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N社日本諭旨退職仮処分事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 解雇
- 事件名
- N社日本諭旨退職仮処分事件(パワハラ)
- 事件番号
- 水戸地裁龍ヶ崎支部 - 平成13年(ヨ)第14号
- 当事者
- 債権者 個人2名 A、B
債務者 株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 決定
- 判決決定年月日
- 2001年07月23日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部却下
- 事件の概要
- 債権者A及び同Bは、債務者霞ヶ浦工場に勤務する従業員で、第1組合の組合員である。平成5年6月9日、債権者Bは始業時刻を30分以上過ぎた後、電話で課長代理Tに対し有給休暇を申し出たところ、Tは既に始業時刻を過ぎているとして有給休暇を認めず、その日出勤しなかった債権者Bの1日分の賃金カットをしたが、債権者Bが所属する第1組合はこの処理を不当として抗議を行った。こうした中、同年10月25日の終礼後、債権者B及び同Aの後を就業中のTが歩いていたところ、債権者Aが「Bの有給休暇を認めろ」などと叫び、債権者A及び同BはTの胸元を掴むなどしたが、課長らが駆けつけて騒ぎは収まった(第1暴行事件)。また、翌26日の朝礼の際、債権者Aが「Bの年休はどうなった」などと叫び、債権者Bほか数名の第1組合員がTを取り囲み、Tの胸元を掴むなど暴行を加え、騒ぎを聞いて駆けつけた第1組合員Eが、Tを羽交い締めにしたり、股間を何度も強く掴むなどの暴行に及び、債権者AはTを安全靴で蹴り上げるなどの暴行を加え、立ち去ろうとするTを追いかけ、更に暴行を加えたほか、その後も暴言を吐くなどを繰り返した(第2暴行事件)。Tはこの一連の暴行により負傷し、頸部捻挫、右小指挫傷、左膝挫傷と診断され、約6ヶ月間通院治療した外、左膝半月板切除の手術を受けた
Tは同年11月2日及び4日、警察署に対しE及び債権者Aを被告訴人とする告訴状を提出したところ、警察署からE及び債権者Aに対し出頭要請があり、E及び債権者Aは当初は出頭しなかったものの、結局平成6年2月には警察の取り調べを受けた。その後債権者Bは、平成6年2月7日、8日に欠勤した後、翌9日に年休の振替を申請しようとしたところ、Tから欠勤の連絡が始業時刻を過ぎていたとして無断欠勤とされたことから、これに反発し、翌10日、他の第1組合員とともにTに抗議し、首に捲いた包帯を外そうとする素振りを見せてTに迫ったほか、Tの腹部を殴打するなどした(第3暴行事件)。
被告と第1組合との間では団交拒否等を巡って昭和58年以来係争が続いていたが、最高裁判決により法的な決着を見て、被告は団交に応じることを余儀なくされた。こうした状況下で、被告人事本部長及び霞ヶ浦工場長の連名で同年7月31日付けの、被告は原告らの懲戒処分等を含む責任追及の権利を留保する旨の「通告書」が原告らに届けられた。
平成8年3月に、Tの告訴はようやく受理されたものの、捜査に何ら進展が見られないまま、Tは海外に赴任し、結局平成11年12月28日付けで、検察庁は原告ら及びE3名をいずれも不起訴処分とした。平成12年5月17日、Eは霞ヶ浦工場長らから懲戒処分が検討されていると告げられて退職を勧められ、同日退職願を提出し受理されながら翌日これを撤回して合意退職の効力を争って仮処分を申し立て、同年8月7日一部賃金仮払の限度で申立が認められたものの、本訴では被告勝訴の判決が言い渡され、その後確定した。そして、平成13年4月17日、被告は原告両名を諭旨解雇処分とした。
原告らは、本件解雇は不当労働行為意思に基づくもので、懲戒事由とされる事件から7年半もの後になされたもので、解雇権濫用に当たり無効であるとして、被告に対し、原告らが労働契約上の地位にあることの確認と、賃金の支払いを請求した。 - 主文
- 1 債務者は、債務者Aに対し、平成13年7月1日から平成14年4月末日まで(ただし、これより前に保何事件の第1審判決が言い渡された場合はその言渡時まで)毎月末日限り月額32万円を仮に支払え。
2 債務者は、債権者Bに対し、54万1666円及び平成13年7月1日から平成14年4月末日まで(ただし、これより前に保何事件の第1審判決が言い渡された場合にはその言渡時まで)毎月末日限り月額25万円を仮に支払え。
3 債権者両名のその余の申立てを却下する。
4 申立費用は債務者の負担とする。 - 判決要旨
- (決定要旨) 使用者が就業規則に懲戒規定を設けるのは、企業秩序に違反した従業員に一種の制裁罰を科することにより広く企業秩序を維持確保するためであるから、使用者が、懲戒事由に該当する行為をして企業秩序に違反した従業員に対し、懲戒処分をするか否かについては、使用者の自由な裁量に委ねられているといえる。
