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麻酔医急性心不全死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
麻酔医急性心不全死事件【過労死・疾病】
事件番号
大阪地裁 − 平成16年(ワ)第10734号
当事者
原告個人1名

被告大阪府
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2007年03月30日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
E(昭和38年生)は、平成元年3月にO大学医学部を卒業した後、同年7月から1年間同大学附属病院(O病院)、平成2年7月から1年間S病院で、いずれも研修医として勤務した。Eは、その後一旦退職して、平成5年6月にO大学医学部研究生となり、平成6年2月から再びO病院で非常勤医師として勤務し、同年7月から府立病院痲酔科に勤務していた。

 Eが死亡する直前3ヶ月において、Eは12回の宿直、6回の日直を担当しているが、そのうち痲酔が必要とされる緊急手術が行われたのは、宿直中5回、日直中3回で、およそ2回に1回弱の割合である。また、緊急手術の痲酔以外に、宿日直の主な業務として、ICUにおける患者の集中治療、院内患者の突発的な生命の危機の際の救命措置があり、特別の緊急事態でない場合であっても、看護師が医師の判断を尋ねるべく、宿直、日直医師へ連絡をとることが多く、宿直の際に連続して睡眠を取ることは難しかった。以上からすると、宿直時には徹夜になることもあり、睡眠時間は平均すると概ね4時間程度しか取ることができず、日直についても、通常の平日の勤務と同程度の負担があった。

 オンコール予定表によれば、平成7年9月は5日、10月は6日、11月は4日、12月は5日、平成8年1月は6日待機し、2月及び3月も同程度の回数待機したものと推認される。そして、待機日の約3分の1については実際に呼び出されていた。

 Eは、平成6年7月から平成8年3月5日(死亡日)までの間、病院における業務の他、医師としての研究活動を行い、論文作成や学会発表等を行っていた。これら研究活動については、業務命令下で行われていたものではないが、府立病院にとって大きな意義のあるものであるといえるし、同病院の医療界における地位の維持向上にとって有益なものと考えられ、同病院が優秀な医師を獲得するための手段にも繋がっていた。

 Eは、持病として、円錐角膜、アトピー性皮膚炎があったが、胸部レントゲン検査、血液検査では特に異常は認められなかった。

 Eは、平成8年3月5日未明、自宅で死亡した。監察医作成に係る死体検案書の直接死亡欄には「急性心機能不全」、その原因欄には「時発性心筋症」とそれぞれ記載されていた。

 Eの母親である原告は、平成12年12月22日、地方公務員災害補償基金大阪府支部長に対し、公務災害認定請求を行ったが、同基金は、Eの死亡は公務外の災害であると認定した。
 原告は、Eには時発性心筋症の基礎疾患があり、死亡前には体調不良があったことから、被告としては、Eからの申し出の有無にかかわらず、時間外労働をさせないなどして過労状態に陥ることを避け、過労状態にあるときは直ちに医師の診療を受けられるようにするなどの措置を執り、Eの健康状態の悪化を防止すべきであったにもかかわらず、府立病院はEの健康状態の悪化を見逃し、業務軽減措置を講じなかった安全配慮義務違反によりEが死亡したとして、被告に対し、逸失利益1億0453万9696円、慰謝料3000万円、葬儀費用538万2354円、弁護士費用1400万円を請求した。
主文
1 被告は、原告に対し、1億0692万2549円及びこれに対する平成16年9月8日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用は、これを10分し、その3を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件業務とEの死亡との因果関係の有無

 Eの時間外労働時間は長時間に及び、平成7年9月から平成8年2月までの1ヶ月当たりの時間外労働時間は、いずれも88時間を超え、量的な負荷は大きく、また、本件業務の主たるものは人の生命や身体の安全に直結するものであり、質的は負荷もまた極めて大きいものであったというべきである。更に、平成7年4月から平成8年2月までの間、1ヶ月平均で1.9回の日直、7.5回の宿直及び重症当直を担当しており、特に宿直及び重症当直においては、その負荷は肉体的にも精神的にも大きかったというのが相当である。

 以上のように、本件業務は、量的にも質的にも、Eに対し、過重な負荷をかけるような内容になっており、研究活動の負担もまた大きかったことを副次的に考慮するなら、本件業務及びそれに付随する研究活動がEの心機能にかけた負担は相当なものであったと認めるのが相当である。

 この点に関連し、厚生労働省の発出した通達「脳血管疾患及び虚血性心疾患等の認定基準について」は、発症前1ヶ月間に概ね100時間又は発症前2ヶ月間ないし6ヶ月間にわたって、1ヶ月当たり概ね80時間を超える時間外労働が認められる場合は、業務と発症との関連性が強いと評価できることを踏まえて判断する旨示しているところ、Eの時間外労働時間は、発症日を起点とすると、発症前1ヶ月間において88時間を超え、また発症前2ヶ月間ないし6ヶ月間にわたる1ヶ月当たりの時間外労働時間はいずれも80時間を超過していたものであって、本件業務とEの急性心機能不全の発症との関連性は強いと評価される。他方、Eには特別に心機能に関する疾患やその低下があったような事実は認められず、本件業務本件業務及び研究活動以外に、Eの心臓に負担をかけるような事象や行為があったとは認められない。

 以上の諸事情を総合して考慮するならば、Eの急性心機能不全は、主として本件業務及びこれに付随ずる研究活動の過重性によってもたらされたと認めるのが相当であり、本件業務とEの死亡との間には因果関係があると認められる。

2 安全配慮義務違反の有無

 使用者は、その雇用する労働者に従事する業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うところ、Eは、被告が開設していた府立病院の痲酔科で勤務していたのだから、被告はEに対しかかる義務を負い、被告はEに対し、労働時間、労働内容、休憩時間及び休憩場所等について適切な配慮をする義務を負っていたものと解される。しかるに被告は、Eに対して健康診断を行ってはいたものの、労働時間や労働内容につき特に配慮することなく、Eを過重な労働に従事させたものである。

 かかるEの労働及び研究活動は、府立病院において、これらを把握し、あるいは把握し得るものであったと認められ、それにもかかわらず府立病院は、Eの健康に配慮して業務量を低減させたり、人員配置を見直す等の措置をとらなかったのであるから、府立病院を開設した被告には、安全配慮義務違反があったと認めるのが相当である。

3 損害の発生と損害額

 Eは、就労可能期間を通じて平成18年版賃金センサス第3巻第5表の全年齢男性医師年間平均給与額1067万3000円と同程度の収入を得られた蓋然性が高いと認めるのが相当である。これを基礎収入として、死亡時の33歳から67歳までの34年間につき年5%の割合で中間利息を控除し、生活費を50%として計算すると、逸失利益は8641万3944円となる。慰謝料は2200万円、葬儀費用は150万円を相当と認める。
 Eは、過重労働に従事したこと自体は患者に対する思いや配慮から出たものであるが、なお、自らの健康保持を考慮しながら、労働時間を短くするなどして負荷を軽減する余地はあったというべきである。またEの研究活動は、業務命令の下で行われたものではなく、E個人の研鑽及び業績向上のためのものという面があったことも否定できない。以上のような事情を考慮すると、Eの死亡による損害については、全面的に被告の負担とすることは損害の公平な負担という観点からは相当でなく、民法418条を類推適用して、損害額の1割を減額するのが相当である。また、弁護士費用は800万円を認めるのが相当である。
適用法規・条文
民法415条、418条
収録文献(出典)
本件は控訴された。
その他特記事項