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府立病院麻酔医急性心不全死控訴事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
府立病院麻酔医急性心不全死控訴事件【過労死・疾病】
事件番号
大阪高裁 - 平成19年(ネ)第1378号
当事者
控訴人大阪府

被控訴人個人1名
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2008年03月27日
判決決定区分
一部変更(控訴一部認容・一部棄却)
事件の概要
平成元年3月に大学医学部を卒業し、平成6年7月から府立病院麻酔科に勤務していたEは、平成8年3月5日未明、自宅において急性心機能不全により死亡した。

 死亡直前3ヶ月において、Eは12回の宿直、6回の日直を担当し、その2回に1回弱の割合で緊急手術に関わったほか、特別の緊急事態でない場合であっても、看護師等からの連絡を受けるなどのため、連続して睡眠を取ることは難しい状況にあり、宿直時には睡眠時間を概ね4時間程度しか取れなかった。またEは、平成6年7月から死亡するまでの間、病院での業務の他、医師としての研究活動を行い、論文作成や学会発表等を行っていた。

 Eは、持病として、円錐角膜、アトピー性皮膚炎があったが、胸部レントゲン検査、血液検査では、特に異常は認められなかったところ、Eの母親である被控訴人(第1審原告)は、Eには時発性心筋症の基礎疾患があり、死亡前には体調不良があったことから、被告はEに時間外労働をさせない等の配慮をすべきであるのに、業務軽減措置を講じなかった安全配慮義務違反があり、それによりEが死亡するに至ったとして、控訴人(第1審被告)に対し、逸失利益約1億454万円、慰謝料3000万円、葬儀費用約538万円、弁護士費用1400万円を請求した。
 第1審では、Eの死亡と業務との間に相当因果関係があり、Eの死亡につき控訴人に安全配慮義務違反があったとして、控訴人に対し、1割の過失相殺を前提として1億692万円の支払いを命じたことから、控訴人がこれを不服として控訴したものである。
主文
1 原判決を次のとおり変更する。

(1)控訴人は、被控訴人に対し、7744万4063円及びこれに対する平成16年7月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)被控訴人のその余の請求を棄却する。

2 訴訟費用は、第1、2審を通じてこれを5分し、その3を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。
3 この判決は、第1項(1)に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件業務とEの死亡との間の相当因果関係の有無

 Eは、死亡前日に、ICUでの集中治療を午後3時頃から夕食休憩をはさみ午後11時30分頃まで行っており、ICU担当の宿直医が別におり、責任がE以外にあることからすれば、認定基準にいう「異常な出来事」とまではいうことができないものの、Eの性格等を考慮したとき、大きな精神的負担がかかる状態にあったと言い得る余地がある。死亡前1週間についてみると、時間外労働時間は21時間15分であり、痲酔時間だけでも合計10時間50分となっていることが認められる。更に1週間遡った期間を見ると、Eは8時間55分の痲酔時間を要する手術を担当したほか、10時間05分の痲酔時間を要する手術も担当し、更に1日2件ずつの手術の痲酔を担当していることが認められる。以上によれば、死亡前の概ね2週間を通してみると、痲酔時間の観点からは、認定基準の「特に過重な業務」に従事したものと認めるのが相当である。

 更に、死亡前1ヶ月については、時間外労働時間は107時間15分であり、死亡前3ヶ月の平均時間外労働時間は1ヶ月当たり103時間15分、死亡前6ヶ月は116時間7分30秒であり、認定基準において、発症前1ヶ月に概ね100時間又は発症前2ヶ月ないし6ヶ月間にわたって1ヶ月当たり概ね80時間を超える時間外労働が認められる場合には、業務と発症との関連性が強いと評価できるとされていることに鑑みれば、Eは、その発症前に長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したものと認めるのが相当である。

 以上によれば、突発性心筋症による急性心機能不全で死亡したEの直接の死因は不明であるものの、Eの本件業務の内容、勤務形態、時間外労働が極めて長時間にわたっていること、宿日直の状況、業務そのものの過重性等を総合考慮すると、Eの担当していた本件業務は質量ともに過重であったというべきであり、Eには健康診断においても特に異常が認められず、増悪要因となる基礎疾患の有無も証拠上不明であることに鑑みれば、本件において、Eの本件業務とEの死亡との間には相当因果関係があるものと認められる。

2 安全配慮義務違反について

 労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなどして、疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると、労働者の心身の健康を損なう危険のあることは周知のところであり、労働基準法の労働時間制限や労働安全衛生法の健康配慮義務は、危険発生防止をも目的とするものと解されるから、使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当である。

 控訴人は、Eの長時間労働を把握していたこと、現場の部長も、Eの死亡前夜、忠告していること、同部長も平成8年当時、あと常勤医が1名、レジデントが2名欲しいとの希望を持っていたが、控訴人は痲酔科医の人員体制を見直す等の対策を何ら立てていなかったことが認められ、以上の事情を総合考慮すると、Eの死亡を含む何らかの健康状態の悪化を予見できたのに、Eの負担軽減を図ったり、人員体制を見直したりする等の具体的方策を採ることのなかった控訴人には、限られた人員の中で、原則として前日の宿直医を翌日の予定手術の担当痲酔科医に割り当てない、ICU当番の担当者をその週の予定手術や宿直から外す等の、痲酔科医の健康に対する様々な配慮がなされてきたことを考慮しても、使用者としてEに対する安全は慮義務違反があったものと認められる。

 以上によれば、控訴人には、Eの死亡につき安全配慮義務違反による債務不履行が成立するということができるから、控訴人は被控訴人に対し損害賠償責任がある。

3 損害の発生と損害額

 Eの業務は長時間に及び、かつ過重なものということができるが、(1)Eの業務の負担は他の常勤医等との比較でみても格別の差異が存しないこと、(2)Eは平日出勤日に、平均して午後9時まで勤務しており、他の常勤医に比較して負担が多いが、通常は午後7時までに帰れる状況であったにもかかわらず、午後9時まで勤務していたのは、ICU管理を行ったり、痲酔の補助を行ったり、経験の浅い医師をバックアップするなど、本来の割当分を超えて働いていたことによるものであって、自らの選択により長時間労働に従事せしめたと評価し得るものであること、(3)一般に医師にあっては、その業務執行につき大きな裁量が認められる故に、控訴人において、Eの業務執行に対し、直接的かつ強制的な指揮や指導をしにくい面があったであろうこと、(4)Eは研究活動を主として自宅で行い、本来休息に充てるべき時間を研究活動に充てるなどしたことが推認され、その結果疲労を一層蓄積していったと考えられることの事実が認められる。

 以上によれば、Eが突発性心筋症の発症により死亡するに至ったことについては、その原因は、職場での過重な長時間労働の従事による負担を基本としながらも、これに自宅における研究活動の従事による負担も加わって、それらの総体としての負担による疲労の蓄積の結果によるものといい得るところ、前記のとおり、Eの職場及び自宅での各負担の増大につき、E自身の業務等に対する姿勢や行動が大きく寄与しているということができる。
 以上認定した事実及びその他本件に顕れた一切の事情を総合考慮するとき、Eの突発性心筋症の発症による死亡につき、控訴人に65%の割合による過失があるのに対し、Eには35%の割合による過失があるというべきである。したがって、民法418条により、損害額合計1億0991万3944円から35%を減額すると、Eに生じた損害は7144万4063円となる。また、弁護士費用については600万円と認めるのが相当である。
適用法規・条文
民法415条、418条
収録文献(出典)
判例タイムズ1275号171頁
その他特記事項