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N銀行整理解雇事件(第1次)

事件の分類
解雇
事件名
N銀行整理解雇事件(第1次)
事件番号
東京地裁 − 平成9年(ヨ)第21200号
当事者
その他債権者 個人1名
その他債務者 N銀行
業種
金融・保険業
判決・決定
決定
判決決定年月日
1998年01月07日
判決決定区分
一部認容・一部却下
事件の概要
 債務者は、英国法を準拠法として設立された金融業その他を営む会社であり、債権者は、昭和58年6月に債務者東京支店の従業員として採用された女性であって、平成9年3月当時はアシスタント・マネージャーの地位にあった。

 債務者は、平成9年3月、伝統的貿易金融業務(GTBS業務)を他の銀行に移管し、アジア地域におけるこれらの業務を同年6月末で廃止することを決定し、東京支店でこの業務を担当していた債権者を含む3名に対し退職金の上乗せ等により退職勧奨したところ、債権者以外の2名は同年6月までに退職したが、債権者はこれに応じなかった。そこで債務者は、債権者に対し年棒650万円で経理部のクラークのポジションを提案したところ、債権者は出向は受諾するものの、年棒については従前(1052万円余)の維持を主張し、賃金その他の労働条件について労働組合に委ねることとした。

 債務者は組合との間で債権者の雇用に関する交渉をしていたが、同年9月1日付けの文書で債権者に対し、提案を受け入れる返事がなければ同年9月30日をもって解雇する旨の通知をした。債権者は債務者の提案に係る労働条件の不利益変更については争う権利を留保しつつ債務者の指揮の下に就労することを承諾したが、債務者は同年9月30日をもって債権者を解雇した。

 債権者は、本件解雇は解雇事由を定めた就業規則29条に基づかずになされたもので無効であることを主張し、仮に同条以外の解雇が可能であるとしても、本件解雇は債権者に何らの落ち度がないにもかかわらず専ら債務者の経営上の都合によるものであるところ、(1)人員整理を不可避とする経営危機が存在すること、(2)解雇回避の努力を尽くしたこと、(3)被解雇者の選定基準及びその具体的適用に合理性があること、(4)労働者、労働組合との間で協議を尽くしたことという整理解雇の4要件をいずれも満たしていないこと、本件解雇は債務者が賃金を一方的に減額しようとしたのに対し債権者がこれを拒否したことを理由に解雇したものであることから、権利の濫用として本件解雇は無効であるとして、労働契約上の地位にあることの確認と、賃金の支払いを請求した。
主文
1 債務者は、債権者に対し、平成10年1月から同年12月まで、毎月18日(当日が銀行の非営業日に当たるときは直前の営業日)限り60万円及び同年6月及び同年12月の各末日限り50万円を仮に支払え。

2 債権者のその余の申立てを却下する。

3 申立費用は、これを2分し、その1を債権者の負担とし、その余を債務者の負担とする。
判決要旨
 従業員の解雇について定めた債務者就業規則29条には明白な企業秩序違反の内容が含まれていること、これらの事由による解雇の場合は退職手当の支給対象から除外していることからすれば、これら各号はいずれも懲戒解雇事由の趣旨で掲げられた規定であると理解するのが素直であると思われる。更に就業規則14条3項が、29条による解雇の場合を一括して退職金の支給対象から除外していることに着目すれば、29条は懲戒解雇と普通解雇とを特に区別せず、解雇による退職で退職金が支給されない場合のみを規定する趣旨で設けられたものに過ぎず、普通解雇事由を限定する趣旨までをも含むものではないと理解することも可能と思われる。そうすると、就業規則29条に基づかない普通解雇も可能であると解される。

 本件は、経営方針転換による特定部署の廃止の結果、担当業務が消滅したため、余剰人員となった債権者を債務者が解雇した事案であり、いわゆる整理解雇の1類型に属するものと解される。そして、この場合における権利濫用性の有無については、判例上確立されている要件、すなわち、人員削減の必要性、被解雇者選定の妥当性、整理解雇を選択することの必要性、手続きの妥当性の各要件を検討することにより判断することが相当と考えられる。債務者は整理解雇に関する判例法理は、長期雇用システムという日本の大企業において採用されてきた労使慣行を前提に発展してきたものであるから、スペシャリストを中途で採用し、個人の業績に応じた賃金を支給するという政策がとられている債務者について、そのまま適用するべきではないと主張する。しかしながら、債務者は大企業であり日本で営業活動を行っているものであるし、債権者は中途採用者ではあるが、一般事務職として債務者に入社し、時間をかけて育成され、勤続年数は14年という長期に及んでいるのであるから、右判例法理を用いて判断することに支障はないと考える。

 本件解雇予告当時、債務者は経営悪化に伴う人員削減が不可避な状況にあったものではなく、債権者が解雇対象者とされたのは、閉鎖されるGTBS部門に所属していたためであり、多分に偶然性に左右され、しかも公平性を欠くかのような被解雇者の選定方法が妥当であるとはいい難い。更に債務者は従業員の職務・職責に応じた賃金水準を保つことの必要性等につき、債権者等の理解及び納得を得られるよう真剣な説明努力を行うべきところ、組合との団体交渉の実施に消極的であり、団交中に本件解雇予告を行っていること、平成9年9月12日以降の交渉を一切拒絶して本件解雇を行ったこと等からして、債権者の解雇を回避するために、真摯かつ合理的な努力を尽くしたとは認められない。更に交渉の経緯に照らせば、債権者や組合との間において、誠意ある協議を行ったとは認められない。

 以上からすれば、債務者の経営判断を尊重する立場から、債務者の企業経営上の人員削減の必要性を直ちに否定しないとしても、本件解雇は、被解雇者選定の妥当性、人員削減の手段として整理解雇を選択することの必要性及び妥当性に欠けるため整理解雇の要件を充たしておらず,権利濫用であり、無効と認められる。
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
労働判例736号78頁
その他特記事項
本件は第2次仮処分申請がなされた。