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N社(電子メール)事件(パワハラ)

事件の分類
職場でのいじめ・嫌がらせ
事件名
N社(電子メール)事件(パワハラ)
事件番号
東京地裁 - 平成12年(ワ)第11282号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社個人4名 A、B、C、D
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2002年02月26日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
 被告会社は、経済情報等についてコンピューター処理をして販売することなどを業とするN新聞系列の株式会社、被告Aは同社の管理部部長、同Bは経営企画グループ部長、同Cは同グループ員で社内システム委員会委員、同Dは取締役営業第一部長の地位にあった者(以下被告Aら)であり、原告は平成10年頃から被告会社の営業第一部に勤務し、N新聞社のデータベースを証券会社や一般事業会社に販売するなどの業務を担当し、社内システム委員会の委員を務めていた。

 平成11年12月上旬、被告会社営業第二部のTからシステム委員会に対し、N新聞管理部長の名前で誹謗中傷のメールが複数回送られるとの苦情があった。これを受けて被告A及び同Bを中心として調査した結果、原告が発信者である可能性が高いと判断し、同月17日、被告A、同B及び同Dにより原告から事情聴取を行った(第1回事情聴取)。この際、被告Aが大声で原告を追及したが、原告は誹謗中傷メールの発信を否定し、技術的な観点から反論して、被告らはこれに十分対応できなかった。被告会社は、誹謗中傷メールの裏付け資料を入手するため、被告会社所有のパソコンサーバーを調査したが、誹謗中傷メールに関する有力な資料は見つからなかった。

 原告は私用メールなどを送受信していたところ、被告会社はその後の調査でそのメールファイルを発見したことから、管理部員S、被告A、同B及び同Dをして、平成13年1月13日、誹謗中傷メール及び私用メールについて第2回目の事情聴取をし、その中で被告Aは、他人の名前を使って人を誹謗中傷するような行為は男がやることではないという趣旨の発言をして追及したが、原告は最後まで誹謗中傷メールとの関わりを否定した。その翌14日、原告は退職を同年3月1日とする退職願を被告Dに退出し受理された。

 被告会社は、同日、原告に対し、私用メールが就業規則の懲戒事由に該当することを理由として譴責処分とし、これを原告に伝えた上、社員告知板に貼り出した。被告会社は、同月20日午後4時頃、原告に対し、同月31日付けで退職するよう申し入れたが、原告は退職日は3月1日であると抗議し、同日午後6時頃、被告Aと同Dは原告に対し、3月1日の退職は認めるが今後は出社しないようにとの趣旨の発言をして、原告が検討したいと言うと、被告Aは「3月1日の退職を認めるのに何を検討する必要があるのか。無礼だぞ」などと怒鳴った。結局原告は同年3月1日付けで退職し、退職金を受領した。
 原告は、第1回事情聴取において、被告Aらは原告が誹謗中傷メールの犯人であると決めつけて激しく追及して人格権を侵害したこと(不法行為1))、被告Aらは原告所有のフロッピーディスクを無断で奪い、私的データを勝手に奪って被告会社所有のファイルサーバー上に保管し、多数の関係者に閲覧させ、個人情報の返還を求めても返却しないでいるところ、これらの行為は個人情報の所有権及びプライバシー権を著しく侵害すること(不法行為2))、第2回事情聴取では、被告Aらは原告を誹謗中傷メールの犯人と決めつけ、「最低の男のやることだ。男の風上にも置けない奴だ」などと大声で怒鳴り、罵って人格権を侵害したこと(不法行為3))、被告Aは原告に早期退職を迫り、「前歴照会が来てもお前にとっていいことは言わないぞ」などと強迫したこと(不法行為4))を挙げ、被告会社及び被告Aらに対し、不法行為に基づき慰謝料500万円、弁護士費用50万円を請求した。
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 不法行為1)について(第1回事情聴取関係)

