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ショップ店長事件

事件の分類
うつ病・自殺
事件名
ショップ店長事件
事件番号
東京地裁立川支部 - 平成20年(ワ)第1102号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
卸小売業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2011年05月31日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(確定)
事件の概要
 被告は、食料品、日用雑貨などを扱う24時間営業のコンビニ型店舗をチェーン展開する株式会社であり、原告は平成10年に高校を卒業し、アルバイト経験等を経て、平成18年9月4日社員として雇用された者である。

 被告は、店長になる前には様々な店舗を経験させる方針の下、1年未満で店舗を異動させることが多く、原告は、正社員として採用直後の平成18年9月8日から店長又は店舗担当として勤務し、平成19年6月1日に別のA店の店長になったが、その頃から、不眠、食欲低下、抑うつ気分、意欲低下、希死年慮等の症状を自覚するようになった。原告は入社後11ヶ月間で4店において勤務し、平成19年8月4日からB店で勤務した。

 被告では、8つのエリアを統括するゾーンマネージャー、各エリアに各店舗を管理・指揮するエリアマネージャーが置かれていたが、B店では同月16日までエリアマネージャーが不在であった。また、B店では前任店長時代に不正な会計処理が発覚し、パート・アルバイト(PA)が解雇されたことがあり、前任店長はPAに発注作業を教えていなかった。原告はこうした状態で店舗を引き継いだため、PAへの教育も必要であったし、人件費の抑制も必要であった。原告は、同年9月4日、うつ病と診断されて療養を開始し、同年10月9日から休職した。

 原告は、1)店長は被告の指示・命令に従って店舗内の運営を行い得るにすぎないこと、2)店長に労働時間の裁量はないこと、3)収入が一般社員より少額であること、4)店長は僅かな研修を経たのみで昇格できること、5)全従業員の7割が店長であることを挙げて、原告は労基法41条の管理監督者には該当しないとして、時間外労働の割増賃金及び付加金の支払を請求するとともに、被告は安全配慮義務に違反して、恒常的な不規則・超過勤務、度重なる不意打ち的な店舗異動を強いて、原告をうつ病に罹患させたとして、未払賃金の外、慰謝料300万円の支払を請求した。
主文
1 被告は、原告に対し、金144万8376円並びに内金44万8376円に対する平成20年5月29日から支払済みまで年6分の割合による金員及び内金100万円に対する同日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 被告は、原告に対し、金20万円及びこれに対する本判決の確定の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3 原告のその余の請求をいずれも棄却する。

4 訴訟費用はこれを10分し、その7を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

5 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 原告が管理監督者に当たるか

 労働基準法上「監督若しくは管理の地位にある者」(管理監督者)には労働時間、休憩及び休日に関する規定が適用されない(41条2号)とされたのは、管理監督者が労働条件の決定、その他労務管理について経営者と一体的な立場にあり、その職務内容、責任及び権限等の重要性に照らして、法所定の労働時間の枠を超えて事業活動をすることが要請され、その勤務態様も労働時間等の規制になじまない立場にある一方、一般の労働者と比し、相応の賃金を受け取り、また自らの労働時間について厳格な規制を受けず、比較的自由な裁量が認められているなどの待遇面及び勤務実態を考慮すれば、例外的に、労働時間等に関する規制を適用しなくても、過重な長時間労働を防止しようとした法の趣旨が没却されるおそれが乏しいことによるものと解される。

 店長は、700店舗もある被告の直営店のうち1店舗の運営を任されていたにすぎないにもかかわらず、その店舗内ですら、日常業務内容もPAとの境界もあいまいで、店舗内での人事権や運営に関し終始エリアマネージャー等の判断が必要であるなど、店舗運営において重要な職責を負っているとはいえず、店長からの意見を経営方針に反映される機会はほとんどなく、更に簡易かつ短期間の研修で店長になり、その数も少なくとも正社員の3分の2の多数に上るなど、必ずしも店長が重要な地位として位置付けられていなかったことが窺われ、以上のような事実に照らせば、被告の店長が労働条件の決定、その他労務管理について経営者と一体的な立場にあり、その職務内容、責任及び権限等の重要性に照らして、法所定の労働時間の枠を超えて事業活動をすることが要請され、その勤務態様も労働時間等の規制になじまないような立場にあったとは未だ認められない。

 店長の出勤日や出勤時刻等に関する裁量は、自由裁量というものではなかったといえ、現に原告の労働時間は相当長時間に及んでいる。また、PA、店長及び社員の出退勤の管理は、PAがウェブ上の勤怠管理システムに出退勤時刻を記録する方法により行われていたところ、上記で退勤時刻についてはエリアマネージャー等もこれを閲覧することが可能な状態にあった。以上のとおり、店長はその出退勤につき、自由な裁量が認められているとは言い難い上、PAと同じ方法により出退勤時が管理されていたのであるから、自己の出退勤につき一般の労働者と比較して自由な裁量が認められているとは認められない。被告においては年俸制が採用されているところ、原告が店長に昇格した後、年俸は約56万円増額されたが、店長昇格前の額を超えることはなかった。

 以上のような職務内容、責任、権限、勤務態様及び賃金等の待遇に照らして考えると、被告の店長として業務に従事していた原告が管理監督者に当たるとは認められないから、原告に対しては、時間外労働や休日労働に対する割増賃金が支払われるべきである。

2 原告に支払われるべき時間外割増賃金及び休日割増賃金の額について

 原告の年間の休日は119日、1日8時間労働であるから、年間の所定労働日数は247日、1ヶ月平均労働時間数は164時間である。使用者は労働者に対し、毎週少なくとも1回の休日を与えなければならないから、1回も休日が与えられていない場合には、日曜日の勤務を休日労働と認めるのが相当である。よって、原告の時間外割増賃金及び休日割増賃金の額は、4万8376円である。

