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K大学再生医科学研究所教授再任拒否処分事件

事件の分類
雇止め
事件名
K大学再生医科学研究所教授再任拒否処分事件
事件番号
京都地裁 - 平成15年(行ウ)第16号
当事者
原告 個人1名
被告 K大学、K大学総長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2004年03月31日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 原告は、昭和47年9月K大学医学部を卒業後、同大学医学部附属病院外科研修医を経て、昭和59年1月に同大学院医学研究科博士課程を修了し、その後同大学大学院医学研究科に任用され、平成7年5月、同大学腫瘍外科学講座の助教授として勤務していた。K大学においては、大学の教員等の任期に関する法律(任期法)に基づき、平成10年4月、任期に関する規程(本件規程)を定めたが、本件規程によれば、任期制による任用の対象となる職として、教授、助教授、講師、助手があり、その任期は5年で、再任されることが可とされていた。

 原告は、平成10年1月中旬頃、「臨床応用可能な代謝系人工臓器作成をめざす研究」を職務内容とする教授1名を公募していることを知り、これに応募したところ、任期法に基づき、任期を平成10年5月1日から平成15年4月30日までとする任期付任用を受けた。その際原告は、事務長から、K大学では幅広く任期制を導入しようという動きがあること、再任は可能であり、普通に仕事をすれば定年まで再任されるなどと説明され、自分は再任されるものと考えて、任期付任用への同意書を作成した。K大学総長は、任期法に基づき、原告から同意書を受けた上で、平成10年5月1日付で原告に対し、原告をK大学再生医科学研究所(再生研)教授に昇任させる旨の辞令(本件昇任処分)を交付した。

原告は、以後再生研の教授として勤務していたところ、平成15年5月1日以降も再任されることを希望し、任期満了の12ヶ月前までに書面をもって審査を請求できるとの申合せに基づき、再生研所長に対し、平成14年4月23日付の書面により再任審査を申請した。その後、再生研において、再任審査に関する内規が定められ、再任の審査に当たっては外部評価委員の評価を経るべきものとされ、この意見を聴取した上で、協議員会で再任を可とする投票が過半数に達しない場合には再任を認めないこと等が定められた。外部評価委員会は、平成14年9月18日付で原告の再任審査結果報告書(本件報告書)を提出したが、その内容は、一定の評価はできるものの、国際的レベルでみると、論文の質・量ともに平均的と評価する一方、社会的貢献を高く評価するものであって、本件報告書は、結論として、原告の再任を全委員一致で可とするとしていた。

 ところが、同年10月17日の協議員会(再生研所長、教授の外、K大学のそれ以外の教授のうちから所長の委嘱した若干名で構成)では、本件報告書の結論がそのまま受け入れられず、原告の再任の可否について継続審議とされ、同年12月19日に開催された3回目の協議員会での無記名投票において、総投票数17票中、再任を可とする票が1票で、過半数に達しないため、原告の再任は認められないこととなった。その後K大学総長は、平成15年3月6日付書面、同年4月22日付通知書によって、原告に対し、同月30日をもって任期満了とする通知をした。

 これに対し原告は、本件昇任処分に際しての原告の同意は、任期制仁関する誤った情報提供等詐欺的になされたものであるから無効であること、本件昇任処分に付された附款(任期)は、本件昇任処分の同意を欠く以上無効であること、本件昇任処分は5年の任期を定めた附款部分のみが違憲無効であるから、原告は任期のない教授として平成15年以降も当然に再生研教授の地位にあることを主張して、再任を拒否した通知は行政処分に当たり、同所分は違憲、違法、内規違反であるとして、その取消を請求した。
主文
1 原告の本件訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
 任期法によれば、国立大学の学長は、評議会(これを置かない大学では教授会)の議に基づき、その大学の教授や助教授等の教員について、任期を定めた任用を行う必要があると認めるときは、教員の任期に関する規則を定めなければならないものとされ、任命権者は、前記の規則が定められている大学についてその教員を任用する場合において、一定の場合に任期を定めることができると規定されている。

 憲法は、その23条で「学問の自由は、これを保障する」と規定しており、そのために大学の教官、研究者に大学の自治が認められ、その具体的内容として、大学の教授その他の研究者の選任は、大学の自主的判断に基づいてなされなければならないことが挙げられる。しかし、憲法の規定やその趣旨からも、個々の大学の教官・研究者の選任を、任期法の各規定に従って、その自由意思に基づいて一定の任期付きで任用することが禁止されているとまで解することはできない。