 企業秩序は、企業の存立と事業の円滑な運営の維持のために必要不可欠なものであるから、企業は企業秩序を定立し維持する権限を有する。他方、労働者は労働契約の締結によって当然に企業秩序の遵守義務を負う。したがって、企業は具体的な規則を定めるまでもなく当然のこととして、企業秩序を維持するため、具体的に労働者に指示・命令することができ、また企業秩序に違反する行為があった場合には、その違反行為の内容、態様、程度等を明らかにして、乱された企業秩序の回復に必要な業務上の指示・命令を発し、又は違反者に対し懲戒処分を行うため、事実関係の調査をすることができる。しかしながら、上記調査や命令も、それが企業の円滑な運営上必要かつ合理的なものであること、その方法態様が労働者の人格や自由に対する行き過ぎた支配や拘束ではないことを要し、調査等の必要性を欠いたり、調査の態様等が社会的に許容し得る限界を超えていると認められる場合には、労働者の精神的自由を侵害した違法な行為として不法行為を構成することがある。

 誹謗中傷メールの送信者が、T及びKにごく近い立場の社員であることは明らかであり、その内容がTの言動を事細かに指摘し、非難し、皆から嫌われているとするなど、その送信は違法性を有すると考えられ、Tの申出に応じて発信者を特定して防止措置を講じることはもちろん必要であり、のみならず、それは企業秩序を乱す行為であり、懲戒処分の対象となる可能性があるから、その観点からいっても速やかに調査の必要がある。そして、メールの送受信録、原告とKの関係、原告がTのパソコンを預かったことからすると、原告が誹謗中傷メールの送信者であると疑う合理的理由があったから、原告に対し事情聴取その他の調査を行う業務上の必要があったということができる。

 本件は、社内における誹謗中傷メールの送信という企業秩序違反の調査を目的とするもので、かつ原告にはその送信者であると合理的に疑われる事情が存するから、原告から事情聴取をする必要性と合理性は強く認められる。また、質問の声が大きく、仮に同じ質問が繰り返しなされたとしても、事情聴取の時間は30分程度であること、原告が送信者であればその監督責任を追及されるべき被告Dが同席していること、冒頭に事情聴取の趣旨を説明した上開始していること、質問内容等も特に不適切なものではなく、強制にわたるとまでは認め難いことからすると、第1回事情聴取は社会的に許容得る限界を超えて原告の精神的自由を侵害した違法な行為とはいえない。

2 不法行為2)(私用メール関係について)

(1)原告の私用メール調査の必要性

 被告会社としては、誹謗中傷メールの送信者が原告である疑いを拭い去ることはできなかったのであるから、更に調査する必要があり、その犯人の特定に繋がる情報が原告のメールファイルに書かれている可能性があり、その内容を点検する必要があった。また、私用メールは、送信者がその間職務専念義務に違反し、かつ私用で会社の施設を使用するという企業秩序違反行為を行うことになることはもちろん、受信者の就労を阻害することにもなる。また、本件ではこれに止まらず、受信者に返事を求める内容のもの、現に返信として私用メールが送信されたものが相当数存在する。これは、自分だけでなく送信者にもその間職務専念義務に違反し、私用で会社の施設を使用させるという企業秩序違反行為を行わせるものであり、このような行為は就業規則に違反し懲戒処分の対象となり得る行為である。そして、原告の私用メールの量は無視できないものであり、日によっては頻繁に私用メールのやり取りがなされ、仕事の合間に行ったという程度ではないのであるから、新たにこれについて原告に関して調査する必要が生じた。

(2)調査の相当性

 被告会社が行った調査は、被告会社が所有し管理するファイルサーバー上のデータの調査であり、かつこのような場所は、ロッカー等のスペースとは異なり、業務に何らかの関連を有する情報が保存されていると判断されるから、ファイルの内容を含めて調査の必要が存する以上、その調査が社会的に許容し得る限度を超えて原告の精神的自由を侵害した違法な行為であるとはいえない。原告に事前に告知しなかったことは、既に送受信されたメールを特定の目的で事後に調査するものであること、原告が誹謗中傷メールと私用メールという秩序違反行為を行ったと疑われる状況があり、事前の告知による調査への影響を考慮せざるを得ないことからすると、不当なこととはいえない。また、他の社員に対し同時に私用メールの調査を行わなかったことについては、原告には誹謗中傷メールの調査の必要性が存していたし、私用メール事件としても、原告について過度の私用メールが発覚した以上、原告についてのみ調査を行うことが、他の社員との関係で公平を欠いたり、原告への調査が違法となることはない。