3 付加金の要否について

 被告は、原告に対して労働基準法37条に定める時間外割増沈吟及び休日割増賃金の支払義務を追っていながら、その支払義務を怠っていたものであり、原告の勤務には裁量の余地が少なかったこと、原告が任された店舗の状況は原告の経験に照らせば負担の少なくない店舗であったこと、結果として原告の労働時間が長時間になったことなどに鑑みれば、被告が原告を店長として扱うようになって以降、本来支払うべき割増賃金を支払っていなかった期間が約4ヶ月と必ずしも長期間に及ぶものではないこと、被告において殊更時間外手当の支給を免れるために労働者を店長職に就任させるなどの運用がされていたわけではないこと、店長に対しては一般社員には給付されない手当(役職給)が支給されていたこと、店長に時間外手当を支給しないことについて被告が労働基準法に違反すると認識していたとは未だ認め難いことなどの事情を考慮したとしても、時間外手当(44万8376円)の約5割に相当する20万円の付加金の支払いを命ずるのが相当である。

4 原告の業務とうつ病罹患との因果関係について

 店長は、店舗運営に関し、本部から人件費を抑えるよう指導され、シフトに穴が空いた場合には容易にPAや派遣社員を利用できる環境ではなかったこと、そのことも一因となって、シフトで人数が不足する場合や、突然PAが休む場合に、原告が残業することが少なくなく、そのことが原告の労働時間を長時間かつ不規則にした。また、クレーム対応は柔軟性が必要で、かつ緊張を強いる業務であるにもかかわらず、被告では簡単な研修しか行っておらず、これも原告の心理的負担の一因となったと考えられる。

 原告は、本件発症約7ヶ月前は月100時間を超える深夜労働に従事し、6ヶ月前から1ヶ月前までは1ヶ月当たり80時間を超える時間外労働に従事し、原告が午前中の遅い時間や午後に出勤し、深夜まで勤務した日が散見され、本件発症の約1ヶ月前は勤務先変更直後の長時間連続労働に従事し、本件発症前1ヶ月間は時間外労働時間は58時間と短くなっているものの、原告が午前中の遅い時間や午後に出勤し、深夜まで勤務した日が散見されることに変わりはない。

 以上によれば、原告の勤務形態は午前中の遅い時間や午後に出勤し、深夜まで勤務した日が散見され、また不規則な労働に従事していたといった勤務形態は、正常な生活リズムに支障を生じさせて疲労を増幅させることになると考えられるから、疲労の蓄積の程度が増加し、労働者の心身の健康に何らかの悪影響を与える危険を内在していたといえる。また、短期間での頻繁な勤務先の変更は、人的関係や新たな店舗運営の構築に必要な心理的負荷がかかる出来事であることに加え、原告の変更先の店舗は必ずしも経営が安定したものばかりではなく、原告は入社後短期間で十分な研修を経ないまま店舗運営を任され、クレーム対応やシフト管理といった責任を負わされた。

 以上のような原告の勤務形態は、原告よりも経験豊富なLが長時間労働等を理由に被告を退社し、また原告と同様入社以前に社員としての経験のないJが、原告よりも4ヶ月早く入社し、OJTを受ける機会があったにもかかわらず、クレーム対応や不正行為に対する対応や研修不足を理由に店長職を辞退したことからも窺われるように、経験の浅い原告への心身にかかる負荷は相当なものであったと創造される。他方、原告に精神疾患の既往歴はなく、他に業務以外の本件発症の要因は認められないから、原告の業務と本件疾病との間には相当因果関係が認められる・

5 被告の安全配慮義務違反の有無

 使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり、使用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は、使用者の同注意義務の内容に従って、その権限を行使すべきである。

 ところが、被告は、原告が勤務していた当時、健康診断を年に1度実施するほかは、特別な健康配慮を行っていたとの事情は窺われないばかりか、上司のエリアマネージャーが原告から話を聞いた際にも、持続的に原告の負担を軽減させるための措置をとるでもなく、かえって人件費を抑えるよう注意したり、店長を辞めて通常の社員になったとしても業務が直ちに減るわけではないことを説明したりするなど、逆に一層の長時間労働をせざるを得ないとの心理的強制を原告に与え、原告の申出に真摯に対応したとは思われない姿勢に終始した。

 長時間かつ不規則な労働は、頻繁な勤務先の変更それ自体労働者の心身の健康を害する危険が内在しているというべきであり、被告は、このような原告の就労状況を認識し、又は少なくとも認識可能であったのであるから、これを是正すべき義務を負っていたというべきである。それにもかかわらず、被告は特別な配慮を行わないなど上記義務を怠り、原告の長時間労働を是正するために有効な措置を講じなかったものであり、その結果、原告は業務を原因として本件発症に至ったものと認められる。したがって、被告は原告に対する安全配慮義務に違反したものであるから、民法415条により、本件発症によって原告に生じた損害を賠償すべき責任を負うと認めるのが相当である。

6 慰謝料額について

 安全配慮義務違反行為により原告が受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては、被告の安全配慮義務の内容、程度に加え、原告の勤務実態及び時間外労働の程度、原告がうつ状態の症状を自覚するようになってから4年弱が経過し、本件口頭弁論終結時点においても原告のうつ状態が治癒していることを窺わせる証拠はないことなど、本件に現れた一切の事情を総合考慮し、100万円と認めるのが相当である。
適用法規・条文
労働基準法37条1項、41条、114条、民法709条
収録文献(出典)
労働判例1030号5頁
その他特記事項