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H学園常勤講師雇止事件

事件の分類
雇止め
事件名
H学園常勤講師雇止事件
事件番号
神戸地裁尼崎支部 − 平成19年(ワ)第551号
当事者
原告 個人1名
被告 学校法人
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2008年10月14日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 被告は、H学園中学校及び高等学校を設置する学校法人であり、原告(昭和50年生)は平成11年4月、雇用期間を1年と定めて被告に美術科非常勤教師として採用された者である。原告は、平成12年3月に雇用期間満了によって雇用関係を一旦終了し、平成13年4月再び雇用期間を1年と定めて非常勤講師として採用され、平成14年4月及び平成15年4月にも雇用契約を更新した。

被告では1年間の雇用期間を定めた常勤職員制度を平成14年4月に設けたことから、原告は平成16年4月、常勤講師として採用され、その雇用契約は平成18年度まで更新された。平成16年度の常勤講師としての初めての採用に当たっては、原告はB校長(発言当時は高等部長)から、1年間しっかり頑張れば専任教諭になれるなどと言われ、平成17年度の更新時には、専任教諭には採用されなかったものの、通常は専任教諭が担当する中学校のクラス担任となった。

平成18年度の契約更新の際、同年度から高校校長となったC校長から、常勤講師は3年を限度とすること、平成19年度の雇用については白紙であることを告げられた。同年11月頃、被告が原告に対し次年度雇用を希望する場合には書面を提出するように求め、これを受けて原告は常勤講師又は専任教諭としての採用を希望する旨の書面を提出したが、被告は常勤講師としての希望のみにするよう指導し、原告はこれに従って修正した書面を提出したところ、平成19年2月23日、被告は原告に対し同年3月25日度限りで雇用契約を終了する旨の通知をした。
これに対し原告は、常勤講師の職務及び役割は専任教諭と実質的に同等であり、基幹性を有する恒常的なものであること、常勤講師制度は専任教諭の試用期間の趣旨で設けられ、同制度発足以降、被告の専任教諭はいずれも常勤講師を経た者から採用されていることから、常勤講師は勤務に対する評価に問題がなければ専任教諭として採用されるか、常勤講師として雇用が継続されることを合理的に期待し得る地位にあったと主張した。そして、常勤講師に採用されるに当たって、B校長が専任教諭としての採用を期待させる発言をし、原告の勤務の評価は高く、契約更新の手続きも形骸化していたことから、原告の継続勤務への期待は合理性が高く、被告において原告を雇止めしなければならないような事情は存しなかったとして、本件雇止めの無効による常勤講師としての地位の確認と賃金の支払いを請求した。
主文
1 原告が、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は、原告に対し、平成19年4月1日から本判決確定に至るまで毎月20日限り1ヶ月金32万1400円及びこれに対する各支払期日の翌日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用は被告の負担とする。
5 この判決は、第2項に限り仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件雇止めの法的評価

 そもそも解雇予告は明確かつ確定的な意思表示であることを要するところ、原告はC校長らに常勤講師としての雇用は3回を限度とすることを知っているかと尋ねられ、そのような制限については知らない旨応答し、平成19年度の雇用について白紙と告げられて、H学園でずっと美術を教えていきたい、次年度はよろしく頼む旨告げているのであって、このような原告の対応及びC校長らの言動内容に鑑み、被告側の上記言動は解雇予告の明確性や確定性に欠けるものであったと評価すべきであるから、被告側の上記言動をもって、被告が原告に対し平成18年度雇用契約に解雇予告を付す旨の意思表示をしたものと認めることはできない。したがって、平成18年度雇用契約に解雇予告が付された事実を認めることができず、本件雇止めを解雇予告の効果としての雇用契約の当然終了であると評価することはできない。よって、本件雇止めは、有期契約における更新拒否として、その効力を検討すべきことになる。

2 雇止めの場合の解雇権濫用法理類推適用について

 そもそも、期間の定めのない雇用契約において、使用者の解雇権の行使が客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認することができない場合には、当該解雇権の行使は権利の濫用として無効とされるところ、有期雇用契約であっても、当該契約が多数回にわたって反復更新されるなどして期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態となり、当事者の合理的な意思解釈としては実質的に期間の定めのない契約を締結していたものと認定される場合には、雇止めの意思表示は実質的には解雇の意思表示に当たり、当該雇止めの効力を判断するに当たり、解雇に関する法理を類推適用するべきである。

 そこで本件各雇用契約についてみると、原告・被告間の常勤講師としての雇用契約回数は3回に止まり、多数回にわたるとは評価することができない。また常勤講師の制度趣旨についてみても、(1)E校長が常勤講師制度採用時に、労働組合に対し、専任教諭採用のための試用期間を設ける趣旨で導入する旨説明していること、(2)常勤講師制度に代わる前の専任講師制度が専任教諭採用に先立ち3ヶ月間の試用期間を設けるための制度であったことには争いがないこと、(3)常勤講師制度採用後、被告では専任教諭は基本的に常勤講師の中から採用されていることに照らし、常勤講師制度は専任教諭採用に先立ち、実質的な試用期間を設ける趣旨で導入されたものであることが認められ、常勤講師に対しては、雇用期間終了時に次年度の雇用に関する被告の判断が予定されているものということができ、常勤講師としての雇用契約が当然に反復継続することが予定されていたということはできない。これらの事情に照らすと、本件において、原告及び被告との間に、期間の定めを形式的なものとする旨の意思又は期待等があるとは認められず、本件契約が期間の定めのないものと実質的に同視できるものとは認められない。

