判例データベース

S社懲戒解雇・普通解雇事件(パワハラ)

事件の分類
解雇
事件名
S社懲戒解雇・普通解雇事件(パワハラ)
事件番号
東京地裁 − 平成22年(ヨ)第21209号
当事者
債権者 個人3名A、B、C
債務者 株式会社
業種
運輸・通信業
判決・決定
決定
判決決定年月日
2011年02月21日
判決決定区分
一部認容、一部却下
事件の概要
債務者は、一般乗合旅客自動車運送事業等を目的とする株式会社であり、顧客から委託を受け、当該顧客に係る送迎サービスの代行を行うことを業としており、債権者Aは、平成22年1月、同Bは平成17年7月、同Cは平成20年3月に大学を卒業した後、それぞれいずれも債務者と内勤スタッフとして期限の定めのない雇用契約(本件雇用契約)を締結し、東京支店において勤務していた。

被告は、主な顧客である多くの自動車教習所のほか、それ以外の顧客からも請負管理業務に関する不備改善の強い要望を受けるようになり、その主たるものは、顧客先に出向してドライバー業務を行うCSスタッフの接遇を巡る問題点の指摘であった。平成21年10月頃、被告は20年来の取引先である自動車教習所から、CSスタッフの「接遇」サービス高度化、内勤スタッフの資質向上を強く求められ、満足いく結果を示せなければ、他の業者への委託又は独自採用のスタッフによる運行体制に入ることを示唆された。そこで債務者は、スタッフの資質向上を目指し、平成22年7月2日付けで各支店長を交代したところ、Aは急遽組合の結成を進めた。同月17日、Aは債務者会長から呼び出され、事業計画の変更を理由に同年8月16日付けで普通解雇する旨告げられたことから、同月23日、債権者らは本件労組を結成して、Aは書記長、Bは執行委員長、Cは副委員長に就任した。

同月29日、B、Cらは、債務者の社長室長らから、同日付をもって内勤スタッフの勤務を解き、翌30日からCSスタッフ業務を命じる業務命令通知書を交付された。Bらは、勤務地、勤務時間及び賃金額等につき説明を求めたが、同室長らはあくまでも事業計画の変更の一環と述べるだけで埒が明かなかったため、Bらは本件業務命令通知書の受領を拒否したところ、翌30日、債務者はB及びCに対し、本件業務命令通知書の受領拒否を理由として懲戒解雇する旨を告げた(Bに対する主位的懲戒解雇及びCに対する懲戒解雇)。

また債務者は、税務調査に当たって、A及びBが領収書を偽造し、日当代を詐取した疑いが浮上したとして、Bに対し、平成23年1月17日付通知書において一連の不正経理請求に関わる事実について合理的な説明がなければ解雇する旨通知し、Bがその説明を拒否したことから、同人を懲戒解雇する旨意思表示を行った(Bに対する予備的懲戒解雇)。

これに対し債権者らは、本件解雇は債権者らの労組結成を嫌悪してなされ、社会通念上相当と認められないものであって、解雇権の濫用として無効であると主張し、債務者との雇用契約上の地位を有することの確認と賃金の支払いを求めて仮処分の申立てをした。
主文
債務者は、債権者Cに対し、平成23年2月から本案の第1審判決言渡しの時まで、毎月25日限り月額17万円の割合による金員を仮に支払え。

債務者は、債権者Bに対し、平成23年2月から同年6月までは毎月25日限り月額8万円、平成23年7月から本案の第1審判決言渡しの時までは毎月25日限り月額24万円の割合による金員を仮に支払え。

債務者は、債権者Aに対し、平成23年2月及び同年3月は毎月25日限り月額10万円、同年4月から本案の第1審判決言渡しの時までは毎月25日限り月額24万円の割合による金員を仮に支払え。

債権者らのその余の請求はいずれも却下する。

申立費用は、(1)債務者に生じた費用の3分の1と債権者Cに生じた費用を4分し、その1を同債権者の、その余は債務者の各負担とし、(2)債務者に生じた費用の3分の1と債権者Bに生じた費用を5分し、その1を同債権者の、その余は債務者の各負担とし、(3)債務者に生じた費用の3分の1と債権者Aに生じた費用を10分し、その1を同債権者の、その余は債務者の各負担とする。
判決要旨
1 債権者Cに対する懲戒解雇及び債権者Bに対する主位的懲戒解雇の有効性

本件各業務命令は、債権者C及び同Bに対し、従前の内勤スタッフの勤務を解き、CSスタッフの業務を命じるものであるところ、この業務は債務者の業務の一部であるから、その労務提供の相手方はあくまで債務者であって、顧客先ではない。したがって、本件各業務命令は、上記債権者2名の職務内容を変更するに留まり、労務提供の相手方の変更を伴うものではないと認められ、そうだとすると本件各業務命令の性質は配転命令であって、出向・転籍に当たらないというべきである。

本件においては上記債権者2名の職務を内勤スタッフに限定する合意があったとまではいい難いから、債務者は上記債権者2名に対して配転命令権を行使することはできると解されるが、その行使は無制約なものではなく、1)業務上の必要性が存在しない場合又は2)業務上の必要性が存在する場合であっても他の不当な動機・目的をもってされたものであるとき、若しくは3)労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものである場合には、かかる配転命令は人事権の濫用に当たり無効と解するのが相当である。

