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Q大学セクハラ停職処分事件(パワハラ)
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- Q大学セクハラ停職処分事件(パワハラ)
- 事件番号
- 大阪地裁 − 平成22年(ワ)第11809号
- 当事者
- 原告個人1名
被告国立大学法人Q大学 - 業種
- 校務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2011年09月15日
- 判決決定区分
- 認容(控訴)
- 事件の概要
- 原告は、昭和62年9月に国立Q大学の講師に採用され、その後被告の設置するQ大学大学院R研究科准教授の地位にあった。平成10年4月、原告が大学職員に対してセクハラ行為を行ったことが問題にされ、原告は同年5月14日、Q大学R部長宛に、上記行為について「反省の意を表するとともに、今後このようなことを一切起こさないことを誓う」旨の始末書を提出した。
平成20年11月に発売された週刊誌(本件雑誌)に「「研究室でレイプ」と告発された「Q大学有名准教授」3度の結婚トラブル」という見出しの下、原告に関する実名入りの記事(本件記事)が掲載された。本件記事においては、平成12年5月中旬にQ大学大学院R研究科において開催された新入生歓迎会の後、原告が、同研究科の女子学生Aを自分の研究室に連れ込んでレイプしたこと、Aはこれにより強い精神的苦痛を受けたこと、原告にはセクハラの前歴があること、原告には3度の結婚歴があること等が記載されていた。
同月25日のR研究科での事情聴取において、原告は本件雑誌の取材を受けたことを認めた上で、平成12年5月頃、パーティーの後、女子学生と性行為があったような漠然とした記憶があること、性行為があったとしても合意の上であることを説明したが、一方、Aは同日R研究科セクシャルハラスメント委員会に文書を提出し、本件記事に関する調査を申し入れた。研究科長は、原告には就業規則37条1項所定の懲戒事由が認められる可能性があると判断し、平成21年2月調査委員会を設置し、事情聴取を行い、同年4月24日付で、原告を停職処分とすることが適当と思われる旨の調査報告書を作成した。同年8月6日、R研究科の専攻会議(教授会に相当)が開催され、原告を停職6ヶ月とすることが議決され、その旨原告に通知された。原告は本件通知を不服として被告総長宛不服審査申立を行い、本件処分の無効を主張したが、不服審査委員会は10回の審議を経て、平成22年3月9日、不服申立には理由がないとの意見をまとめ、これを受けて被告は原告に対し、同月17日付けで停職6ヶ月とする本件処分を行い、これを公表した。
これに対し原告は、1)平成12年5月当時は本件処分の根拠となる就業規則37条の規定は存在しないから、本件処分は根拠規定を欠くこと、2)被告が認定した「女子大学院生と深夜かなりの時間2人きりで研究室で過ごした」という事実は、性交渉が疑われるものではなく、懲戒事由に当たらないこと、3)原告は大学の秩序、風紀、規律を乱したことにならないこと、4)事情聴取時に代理人弁護士の同席を許さなかったこと、5)原告に反論の機会が与えられなかったことを主張し、原告の行為は懲戒処分に該当しないと主張するとともに、仮に懲戒処分に該当するとしても停職6ヶ月の処分は重きに失するとして、本件懲戒処分の無効確認を請求した。更に原告は、不当な処分を受け、それがマスコミに発表されて名誉を傷つけられ、停職期間中研究に支障を来し、給与も支払われないという精神的苦痛を受けたとして、不法行為に基づき、被告に対し慰謝料200万円、弁護士費用20万円を請求した。 - 主文
- 1被告が、平成22年3月17日付けで原告に対してなした停職6ヶ月の懲戒処分が無効であることを確認する。
2被告は、原告に対し、478万9224円及び内26万0898円に対する平成22年4月19日から、内55万1264円に対する同年4月30日から、内55万1264円に対する同年5月30日から、内55万1264円に対する同年6月30日から、内141万7070円に対する同年7月31日から、内55万1264円に対する同年8月31日から、内32万5847円に対する同年9月30日から、内58万0353円に対する同年12月31日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3訴訟費用はこれを5分し、その3を被告の、その余を原告の負担とする。
4この判決は、第2項に限り仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1本件処分の適法性について
(1)懲戒処分の根拠規定について
原告は、法人化された被告との間で雇用契約を締結する際に、被告が法人化される以前に行った行為であっても、就業規則37条1項各号に該当する事実が明らかになった場合には、同条2項各号(懲戒処分の種類)に定めることに従って懲戒処分を受けることについて合意していたものと認めるのが相当である。したがって、原告が被告の法人化以前に行った行為について、被告が就業規則37条を適用して懲戒処分を行うことは、原被告間の労働契約において被告に与えられた懲戒権の範囲でなし得ることであって、何ら問題がないというべきである。
更に、被告は法人化後の大学の名誉又は信用が傷つけられたことや、秩序、風紀又は規律が乱されたことに対して懲戒処分を行っているのであって、原告の主張するように法人化前の事象を問題として懲戒処分を行ったわけではないと認められる。そうすると、そもそも就業規則の遡及適用という問題は生じないと解される。
(2)懲戒事由について
