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園部労基署長(障害等級男女差)事件

事件の分類
その他
事件名
園部労基署長(障害等級男女差)事件
事件番号
京都地裁 − 平成20年(行ウ)第39号
当事者
原告個人1名

被告国
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2010年05月27日
判決決定区分
認容(確定)
事件の概要
 原告(昭和49年生)は、金属加工会社に勤務していたところ、平成7年11月1日、金属溶解作業中に溶解物が飛散し、これによって上半身中心に火傷を負った。原告は治療を受けたが、右頬から顎部、頸部、胸部、腹部の全域、右背部、右上肢の肘関節以下、右下肢の膝関節以下等に痕跡が残り、平成16年2月に症状固定と認定された。原告は、同年4月1日に労働基準監督署長に対し、労災保険法に基づく障害補償給付の支給を求めたところ、同署長は同月21日付けで、原告の上肢及び下肢の醜状障害と露出面以外の醜状障害につき労災保険法施行規則別表第1に定める障害等級表の準用第12級とし、これと外貌の著しい障害(同表第12級の13「男性の外貌に著しい醜状を残すもの」)を併合して、障害等級11級に該当すると認定する処分(本件処分)をした。

 障害等級表では、「女性の外貌に著しい醜状を残すもの」は第7級の12とされ、女性被災者は1年につき給付基礎日額の131日分の障害基礎年金が支給されるのに対し、同様の状態にある男性被災者については第12級の13とされ、給付基礎日額の156日分の一時金しか支給されないことになっているが、原告は外貌の醜状障害の等級について男女に差を設けることは憲法14条1項で禁止されている性別による差別的取扱いに当たるとして、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1 園部労働基準監督署長が原告に対して平成16年4月21日付けでした労働者際涯補償保険法による障害補償給付の支給に関する処分を取り消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。
判決要旨
1 障害等級の合憲性

(1)本件における憲法判断の対象等

 障害等級表は、外貌の著しい醜状障害については女性を第7級、男性を第12級と、外貌の醜状障害については女性を第12級、男性を第14級としており、男女に等級の格差を設けている。もっとも、認定基準によって、男性のほとんど顔面全域にわたる疵痕で人の嫌悪の感を抱かせる程度のものについては、第7級の12を準用することとされており、これは厚生労働省令における障害等級表の定めを補完し、障害等級表と一体となって、その内容に従った運用をもたらすものといえるから、上記の程度の外貌の醜状障害についての障害補償給付に関しては、男女の差はないといえる。したがって、本件では、厚生労働大臣が、障害等級表において、ほとんど顔面全域にわたる疵痕で人に嫌悪の感を抱かせる程度に達しない外貌の醜状障害について、男女に差を設け、差別的取扱いをしていることが憲法判断の対象となる。

(2)本件における合憲性の判断基準等

 労災保険法は、障害補償給付について、厚生労働省令で定める障害等級に応じて支給する旨を規定しているから(15条1項)、厚生労働大臣には障害等級表の策定についての裁量権が与えられているが、憲法14条1項の趣旨に照らせば、そのような裁量権を考慮してもなお当該差別的取扱いに合理的根拠が認められなかったり、合理的な程度を超えた差別的取扱いがされているなど、当該差別的が裁量判断の限界を超えている場合には、合理的理由のない差別として、同項に違反するものと解される。

 本件においては、障害等級表の策定に関する厚生労働大臣の比較的広範な裁量権の存在を前提に、本件差別的取扱いについて、その策定理由に合理的根拠があり、かつ、その差別が策定理由との関連で著しく不合理なものではなく、厚生労働大臣に与えられた合理的な裁量判断の限界を超えていないと認められる場合には合憲であるということができる。他方、行政処分の取消訴訟において、処分の適法性を立証する責任は、基本的に処分をした行政庁の側にあると解されるところ、本件処分の適法性の前提として、本件差別的取扱いが憲法に違反しないことが必要であり、したがって、被告は本件差別的取扱いの合憲性について立証しなければならないものと解される。

