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津山労基署長(ビル空調機製造会社)くも膜下出血事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
津山労基署長(ビル空調機製造会社)くも膜下出血事件
事件番号
岡山地裁 - 平成16年(行ウ)第17号
当事者
原告 個人1名
被告 津山労働基準監督署長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2008年12月18日
判決決定区分
認容
事件の概要
 原告は、ビル用空調機の製造作業員であり、内部配線、パネル取付業務を行う製造2課と、アングル(空調機の骨組)の切欠き作業を行う製造5課で、自ら現場作業を行う傍ら職場長を務めていた。このうち、アングルの切欠き作業は、重量物を扱い、不自然な姿勢で作業することを余儀なくされ、パネル取付け作業は、10kgもあるパネルを支えながら、複雑な配線を間違いなくすることが求められる神経集中を求められる作業であって、職場長としては、工程管理を任され、10人ほどの部下の配置、作業の進行管理、残業命令を出すなどしていた。

 原告は、毎朝車で、始業開始30分ほど前に出勤し、時間外労働も月間50時間を超えるのが常態であり、100時間を超えることも少なくなかった。原告の健康状態は、特に問題とするようなことはなかったが、健康診断時には本態性高血圧によると思われる軽症高血圧が長期にわたり存在していた。

 原告は、平成13年5月9日午前8時頃、職場体操中、右中大脳動脈分岐部に存在した脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血を発症し、同日午前11時頃、更に脳動脈瘤の再破裂を起こしてくも膜下出血を発症し、これにより、左半身麻痺の後遺症が残り、身体障害者等級1級の認定を受けた。
 原告は、本件発症は業務に起因するものであるとして、被告に対し、労災保険法に基づき、休業補償給付及び療養補償給付の支給を請求したが、被告はこれを不支給と決定(本件処分)した。原告は本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消を求めて本訴を提起した。
主文
判決要旨
 労働時間の長さは、業務量の大きさを示す指標であり、過重性の評価の最も重要な要因である。また長時間労働は、1)睡眠時間の不足を招き、疲労の蓄積を生じさせること、2)生活時間の中での休憩・休息や余暇活動の時間が制限されること、3)長時間に及ぶ労働では、疲労し低下した心理・生理機能を鼓舞して職務上求められる一定のパフォーマンスを維持する必要性が生じ、これが直接的なストレス負荷要因となること、4)就労態様による負荷要因に対する曝露時間が長くなることなどの理由により、脳・心臓疾患に悪影響を及ぼすことの報告もある。



 被告は、長期間にわたる業務による負荷に起因する疲労の蓄積の程度は、疾病の発症の6ヶ月間の出来事についてのみ評価されるべきと主張する。この点について、脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会報告書は、発症前に受けた発症と関係する要因を検討した諸報告における疲労の蓄積度合の評価期間は、少なくとも発症前概ね1ないし6ヶ月間、場合によっては過去1年間以上にわたっているものもあるとしており、必ずしも疲労の蓄積に係る業務の過重性を評価する期間を発症前6ヶ月間に限定するものではなく、業務の過重性を評価するに当たって、発症6ヶ月以前の事実を考慮することを不当とするものではない。そして、原告の時間外労働時間は、発症前の3ヶ月間は比較的短くなっているが、それ以前は、発症11ヶ月前から9ヶ月間にわたって時間外労働時間が月45時間を超える状態が続き、うち3ヶ月は100時間を超えていた。このようなことに鑑みれば、原告の業務の過重性を評価するに当たっては、発症前11ヶ月間の事実を考慮することが相当である。

 上記のとおり、原告は、9ヶ月という長期にわたって長時間の時間外労働に継続的に従事した上、特に著しい長時間労働と評価される100時間超の時間外労働を行った月がその3分の1に及んでいたのであり、原告の業務は、精神的・肉体的負荷が大きい過重な業務であったということができる。一方、発症前2ヶ月間は、原告の時間外労働時間が1ヶ月45時間を大きく下回っており、この時期においては、労働による新たな疲労の蓄積は生じなかったともみられる。また、発症の直前には4日間の休みを取っているので、原告の疲労はその間に一定程度回復したであろうと考えることもできるが、原告は平成13年3月16日以降、昼休みに段ボールを敷いて横になるほどの状況で、疲労が著しく蓄積した状態にあったと推認されるのであり、上記程度の休養によって、脳・心臓疾患を自然経過を超えて増悪させない程度に回復したとは認め難い。



 原告の製造5課における業務は、重量にして1日3000kgものアングルを扱うものであり、アングルを台車で運ぶ作業やアングルを上げ下ろしする作業は、足、腰、膝及び腕などに大きな負担のかかる重労働であり、アングルの切り欠きは、手指を負傷する危険性があり、相当程度の精神的負荷がかかっていたと認められる。また原告は製造5課で職場長の地位にあり、職場長としての業務は、原告に相当程度の精神的負担をもたらしたものと推認される。更に原告は、製造5課在職中も、製造2課の繁忙期にはその応援に行っており、両課で異なった作業に従事したという点においても、相当程度の精神的負担を受けていたものと認められる。したがって、原告は、製造5課在職中、肉体的に大きな負荷を受けていただけでなく、精神的にも各種の負担が競合して大きな負荷が生じていたものと認めるのが相当である。

 原告が製造2課で行っていた外板パネルの取付け作業は、肉体的負担を伴い、空調機の配線は集中力を要し、精神的負荷のかかる仕事である。したがって、原告の製造2課での業務は、個々の業務内容をみると、製造5課での業務と比較して負荷が小さいといえるものの、作業に時間を要することを併せ考慮すると、総合的には、精神的・肉体的に大きな負荷がかかる業務であったと認められる。



 以上の事実及び検討結果によれば、原告は、繁忙な部署での業務に従事し、本件疾病の発症11ヶ月前から3ヶ月前までの9ヶ月間、継続的に長時間の時間外労働を行っていたところ、その業務内容は精神的・肉体的に大きな負荷がかかる業務であり、原告が従事していた業務は過重なものであったということができる。他方、原告の脳動脈瘤が、発症当時、自然の経過によって、一過性の血圧上昇があれば直ちに破裂を来す程度にまで増悪していたと認めるに足りる証拠はなく、他に確たる増悪要因を見出すこともできない。

 そうすると、原告が発症前に従事した業務による過重な精神的・肉体的負荷が、原告の脳動脈瘤をその自然の経過を超えて増悪させ、本件疾病の発症に至ったとみるのが相当であり、本件疾病の発症は、原告の業務に内在する危険が現実化したものと評価することができるので、原告の業務と本件疾病の間には相当因果関係があると認めるのが相当である。
適用法規・条文
労災保険法13条、14条
収録文献(出典)
 平成21年版労働判例命令要旨集

 ・法律労災保険法
 ・キーワード配慮義務
その他特記事項
本件は控訴されたが、和解した。