以上の事実を総合すれば、原告は平成12年5月にR研究科において行われた新入生歓迎パーティーの後、当時大学院生であったAを自己の研究室に誘い、性交渉に及んだことが相当の蓋然性をもって認められる。
原告は、助教授又は准教授として、大学の果たすべき役割を積極的に担っていく立場にあり、むしろ学生が安心して教育を受け、研究を行うことができるように配慮すべき立場にありながら、自ら深夜に女子大学院生Aを研究室に誘い、性交渉の事実を疑われるような状況を作り出したものであり、およそ教員によるこのような行為が放置されれば、女子学生が研究室を訪れることを恐れたり、教員と個人的に接触することに抵抗を覚えるようになることは容易に想定されるところである。仮にそのような事態に至れば、風紀及び規律が乱れて被告は大学の果たすべき役割を果たすことができなくなるといって過言ではない。そうすると、上記原告の行為は、教育機関及び研究機関としての被告の秩序、風紀又は規律を害する行為であると評価することができ、就業規則37条1項6号(大学の秩序、風紀又は規律を乱したとき)に該当すると認められる。また、原告の上記行為は、教育機関及び研究機関としての被告の社会的信用を傷つける行為であったということができるのであって、就業規則37条1項5号(大学の名誉又は信用を傷つけたとき)にも該当すると認められる。
(3)手続きの相当性について
原告は、不服審査手続きにおける原告の事情聴取に際し、被告が代理人弁護士の同席を認めなかったことが違法であると主張する。しかしながら、不服審査手続きは、内部手続きである上、不服審査手続に関する規程にも代理人の出席を認める規定はないのであるから、被告が代理人弁護士の同席を認めなかったとしても、手続きとして不相当ということはできない。したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。
原告は、更に本件処分には懲戒事由に関する反論の機会が与えられなかった違法がある旨主張する。しかしながら、原告は部局調査委員会による事情聴取において十分な反論の機会が与えられたこと、原告は懲戒事由及び処分内容が記載された本件通知を受け取った後、不服審査申立てを行い、不服審査委員会から事情聴取を行うとして呼出しを受けたにもかかわらず、2度にわたって欠席したことが認められるのであり、反論の機会が与えられなかった旨の主張は事実に反する。
(4)懲戒処分の相当性について
原告の本件行為自体、被告の社会的信用を低下させるものであって、一定の非難は免れないものであり、これに加え、1)原告は平成10年4月にセクハラ行為を行い、今後このようなことを一切起こさないことを誓う旨の始末書を提出したにもかかわらず、その2年後に類似する行為に及んだこと、2)原告がAと性交渉に及んだ当時、原告には配偶者がおり、原告の行為は強い道徳的非難に値すること、3)原告は調査委員会における事情聴取において、上記行為当時、4〜5人の女性と関係していたことを自ら明らかにし、Aとの性交渉も同意の上であれば問題ないとの開き直りとも受け取れる態度を示したことという事情が認められる。これらの事情を踏まえて検討するならば、原告の本件行為を非違行為として認定した上で、これに対して相応の懲戒処分をもって臨むと判断したことはやむを得ないというべきであり、上記事情に照らすと、被告が就業規則37条2項各号に掲げる処分のうち停職処分を選択したこと自体は相当ということができる。
しかしながら、本件処分以前に原告に処分歴は窺われず、原告は同僚教員からも非常に有能な研究者と認められる存在であったこと、原告Aとのメールのやり取り並びに原告及びAの事情聴取における供述内容を踏まえると、原告とAとの関係は、少なくとも平成12年5月から9月頃までの間は相当親密な関係にあったと認められ、Aが原告から交際を強要されたような事実も窺われないこと、本件記事が公表されたのは、懲戒事由とされた原告の行為が行われた平成12年5月から約8年半が経過した時点であり、引き続き原告が被告の准教授の地位にあることを考慮しても、本件記事が公表されたことによる被告の社会的信用の低下は限定的なものに留まると考えられること、停職期間中は賃金の支払がなされないのみならず、被告の施設も利用できない状態となり、原告が被る不利益も大きいこと等の事情に照らすと、停職期間としてはせいぜい3ヶ月程度に留めるのが相当というべきであり、停職期間を6ヶ月とした本件処分は重きに失し、被告の裁量を逸脱した違法があるというべきである。
以上述べたとおり、本件処分は、処分内容の相当性を欠き、被告の裁量権を濫用したものとして、無効というべきである。
2被告による不法行為の成否、原告の損害について
原告は、被告が行った本件処分及びその後の懲戒処分の公表が不法行為に当たり、名誉を傷つけられ、また研究活動に支障を来すなどの精神的苦痛を被った旨主張する。
確かに、本件処分については、処分の内容について相当性を欠き、被告の裁量を逸脱したものではあったが、本件処分に至る経緯を踏まえると、被告の調査及び手続きは適切に行われたものと評価することができ、本件処分を行うにつき被告に故意又は過失があった事実を認めることはできない。また、被告の行った懲戒処分の公表については、被処分者である原告の氏名を特定して行ったものではないこと、公表の内容についても、処分事由を要約して行ったに過ぎないものであるから、原告との関係で不法行為に当たる余地はないものというべきである。
以上によれば、原告の主張する不法行為についてはいずれも認められず、原告の被告に対する不法行為に基づく損害賠償請求については、理由がない。 - 適用法規・条文
- 収録文献(出典)
- 労働判例1039号73頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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