債務者は上記債権者2名について、その職務遂行能力に問題がある上、勤務態度も悪く、人事考課における上司の評価も著しく低いことなどを理由に内勤スタッフとして戦力外と判断し、解雇も考慮したが、その前にCSスタッフ業務を経験させることも有益であると考え、本件各配転命令を発したと主張している。しかし、債務者は、平成22年7月2、3日の説明会において、上記債権者2名らに対し、同人らを内勤スタッフに配属することを前提に新体制の趣旨説明を行っており、このような経緯等からみて、上記債権者ら2名の職務遂行能力等に問題があるからといって、その説明から1ヶ月も経過しないうちに内勤スタッフ職を任すことはできないと断定し、本件各配転命令を発するまでの業務上の必要性があったかは疑問が残る。また本件配転命令は、以上の経緯等に加え、債務者において本件の債権者らが本件労組を結成し、執行役員に就任したことを認識した直後に発せられたものであること、その内容は上記債権者2名の職務内容に大きな変化が認められるばかりか、勤務地は未定、給与額も不安定なものであって、本件労組まで結成し債務者に対抗しようとしている上記債権者2名がとても受け入れられる筋合いのものではないことなどを考慮すると、本件各配転命令は、専ら上記債権者2名を配転命令拒否(=懲戒解雇事由の発生)へと導く不当な意図の下に発せられたものと推認される上、本件各配転命令によって上記債権者2名に生じる不利益は通常甘受すべき程度を著しく超えるものであったといわざるを得ない。

以上のとおりであるから、本件各配転命令は配転命令権の濫用に当たり無効といわざるを得ず、したがって、本件各配転命令違反を理由とする債権者Cに対する懲戒解雇及び債権者Bに対する主位的懲戒解雇は、労働契約法16条にいう「客観的に合理的な理由」を欠き、無効であることに帰す。


2 債権者Aの解雇の有効性

債務者は、債権者Aは、怠慢な職務態度を取り続け、社内秩序を乱すなど、新体制下においても人事考課の評価が著しく低く、新支店長体制への協力姿勢も見られず、今後の向上の見込みが全く見られなかったものであり、これらの事情は、就業規則10条5号及び10号に該当する旨主張する(本件解雇事由1))。しかし、債務者は平成22年7月2、3日の説明会において、債権者Aを内勤スタッフに配属させる意向を明らかにしていた経緯等があることなどに照らすと、債務者の主張する本件解雇事由1)は、いずれも企業経営に重大な支障を及ぼすなど即刻企業から排斥することをやむなしとする程のレベルに達していたか疑問がある上、その内容からみても債務者としては先ず然るべき教育指導等を行うことによって同債権者に改善の余地等があるか否かを慎重に見定める必要があったものというべきである。ところが、債務者の会長は、偶さか債権者Aが中心となって本件労組を結成する動きを察知したことから、「事業計画の変更」といった実際とは異なる解雇理由を楯に、即刻債権者Aに対する普通解雇に踏み切ったことが認められる。

これらの事情を併せ考慮すると、本件解雇事由1)に基づく普通解雇は、いかにも拙速というよりほかないものである上、不当労働行為の疑いさえある解雇であって、労働契約法16条にいう「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合に該当する。よって、本件解雇事由1)に基づく普通解雇は、解雇権を濫用するものとして無効であることに帰する。

3 債権者Bに対する予備的懲戒解雇及び本件解雇事由

2)に基づく債権者Aの普通解雇の有効性

1)本件各研修会等における日当代等の申請者はいずれも債権者Bであって、各研修会のいずれにも共通するスタッフは、前支店長、債権者A及び同Bの3名であること、2)本件各研修会等はいずれも経理担当者のチェックが働かない土祝日が開催予定日とされていること、3)仮払された日当代等は未だ経理担当者に返却されていないにもかかわらず、後日精算処理されたことになっていること、4)領収書はいずれも名義人以外の者によって作成された事が確認されていること、5)本件各研修会に参加予定であったCSスタッフの問合わせに対し、債権者Aと同Bがそれぞれ区々の回答を行っていることなどから見て、本件予備的懲戒事由に該当する事実の存在が一応認められるようにも見える。しかし、その一方で、1)債権者A及び同Bは本件予備的制裁事由を明確に否定するとともに、前支店長も、本件各研修会等が中止になったことから、自らに課せられた研修会等のノルマをこなすため、そのための費用として本件日当代等をプールしておくこととしたと述べていること、2)債務者に対して不正請求を行ってまで本件日当代等程度の金員を詐取しなければならないほどの動機は見当たらないこと、3)仮に不正請求を行うのであれば領収書の不要な報奨金の詐取を目論むのが自然であるところ、報奨金は本件各研修会等への参加予定CSスタッフに交付されていること、4)本件研修会等はその稟議書の通り実際に開催されることが予定されていたとみるのが自然であること、5)本件各領収書の作成経緯等について、債権者A及び同Bはその関与を明確に否定していることなどの事情を指摘することができ、これらの事情を併せ考慮するならば、本件予備的解雇事由には合理的な疑いを差し挟む余地があり、その存在は一応も認められないというべきである。

以上のとおりであるから、債権者Bに対する予備的懲戒解雇及び本件解雇事由2)に基づく債権者Aの普通解雇は、「客観的に合理的な理由」を欠き、いずれも解雇権の濫用として無効であることに帰着する。

以上のとおり、本件各解雇は、いずれも無効であるから、債権者らは本件各雇用契約に基づき賃金(年俸)請求権(被保全権利)を有することになる。

4 保全の必要性について(略)
適用法規・条文
民法709条、715条、724条、労働基準法37条1項、115条
収録文献(出典)
労働判例1030号72頁
その他特記事項