(3)被告の主張の検討

 被告は、外貌の醜状障害が第三者に対して与える嫌悪感、障害を負った本人が受ける精神的苦痛、これらによる就労機会の制約の程度について、男性に比べ女性の方が大きいという事実的・実質的な差異があり、これが本件差別的取扱いの合理的根拠となる旨主張する。

 被告は、労働力調査における産業別女性比率や産業別雇用者数によると、女性の就労実態として、接客等の応接を要する職種への従事割合が男性に比して高い旨主張する。しかし、上記の産業別雇用者数における「産業」とは、労働力調査において当該就業者が実際にしていた仕事の種類であるとされる「職業」とは異なるものである。したがって、上記のような産業別女性比率や産業別雇用者数から、女性の職種、ひいては女性の就労実態を直ちには導き出せないし、接客等の応接を要する職種に女性が多く従事していることも導き出せないと解される。被告は、サービス業全体についての女性の雇用者数の増加が男性より大きく、これが接客等の応接を要する職業に女性が多く従事していることの根拠となる旨主張するが、サービス業全体についての女性の雇用者数の増加が男性よりも多いことが、接客等の応接を要する職種に女性が男性より多く従事していることの根拠となるとはいえない。

 被告は、国勢調査結果を分析すると、女性の就労実態として、接客等の応接を要する職種への従事割合が男性に比して高いといえる旨主張している。まず、本件差別的取扱いの合理性を根拠付けるべき男女の職業に関する差異というのは、外貌の醜状障害によって生じる第三者の嫌悪感及び障害を受けた本人の精神的苦痛により就労機会が制約され、損失填補が必要であると一般的にいえるような職業についての差異である必要がある。そうすると、被告の主張する「接客等の応接を要する職業」のみならず、本人の精神的苦痛による就労機会の制約の面からは、多くの不特定の他人と接する、あるいはそのような不特定の他人の目に触れる機会の多い職業も含めて考えるのが相当である。少なくとも「法務従事者」、「経営専門職業従事者」、「音楽家、舞台芸術家」、「販売類似職業従事者」(不動産仲介・売買人、保険代理人・外交員、外交員など)、「生活衛生サービス職業従事者」(理容師、美容師、浴場従事者、クリーニング職、洗張職)は、上記の職業に含めて考えるべきであるし、「その他のサービス職業従事者」、「保安職業従事者」の中にも、上記の職業に含まれるものがあると考えられる。

 国勢調査の結果を分析すると、外貌の醜状状態により損失填補が必要と一般的にいえるような職業について、女性雇用者数が総雇用者数に占める割合も、同職業小分類の雇用者数が男女の各雇用者総数に占める各割合も、男性に比べ女性の方が大きいということができるが、採用する職業小分類に応じてその差の程度は区々であるということができる。そうすると、国勢調査の結果は、事実的・実質的な差異の根拠になり得るとはいえるものの、その根拠としては顕著なものとはいい難いところである。

 被告は、化粧品の売上げや広告費に関する統計から、女性が男性に比して自己の外貌等に高い関心を持つ傾向が窺われるから、外貌の醜状障害による精神的苦痛の程度について男女の間に明らかな差異があると主張している。確かに、皮膚用化粧品や仕上用化粧品の需要が男性に比して圧倒的に女性に多いこと、女性用の化粧品やファッション、アクセサリーについての広告費が大きな数を占めており、一般的に、女性の自己の外貌に対する関心が男性に比して高いということができる。そうすると、外貌の醜状障害による精神的苦痛の程度について、男女の間に差異があるとの社会通念があることに結びつくとはいえるし、当裁判所の認識もこれを否定するものではない。他方、外貌への関心が低い人でも、男性であっても、実際に外貌に醜状障害を受けた場合に大きな精神的苦痛を感じることもあり得ると考えられる。したがって、外貌への関心の有無・程度や男女の性別が、外貌の醜状障害による精神的苦痛の程度と強い相関関係に立っているとまではいえない。

