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四日市労基署長(運送会社)脳内出血死控訴事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
四日市労基署長(運送会社)脳内出血死控訴事件
事件番号
名古屋高裁 - 昭和62年(行コ)第4号
当事者
控訴人四日市労働基準監督署長

被控訴人個人1名
業種
分類不能の産業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1988年10月31日
判決決定区分
控訴棄却
事件の概要
 被災者(昭和5年生)は、昭和34年4月からN運送四日市支店に運転手として勤務し、昭和51年4月から本件被災時まで、同僚Fとコンビを組んで大型貨物自動車による長距離貨物輸送業務に従事していた。

 被災者は、昭和54年6月4日午後2時から1時間かけて天草への貨物(200kg入りドラム缶50本)の積み込み作業をし、これを積んだ大型貨物自動車でFと共に翌5日午前零時15分頃四日市支店を出発し、翌6日午前10時30分頃目的地である天草公進ケミカルに到着し、その後荷卸し作業を行った。そして、被災者とFは、荷卸し作業終了後直ぐにFの運転で帰路についたところ、間もなく被災者の気分が悪くなったため急遽救急車で病院に搬送したところ、被災者は同日午後7時25分頃、高血圧性脳内出血により死亡した。

 被災者の妻である被控訴人(第1審原告)は、被災者の死亡は業務上の事由によるものであるとして、控訴人(第1審被告)に対し労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ、控訴人は被災者の死亡は業務上のものではないとして不支給処分(本件処分)をした。被控訴人は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
 第1審では、被災者の死亡に業務起因性を認め、本件処分を取り消したことから、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。
主文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
判決要旨
 被災者は、前日来の連続22時間余、約1000kmの乗務、特に公進ケミカルまでの約27km

の区間の決して楽とはいえない道路を2時間余運転した上、到着後直ちに1個200kgのドラム缶の荷卸し作業を40分間かけて行い、休む間もなく帰途につき鳥栖に向かったのであるが、かかる前日来の労働の連続と短時間とはいえ緊張を伴う運転及び一時的に多大の筋力を要するドラム缶の荷卸しが被災者の血圧を異常に亢進させ、かねてからの本態性高血圧症と相俟って、これが容易に下降せず、亢進し続けたものと認められる。そして、被災者は午前11時30分頃出発した後、気分が悪いのを我慢できなくなり、Fに停車してもらったのが午後0時5分であるが、この間に本件脳内出血の前駆症状が発現し始めたものと考えられ、本件脳内出血の発症が開始したのは、「身体が思うように動かなくなった」と訴えるに至った午後1時40分前であると推認されるけれども、右脳内出血が発症したと見られる時以降、午後3時20分頃病院に収容されるまでの約2時間の搬送が病状の進行を早め、破綻した血管の収縮による止血作用に悪影響を与えたことは否定し得ない。

 ところで、被控訴人が、本件遺族補償給付及び葬祭料の給付を受ける為には、被災者の死が労働者災害補償保険法12条の8第2項が準用する労働基準法79条、80条の「労働者が死亡した場合」、即ち業務と死亡との間に相当因果関係が存する場合でなければならない。そして労働者が元々有していた基礎疾病が条件又は原因となって死亡した場合でも、業務の遂行が、右基礎疾病を誘発又は増悪させて死亡の時期を早める等その基礎疾病と共働原因となって死の結果を招いた場合は、特段の事情のない限り、右の死と業務との間には相当因果関係があると認めるのが相当である。

 被災者は昭和51年以降本態性高血圧症に罹患し、要注意、要治療の状態であったが、一時通院治療したとはいうものの、自覚症状のないままに何らの治療もしていなかったところ、本件天草運行及びこれに続く荷卸し作業が被災者の血圧を亢進させ、脳内出血の前駆症状を惹き起こしたものとは認められるけれども、被災者の基礎疾病の状況、運転業務、勤務の内容及び天草運行をするに至った経緯等を子細に検討すれば、右前駆症状が直ちに業務に起因するとまでは未だ認め難い。

 しかしながら、被災者は、(1)公進ケミカルからの帰路、午後0時5分頃から午後1時30分頃までの間に脳内出血の前駆症状(気分が悪くなり、悪心を感じ、激しい嘔吐に見舞われた)を覚えたのであるが、土地不案内の遠隔地を走行していた上に、既に帰りの仕事の予定も迫っていて、なるべく早く鳥栖営業所に到着して積荷作業をしなければならぬと考えたこと、(2)被災者は、当該土地の事情に暗く、健康保険証も持参していなかったため、気軽に医師の診察を受け得る状態になく、知合いのいる鳥栖営業所にとにかく行こうと考えたこと、(3)前駆症状を車酔いと誤認していたFが、被災者の様子にただならぬものを感じたのは、既に高速道路上で、容易に方向転換したり出来る状態になく、サービスエリアに行き電話連絡した上で鳥栖営業所に向かうほか方法がなかったこと、(4)脳内出血が発症した場合の救護は、安静にして、できるだけ早く医師の診察を受けるべきであるという公知の事実を併せ考えれば、医師の診察を受けずに鳥栖へ向かおうとした被災者の選択は、業務上やむなくした選択と認められ、被災者の救護のためとはいえ、廃車時期の迫った大型貨物自動車によって高速自動車道を時速80kmを超す高速で走行したことが被災者の血圧を更に亢進させて病状の進行を早め、また破綻した血管の収縮による止血作用に悪影響を及ぼしたものと認められる。即ち、本態性高血圧症という基礎疾病を有する被災者が、偶々業務遂行中に脳内出血の前駆症状を呈したのであるから、その段階、或いはは遅くともインターチェンジから1つ目のパーキングエリアの段階で、安静に保ち医師の適切な措置を受けてさえいれば、脳内出血までには至らなかったか、或いは軽度でそれを止め、救命の可能性があったと認められるにもかかわらず、やむを得ず業務を継続したことが血圧を更に亢進させ、急激に病状を増悪させて脳内出血を発症させ、死の結果を招いたものというべく、業務と死の結果には相当因果関係があると認めるのが相当である。
 以上のとおりであるから、被災者の死亡を業務上の事由によるものとは認められないとした控訴人の本件処分は違法であるから取消しを免れない。
適用法規・条文
99:その他 労災保険法16条2
99:その他 労災保険法17条
収録文献(出典)
労働判例529号15頁
その他特記事項