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四日市労基署長(運送会社)脳内出血死事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
四日市労基署長(運送会社)脳内出血死事件
事件番号
津地裁 − 昭和57年(行ウ)第4号
当事者
原告個人1名

被告四日市労働基準監督署長
業種
分類不能の産業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1987年02月26日
判決決定区分
認容(控訴)
事件の概要
 被災者(昭和5年生)は、昭和34年4月からN運送四日市支店に運転手として勤務し、長距離貨物運送に従事していた。被災者は、N運送が予め定めた運行計画に従い大型貨物自動車を運転して指定された地へ物品を運搬していたが、そのほか月1回程度臨時運転にも従事していた。

 昭和51年4月から本件被災時まで、被災者は同僚Fとコンビを組んで11.5トン積みの大型貨物自動車による長距離貨物輸送業務に従事し、200kg入りドラム缶や100kg入りドラム缶、500kgパックなどを運搬していた。被災者の運転走行距離は、昭和54年2月16日から3月15日まで(3月度)が5634.0km、4月度が6330km、5月度が4712.3kmであり、休日は3月度4日、4月度7日、5月度9日であった。

 被災者は、昭和54年6月2日午前9時頃広島への運行を終えて帰宅し、その後1泊で釣りに出掛けた後、翌3日午後6、7時頃帰宅し、翌4日午後2時から1時間かけて天草への貨物(200kg入りドラム缶50本)の積み込み作業をした。被災者はFと共にこれを積んだ大型貨物自動車で翌5日午前零時15分頃四日市支店を出発し、翌6日午前10時30分頃目的地である天草公進ケミカルに到着し、その後荷卸し作業を行った。そして、被災者とFは、荷物の積載予定がある鳥栖営業所に早く到着するため、荷卸し作業終了後休憩を取ることなく午前11時10分頃Fの運転で帰路についた。その後間もなく被災者が気分が悪いと訴えたが、車酔いと考え、ひたすら鳥栖営業所に向かったところ、営業所に着く前に被災者の容態が悪化したため、救急車で病院に搬送したところ、被災者は同日午後7時25分頃、高血圧性脳内出血により死亡した。

 N運送では毎年2回健康診断を実施していたが、長距離貨物運送に従事する被災者らは昭和52年秋と同53年春の健康診断を受診していなかった。被災者は昭和51年(220/130)以降本態性高血圧症に罹患していたのに治療を怠り、N運送も被災者が高血圧症に罹患していることを知り得たにもかかわらず、深夜勤務を伴う不規則労働が常態の長距離運転を健康者と同様に被災者に命じていた。
 被災者の妻である原告は、被災者の死亡は業務上の事由によるものであるとして、被告に対し労災保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ、被告は被災者の死亡は業務上のものではないとして不支給処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1 被告が昭和54年12月21日付けで原告に対してした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
判決要旨
 被災者の死亡につき労働者災害補償保険法12条の8所定の遺族補償給付及び葬祭料を支給するためには、被災者が「業務上死亡した場合」でなければならないから、被災者の高血圧性脳内出血による死亡と業務との間に相当因果関係がなければならず、相当因果関係があるというためには、当該業務がその死亡につき最も有力な原因であることまでは要しないが、少なくとも相対的に有力な原因であることが必要であるというべきである。

 被災者(死亡当時49歳)の死亡原因は高血圧性脳内出血であり、被災者は当時既に高血圧症に罹患しており、高血圧症そのものが業務に起因して生じたものとは認め難いところであるけれども、被災者の従事していた長距離貨物運送業務は深夜勤務を伴う長時間の不規則労働が常態の、厳しい肉体的・精神的緊張と疲労を来す健康者にとってさえ激務といえるものであり、高血圧症を増悪させる要素を持つものであるところ、本件天草運行は四日市支店における路線トラック業務の中では最も長距離の業務の一つであり、被災者は四日市支店を出発し公進ケミカルに到着するまでの間、10分ないし30分間の休憩4回や仮眠2回を挟んで22時間余約1000キロメートルを乗務し、その間直接11時間35分も高血圧症の増悪をもたらす運転に従事し、しかも到着直前の走行困難な道路を被災者が2時間10分かけて運転し、公進ケミカルに到着するや直ちに貨物自動車荷台上においてFと協力して200kg入りドラム缶50本を横に倒し荷台に横付けされたフォークリフトまで転がしていく重労働の荷卸し作業に約40分間従事し、右作業終了と同時に休憩もせず帰路につき、カーブの多い道路をF運転の貨物自動車に同乗して走行し、振動及び横振れの影響を受けたことが誘因となって脳出血が発症したこと、そして、被災者は午前11時30分頃以後午後零時5分頃までの間に脳出血の前駆症状(気分が悪くなった)を自覚したのであるから、この段階で安静状態に保ち医師の適切な措置を受けていれば脳出血にまで至らなかった可能性が十分あったにもかかわらず、土地不案内の遠隔地を走行中であったために、なるべく早く鳥栖営業所に到着して積荷作業をしなければならぬと考えたこと、Fとコンビの業務であるため自分の都合で運行が遅延するとFに迷惑をかけるとできる限り我慢したこと、公進ケミカルへの運行は2度目に過ぎず当該地方の事情に暗いため、知合いがいる鳥栖営業所へともかく行こうと考えたこと、乗車中であったために車酔いと誤認したことなどから、安静にすることも医師の診察も受けることもなく、苦しい身体に鞭打って無理に乗車勤務を継続したため、連続乗車及び重労働の荷卸し作業によって亢進した血圧が下がらず、車両の震動や横振れの影響を受けて血圧が亢進を続け、遂に高血圧性脳内出血を発症させるに至ったものと認められ、以上の事実を総合して考えると、被災者の高血圧性脳内出血による死亡にとって被災者の遂行した業務は相対的に有力な原因であると認めざるを得ないので、業務と被災者の死亡との間には相当因果関係があるというべきである。
 以上によれば、被災者の死亡を業務上の事由によるものとは認められないとした被告の本件処分は違法で、取消しは免れない。
適用法規・条文
99:その他 労災保険法12条8
99:その他 労災保険法16条2
99:その他 労災保険法17条
収録文献(出典)
労働判例493号27頁
その他特記事項
本件は控訴された