(3)私用メール等の本件データを保存し返還しない行為について

 保存する行為については、処分事案に関する調査記録は当該事案に関連する紛争に備えて、あるいは同種事件への対応の参考資料として相当期間保管の必要があり、違法に入手したものでない以上、これを削除しないことが違法となることはない。返還しない行為については、原告において、それらを具体的に必要とする事情が存し、かつ原告がそれらを保有していないのであれば格別、そのような事実が認められない本件においては、被告にはこれらを返還する義務はなく、それをしないことが違法となることはない。また、所有権侵害の主張については、被告が所有し管理する機器上に存するデータについて、原告が所有権を有するとはいえない。

3 不法行為3)(第2回事情聴取関係)について

 本件は、社内における誹謗中傷メールの送信及び過度の私用メールという企業秩序違反事件の調査を目的とするもので、かつ原告は誹謗中傷メールの送信者と合理的に疑われる事情が存するにもかかわらず、第1回事情聴取では、原告からの技術的反論のために十分な聴取ができなかったのであるから、再度事実関係を確認する必要があり、私用メールについても、処分の前提として、原告から事情聴取する必要性と合理性は強く認められる。また、質問の声が大きく、同じ質問が繰り返してなされたとしても、事情聴取の時間は1時間程度であるところ、質問内容からして不当に長いとはいえないこと、原告の監督責任を追及されるべき立場の被告Dが同席していること、冒頭に事情聴取の趣旨を説明した上で開始していること、質問内容等も特に不適切なものではなく、強制にわたるとまでは認められないことからすると、第2回事情聴取が社会的に許容し得る限界を超えて原告の精神的自由を侵害した違法な行為であるとはいえない。

4 不法行為4)(被告A、同Dによる早期退職・出勤停止の強要と強迫関係)について

 労働契約の終了事由が原告からの解約申入れである以上、被告会社としては退職日付を申出の日以前に遡らせることができるという法的根拠は存しない。したがって、被告会社の提案は合意退職の申入れ行為に過ぎず、社会的相当性を逸脱した態様での、強制にわたる執拗な要求行為は不法行為を構成することがあり得る。しかし、本件の経過からすると、被告会社が原告に対し不信感を持つことはやむを得ない面があり、退職が決まり特段仕事がなくなったという前提の下に原告に対し出勤しないように求めることが必ずしも不当とはいい難い。また、原則として原告に就労請求権はないというべきであり、そうである以上、被告が賃金を支払う以上は早期退職の要求というより就労義務の免除に過ぎない。

 そこで検討するに、まず4時頃のやり取りについては、退職日の点で1日早期退職を求める行為であり、しかも被告Aは早期退職を求める法的根拠がないにもかかわらず、3月1日の退職は認められないと繰り返したのであるが、結局被告会社が再検討の上譲歩したことを考慮すると、社会的に許容し得る限界を超えて原告の精神的自由を侵害した違法な行為とはいえない。また6時頃のやり取りについては、被告Aの発言には一部穏当を欠いて不適切な部分がある。しかし、同部分は、被告会社としては大幅に譲歩したと認識し、これ以上譲歩の余地はない状況下で、原告が翌日回答に固執し、双方が容易に譲歩しない状況でのねばり強い交渉の中での発言であること、短時間のことであること、これに対し原告は冷静に対応していることを考慮すると、社会的に許容し得る限界を超えて原告の精神的自由を侵害した違法な行為であるとはいえない。
 以上のとおりであるから、不法行為1)ないし4)の主張は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
適用法規・条文
民法709条、715条、723条
労働判例825号50頁
収録文献(出典)
その他特記事項
本件は控訴された。