 しかし、有期雇用契約が期間の定めのない雇用契約と実質的に同視できない場合であっても、雇用継続に対する労働者の期待利益に合理性がある場合には、解雇権濫用の法理が類推適用され、解雇権の濫用、信義則違反又は不当労働行為などに該当して解雇無効とされるような事実関係の下に使用者が新契約を締結しなかったとするならば、期間満了後における使用者と労働者間の法律関係は従前の労働契約が更新されたのと同様の法律関係となるものと解される。

 そもそも、常勤講師制度の導入趣旨は、専任教諭採用のための実質的試用期間を設けることにあり、常勤講師制度が採用された平成14年度以降、常勤講師として採用された者の多くがその後専任教諭として採用されている状況にあり、常勤講師の職務内容や勤務状況等を見ても専任教諭の勤務とほぼ変わるところがないものであったと認められるから、原告が、常勤講師としての職務が臨時的・補充的なものであると認識する余地はなく、平成16年度に常勤講師として採用されるに当たり、常勤講師としての勤務に対する評価次第では専任教諭として採用されることを期待することは合理的なものということができる。加えて、原告は常勤講師として採用されるに先立ち、B校長から、1年間頑張れば専任教諭になれる旨の激励を受けていたのであるから、原告の期待の合理性の程度は一層高いものというべきである。

 平成16年度において、原告は公開授業で高い評価を受け、かつ平成17年度雇用契約に当たり、B校長から、本来なら専任教諭に採用するところである旨告げられ、更に平成17年度には中学校のクラス担任となったことが認められる。H学園において、クラス担任は通常専任教諭が担当することになっていることに加えて、クラス担任を任せるのはその能力や資質等に対するある程度の評価・信頼を要すると考えられることにも鑑み、これらの事情は被告が原告の勤務について何ら問題がない旨評価していたことを示すものといえるから、原告が平成17年度の雇用を通じて継続雇用の期待を更に強めたことには十分な合理性があるものと認めることができる。

 これに対し、平成18年度雇用契約に当たっては、原告はC校長から常勤講師の雇用は3年を限度とし、平成19年度の雇用については白紙である旨告げられたが、雇用回数制限については、原告を含む常勤講師らに対し制度導入当初から周知されていたものではなく、平成18年度雇用契約に当たり、C校長らから初めて常勤講師らに告げられるに至ったものであることが認められる。そうすると、C校長らは、原告に対し、常勤講師の雇用回数制限について、平成18年度雇用契約に当たり初めて告げたものとみることとなるところ、原告は雇用回数制限を告げられる前の時点において、既に雇用継続に関し強い期待を有していたことが認められ、かつ上記期待を有するにつき高い合理性があると認められるから、このような原告の期待利益が遮断され又は消滅したというためには、雇用の継続を期待しないことがむしろ合理的とみられるような事情の変更があり、又は雇用の継続がないことが当事者間で新たに合意されたなどの事情を要するものというべきである。

 平成18年度雇用契約の際に告げられた雇用回数制限は、C校長らが有期雇用契約が無期雇用契約に転化することを避けることなどを目的として設けられたものと認められ、被告に常勤講師の雇用回数の制限を必要とするような何らかの事情の変更があったものではないことが認められる。また、C校長らが原告に対し、上記制限の趣旨や内容について十分に説明し、かつ原告がこれを納得したような事情は認められず、むしろC校長らが原告に対し、常勤講師の雇用回数制限について一方的に告げたに止まると認められ、原告と被告が翌年度以降の雇用継続がないことを新たに合意したものとみることはできない。そうすると、C校長らから前記言動があった事実をもって、原告の雇用継続に対する期待利益が消滅したものとは認められず、このほかに原告が雇用の継続を期待することを合理的とみることのできない事情も見受けられないから、原告は本件雇止めの時点において継続雇用を期待していたものと認められ、かつ雇用継続に関する原告の上記期待には合理性があるものと認めることができる。したがって、本件雇止めには解雇権濫用法理が類推提要される。

 本件各雇用契約は、次年度の雇用に関し、被告の評価・判断が入ることが当然に予定されているものと認められるから、期間の定めのない雇用契約と比較して、次年度の雇用に関する被告の裁量の範囲は広いものというべきである。しかし、原告の勤務に対する被告の評価は良好であったものと認められ、原告の常勤講師としての適性や資質等に問題があることを窺わせるような事情は見当たらない。また、H学園では、原告の雇止め後である平成19年度において、美術科の授業時間数が週14時間となり、新たに非常勤講師1名を採用していることが認められ、専任教諭が通常担当する授業時間数が週15時間程度とされていることにも鑑み、被告において、原告を常勤講師として継続雇用することができない経営上又は授業運営上の必要性があったものとは認められない。

 また、本件雇止めの実質的理由は、常勤講師の雇用を3回を限度とする旨の内規によるところが大きいことが窺われるが、そもそも、上記内規自体、有期雇用契約が更新を繰り返すことで実質的に期間の定めのない雇用契約と同視される状態となることを避けるために設けられたものであることが窺われ、雇用継続に関する期待が生じるに先立って、上記内規について十分に説明がされ、被用者の納得を得ていたような事情のない本件において、上記のような内規に基づいてされた雇止めを合理的なものということができないことは明らかである。よって、本件各雇用契約において、雇用継続の有無に関する被告の裁量の範囲が広いことを考慮しても、なお本件雇止めに合理的理由は見当たらず、本件雇止めが解雇であれば権利濫用又は信義則違反により無効とされるような事実関係の下でされたものとして、本件雇止めは無効であると認められる。したがって、平成18年度雇用契約の期間満了後における原告と被告の法律関係は従前の雇用契約が更新されたのと同一のものとなり、原告は平成19年3月26日以降も、被告の常勤講師としての地位を有することになる。
適用法規・条文
収録文献(出典)
労働判例974号25頁
その他特記事項
本件は控訴された。