は、いずれもその内容及び顛末に鑑みると、Tに強度の心理的負荷を引き起こしたものとは認められず、他に業務以外でTに心理的負荷を与えた出来事の存在を窺わせる証拠はない。
4 個体側要因
Tは几帳面で神経質な性格で、何事も徹底的にやらないと気が済まないタイプであり、原告は責任感が強いと言っており、職場の同僚等は、部下に対しても厳しいところがあり、上昇志向も結構あったと言っており、T及びその家族に精神障害の既往歴はない。Tは平成12年12月19日、過敏性腸炎と診断された外、Tの生活史、社会適応状況及びアルコール摂取状況等について、特に問題となるような状況はない。以上によると、本件うつ病の発病に関して問題となるようなTの個体側要因は認められない。
5 Tの本件うつ病の発病及び本件自殺の業務起因性
以上によると、Tの業務上の心理的負荷は、社会通念上、客観的にみて、精神障害を発症させる程度に過重であり、Tの本件うつ病の発病は、業務に内在する危険が現実化したものと評価するのが相当である。そして、Tの本件自殺は、それが発病した平成12年1月後半ないし同年2月初め頃から間もなく起きたものであり、その間のTの様子からは、本件うつ病のほかにTが自殺をするような要因・動機を認め得る事情は窺われない。そうすると、Tの本件自殺についても、業務に内在する危険が現実化したものと評価するのが相当である。以上によれば、Tの本件うつ病の発病及び本件自殺とTの業務との間に相当因果関係の存在(業務起因性)を肯定することができる。 - 適用法規・条文
- 99:その他 労災保険法16条,の2,
- 収録文献(出典)
- 労働判例1007号83頁
- その他特記事項
- ・法律 労災保険法
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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