 原告は、任期法4条及びK大学規程の各規定に従って、その同意の下に、K大学の再生研の任期制の教授として、平成10年5月1日付で任用されたもので、原告は被告大学総長から再任用されていないから、平成15年4月30日で任期満了で退職したものといわざるを得ない。原告は、本件昇任処分に際しての原告の同意は、任期制に関する誤った情報提供と必要な情報の不提供により詐欺的になされたもので無効と主張する。確かに、本件公募要項には、再生研教授の職が5年の任期制であることは一切明記されていなかったのであり、原告の採用内定がされるまでの間にこの公募が任期付の教授の公募であることが原告に明確に示されたり、何らかの説明をされていたことはなかったものと認められる。これらの事実によれば、教授を公募する再生研としては、任期付の公募かどうか、任期付の公募の場合は、その任期が満了すれば法律上は任命賢者に対して再任を求める権利はないことを公募要項に明記するなどして、十分に説明するのが望ましかったことは確かである。しかしながら、原告は任期法の規定に基づき、任期を平成10年5月1日から平成15年4月30日までとされることに同意する旨明確に記載した同意書を自ら作成して提出した上で本件昇任処分を受けたことが明らかであって、任期法に基づいて任期を5年としてされた本件昇任処分の法律上の効果が何ら左右されるものではなく、本件昇任処分は5年の任期付の任用として法律上効果があるというべきである。

 期限等の行政処分の附款については、その附款が行政処分の重要な要素である場合においては、その附款に重大かつ明白な瑕疵があることにより行政処分自体が無効になる場合があるとしても、その行政処分と切り離して、附款のみを無効と主張することはできない。そして、任期法に基づく任期付の任用は、任期付でない任用処分とは根本的に法的性質を異にするものであって、任期付任用の任期の定めは任用行為に不可欠なもので、任用行為自体の極めて本質的な要素というべきである。そして、原告は、本件昇任処分の任期満了後も引き続き再生研の教授であることを希望し、再任の申請をし、外部評価委員会は全員一致で原告の再任を可としてその旨の本件報告書を提出したにもかかわらず、再生研の所長及び教授らで構成される再生研の協議員会は、2回の継続審議を経た上、結局原告の再任を認めない決議がされたものであって、任命権者である大学総長はこの協議員会の決定に拘束されると解されるから、同総長は同決定に反して原告を再任できないというべきである。

 そうすると、原告は、平成15年4月30日の経過により、本件昇任処分の任期の満了によって当然に再生研の教授の地位を喪失するものであって、任命権者の何らかの行政処分等によってこの地位の喪失の効果が発生するものではない。このようにみてくると、本件通知書による通知によって、原告が主張するような教授の地位を喪失させる行政処分があったとも、再任を拒否する行政処分があったとも、いずれも到底いうことができないもので、そのような行政処分があったことを前提としてその取消を求める本件訴訟は、不適法といわざるを得ない。

 なお原告は、恣意的な再任の拒否は原告の権利を侵害するものであり、再任用の拒否は、法令に基づく再任申請権の侵害か、又は学問の自由の恣意的侵害防止の権利を侵害するものとして、不利益処分と解することもできると主張する。確かに、任期法に基づく任期制は新しい制度であり、原告に対する本件昇任処分の際の任期制の説明は不十分であったといわざるを得ない上に、原告の再任の可否については、外部評価委員会の構成員が全員一致して再任を可とする本件報告書を提出しているのに、協議員会はこれを全面的に覆して再任を認めない旨を決定したもので、このような極めて異例ともいえる経緯に至ったことについては、原告は予想外のことであったと考えられる。また憲法23条が保障する学問の自由を確保する趣旨で、国公立大学の教授の選考は、教授会の議に基づき学長が行うものとされており、再生研の任期制の教授の再任も、教授会に相当する協議員会が決定することとされているのであり、仮に原告の再任を可としない旨の協議員会の決定が恣意的に行われたのであれば、それは学問の自由や大学の自治の趣旨を没却させる行為にもなりかねないものというべきである。

 しかしながら原告は、任期制であることを承知する旨の同意をした上で本件昇任処分を受けたのであり、協議員会の職務も、任命権者や手続きに携わる者の職務上の義務であって、再任審査の申請をした者に対する関係での義務とまではいえないというべきである。そして法律上は、任期制の任用による教員は、任期満了後に再任してもらう権利まではこれを有するものではないと解され、原告が再任されなかったことが、憲法上又は法律上、原告個人の何らかの権利を侵害するものとして、これを抗告訴訟の対象になると解することは、現行法上は困難といわざるを得ない。
適用法規・条文
憲法23条、民法96条1項、行政事件訴訟法3条2項、教育公務員特例法2条4項、大学の教員等の任期に関する法律(任期法)4条
収録文献(出典)
その他特記事項