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Y社降格控訴事件(マタハラ)

事件の分類
妊娠・出産・育児休業・介護休業等賃金・昇格
事件名
Y社降格控訴事件(マタハラ)
事件番号
東京高裁-平成23年(ネ)2946号
当事者
控訴人…個人1名、被控訴人…株式会社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2011年12月27日
判決決定区分
請求一部容認
事件の概要
 X(一審原告、控訴人)は1996(平成8年)年10月に電子応用機器関連の事業を営むK株式会社に雇用され、2006(平成18)年3月31日から営業譲渡により設立された株式会社Y(一審被告、被控訴人)との間で期間の定めのない雇用契約を結んだ女性従業員である(提訴後の2010[平成22]年2月Yを退職)。
 Yは、職業内容や職責の区分(「役割グレード」)に応じて給与等級(「報酬グレード」)が決定される人事制度を採用していたところ、Xが育児休業から復職し、育児のための短時間勤務制度の適用した際、職種・職位の変更等の人事措置を命じることができるとする就業規則の規定に基づき、担当業務をそれまでの業務から負担の軽い業務に変更し(①)、それに伴い役割グレードも二段階下に引き下げる(②)等の措置を提案し、Xが時短勤務を撤回しても現職復帰を認めなかった。その結果、年棒のうち、報酬グレードにより定まる役割報酬が減額された(前年の550万円から500万円)(③)他、査定期間中の実績評価によって決まる成果報酬も前年度には90万円支給されていたものを、産休取得までの稼働期間3か月は一切考慮されずゼロとされた(④)。
 Xはこれらの措置の違法性を主張し、従前賃金との差額請求及び不法行為に基づく損害賠償等を請求して訴訟を提起した。
 一審(東京地裁 2011年3月17日判決)では、①の措置は業務上の必要性に基づくものであり、権利濫用と評価すべき事実もなく有効とし、①に付随する②及び③の措置も有効とした。これに対し、④の措置はXが休業を始める前の約3か月で上げた実績を考慮していない点で、査定に関わる裁量権の濫用に当たるとし、不法行為の成立を認め、慰謝料及び弁護士費用相当額の損害賠償を認めた。これを不服としてXが控訴した。
主文
1  原判を次のとおり変更する。
2  被控訴人は、控訴人に対し、35万4168円及びうち2万0832円につき平成21年6月26日から、うち4万1667円につき同年7月26日から、うち4万1667円につき同年8月26日から、うち4万1667円につき同年9月26日から、うち4万1667円につき同年10月26日から、うち4万1667円につき同年11月26日から、うち4万1667円につき同年12月26日から、うち4万1667円につき平成22年1月26日から、うち4万1667円につき同年2月26日から、各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
3  被控訴人は、控訴人に対し、60万円及びこれに対する平成21年6月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4  控訴人のその余の請求を棄却する。
5  訴訟費用は,第1、2審を通じて、これを3分し、その1を被控訴人の、その余を控訴人の、各負担とする。
6  この判は,第2、3項につき、仮に執行することができる。
判決要旨
 本件各措置のうち、①については差別的な意図に基づくものではなく、原判決と同様に人事権の濫用には当たらない。しかし、Yにおいては、「役割グレード」と「報酬グレード」及び「役割報酬額」とが連動するものとして運用されており、役割グレードの引き下げは当然に報酬グレード(役割報酬額)の引き下げとなり、年棒(役割報酬部分)の引き下げを伴うものとされているが、そもそもYの就業規則や年棒規程では、報酬グレード(役割報酬額)が役割グレードと連動していることを定める条項は存在しない。役割報酬の引き下げ(③)は、労働者にとって最も重要な労働条件の一つである賃金額を不利益に変更するものであるから、就業規則や年棒規程に明示的な根拠もなく、労働者の個別の同意もないまま、使用者の一方的な行為によって行うことは許されないというべきであり、そして、役割グレードの変更(②)についても、そのような役割報酬の減額と連動するものとして行われるものである以上、それが担務変更を伴うものであっても、人事権の濫用として許されないというべきである。
 ④につき、Xは2008(平成20)年7月16日以降は育休等を取得して休業していたため、具体的な業績は上げられなかったが、2009(平成21)年には職場復帰して業務に従事しており、何らかの成果を上げられる見込みが高いことは明らかであったのに、それにもかかわらず、同年6月16日以降の2009年の成果報酬を0円と査定するのは、あまりにも硬直的な取扱いと言わざるを得ず、人事権の濫用として違法である。
適用法規・条文
民法709条、育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(育児・介護休業法)趣旨
収録文献(出典)
労判1042号15頁
その他特記事項
④の措置に対する判断につき、YがXの2009年の成果報酬をゼロと査定したことが人事権の濫用に当たることを明らかにしたのであり、Xがした育休等につき、これを取得したXに対する偏見があるとの主張を認めるものではなく、また上記ゼロ査定が男女雇用機会均等法や育児・介護休業法により直接無効になるとの認定判断ではないとした。