 被告は、外貌の醜状障害に関する逸失利益等が問題となった交通事故による裁判例により、外貌の醜状障害により受ける影響について男女間に事実的・実質的な差異があるという社会通念の存在が根拠付けられている旨主張する。確かに、被告の指摘する裁判例において、外貌の醜状障害により受ける影響について男女間に差異があることを前提とするような記述が見受けられるが、その記述自体の合理的根拠は必ずしも明らかではなく、これらの記述が、上記のような差異に関する社会通念の存在の強い根拠となるとはいえない。

 以上のとおり、国勢調査の結果は、外貌の醜状障害が第三者に対して与える嫌悪感、障害を負った本人が受ける精神的苦痛、これらによる就労機会の制約、ひいてはそれに基づく損失填補の必要性について、男性に比べ女性の方が大きいという事実的・実質的な差異につき、顕著でないものの根拠になり得るといえるものである。また外貌の醜状障害により受ける影響について男女間に事実的・実質的な差異があるという社会通念があるといえなくはない。そうすると、本件差別的取扱いについて、その策定理由に根拠がないとはいえない。しかし、本件差別的取扱いの程度は、男女の性別によって著しい外貌の醜状障害について5級の差があり、給付については、女性であれば1年につき給付基礎日額の131日分の障害補償年金が支給されるのに対し、男性では給付基礎日額の156日分の障害補償一時金しか支給されないという差がある。これに関連して、障害等級表では、年齢、職種、利き腕、知識、経験等の職業能力的条件について、障害の程度を決定する要素となっていないところ、性別が上記の職業能力的条件と質的に大きく異なるものとはいい難く、著しい外貌の醜状障害についてだけ男女の性別によって上記のように大きな差が設けられていることの不合理さは著しいものというほかない。また、そもそも統計的数値に基づく就労実態の差異のみで男女の差別的取扱いの合理性を十分に説明しきれるか自体根拠の弱いところである上、前記社会通念の根拠も必ずしも明確ではない。その他、上記の大きな差をいささかでも合理的に説明できる根拠は見当たらず、結局、本件差別的取扱いの程度については、上記策定理由との関連で著しく不合理なものといわざるを得ない。

 以上によれば、本件差別的取扱いの合憲性、すなわち、差別的取扱いの程度の合理性、厚生労働大臣の裁量権行使の合理性は立証されていないから、その裁量権の範囲が比較的広範であることを前提としても、なお障害等級表の本件差別的取扱いを定める部分は合理的理由がなく、性別による差別的取扱いとして憲法14条1項に違反すると判断せざるを得ない。そして、本件処分は、上記の憲法14条1項に違反する障害等級表の部分を前提に、これに従ってされたものである以上、原則として違法であるといわざるを得ない。

2 障害等級表が憲法14条1項に違反する場合、男性の著しい外貌の醜状障害に適用されるのは第12級か否か

 本件差別的取扱いは憲法14条1項に違反しているとしても、男女に差が設けられていること自体が直ちに違憲であるともいえないし、男女を同一の等級とするにせよ、異なった等級にするにせよ、外貌の醜状という障害の性質上、現在の障害等級表で定められている他の障害との比較から、第7級と第12級のいずれかが基準となるとも、その中間に基準を設定すべきであるとも、直ちに判断することは困難である。このように「従前、女性について手厚くされていた補償は、女性の社会進出によってもはや合理性を失ったのであるから、男性と同等とすべき(引き下げるべき)である」との被告が主張するような結論が単純に導けない以上、違憲である障害等級表に基づいて原告に適用された障害等級(12級)は、違法であると判断せざるを得ず、本件処分も違法といわざるを得ない。

 以上のとおり、本件処分は障害等級表の憲法14条1項に違反する部分に基づいてされたもので、違法であるから、本件処分は取り消されるべきである。
適用法規・条文
01:憲法14条1項、
99:その他 労災保険法15条
収録文献(出典)
労働判例1010号11頁
その他特記事項