ところで、使用者が懲戒処分をする時期については、懲戒事由該当行為の事実の確認、裏付け証拠の収集確保、当該行為が企業秩序に及ぼす侵害の内容と程度、従業員の反省の有無及び程度等の諸般の事情を総合して検討した上、懲戒処分の要否及び処分の種類の選択を判断して決定することになるから、その検討と判断決定のために事案に応じた相応の時間を要することになる一方で、懲戒処分の目的が企業秩序維持確保にあり、企業秩序に生じた侵害は時間の経過により関係者の印象や記憶も薄れて風化するなどして自然に回復していくことからすると、当該目的を実効あるものとするにふさわしい時期においてすることが合理的といえ、特段の事情のない限り、懲戒事由該当行為が発生した後、企業秩序に生じた侵害が風化せずに残存し未だ企業秩序が回復したとはいえない時期にすることが必要ないし相当といえる。また従業員としても、懲戒事由該当行為の後、相当な期間が経過すると、その状況に応じた生活状況が築かれるとともに、懲戒処分がされないのではないかとの必ずしも不合理とはいえない期待も抱くようになるほか、関係証拠の散逸や証拠価値の劣化により反論や反証することが困難となる事態が生じたりもするから、相当な期間が経過した後に懲戒処分をされると、予期せぬ不利益を被る事態も生じかねず、殊に懲戒解雇と同時に退職金の全部又は一部を支給しないという重大な内容のものであるときは、このような事態を回避するために、懲戒処分は懲戒事由該当行為の後、長期間を経過しない相当な期間内にされる必要がある。
以上を総合すると、従業員に対して懲戒権を行使する時期についての使用者の裁量については自ずから限界があるというべきであり、使用者の懲戒権は、懲戒事由に該当する行為が生じた時期から、懲戒処分をする目的と事案に応じた社会通念上相当な期間内に行使されることが必要かつ相当であり、この期間を経過した後にされた懲戒処分は、これに合理的な理由がない限り、その裁量の範囲を超えるものとして社会通念上相当として是認することはできず、権利を濫用するものとして無効になるというべきである。
債権者両名に対する懲戒事由は平成5年10月26日に発生した暴行傷害事件が最も重大であるのに対し、その余の暴行傷害事件は相対的に軽く、また、無断職場離脱、暴言、業務妨害、無断欠勤等は多数回反復累行された必ずしも軽視できないものの、個々の事由はいずれも軽微といえるものである。そして債務者は、これら多数の事由が生じたにもかかわらず、債権者両名に対し警告等を発しながらも、平成13年4月17日の諭旨退職処分に至るまで譴責や減給といった軽度の懲戒処分を科することすらなかったのであるが、これは債務者がその捜査の進展とこれが起訴されるか否かの刑事事件としての帰趨を見守り、少なくとも起訴されて公的にも事実が認定されたと判断された場合に懲戒処分に及ぶことを検討していたものと推測される。そうすると、本件各懲戒処分は、平成5年10月26日発生の暴行傷害事件を主要な対象としてなされたものと一応認められる。
同事件は、就業時間中に管理職に対して行われた事件であって、債務者は事件発生直後においてその内容の詳細を確認し、更に当該暴行傷害行為が企業秩序に及ぼす侵害の内容と程度、債権者両名の反省の有無及び程度についても、十分検討ないし確認していたとみられ、これらの事情を総合すると、債務者は、遅くとも平成5年末頃までには、債権者両名に対する懲戒処分の要否及び処分種類の選択を判断し決定できる状況にあったと一応認められる。しかるに、本件各処分までになお7年以上の期間を経過したところ、当該暴行傷害行為から経過した約7年半の期間は、当該暴行傷害の内容等を考慮しても関係者の同事件についての印象や記憶を薄れさせ、職場に生じた秩序侵害を風化させて回復させるのに通常十分な期間といえる。また債権者両名としても、もはや諭旨解雇処分という重大な処分を含めて懲戒処分がされることを予期せず、解雇を前提としない生活状況を築いていたとみられる上、同じ訴訟において事実関係を争う場合においても関係者の記憶が薄れるなどの事態が生じている可能性を否定できない。
もっとも、本件各懲戒処分をするまでに約7年判の長期間を経過した事情の一つには、刑事事件の帰趨を見守っていたことがあり、捜査の進展状況を検討して相応の期間待つことも理由がないとはいえない、しかし、警察の捜査が進展しないことは債務者としても知っていたのであり、このような状況下において、前記のような長期間を経たことを首肯できる事情は見当たらず、また債権者らは同暴行傷害事件について不起訴とされ、本件各懲戒処分は、これを債務者が知ったと見られる時期から更に1年以上を経過した後にされたのであって、このことについても首肯できる事情は見当たらない。
以上を総合すると、主要な対象である暴行傷害事件の発生から約7年半経過した上、債権者らが不起訴処分とされ、これを債務者が知った時期から更に1年半以上を経過した後にもあえて、債務者において、債権者両名に対し、解雇と同時に退職金の全部又は一部を支給しないという重大な結果をもたらす本件各処分をすることは、社会通念上相当な期間を経過した後になされたもので、これに合理的な理由があるとはいえず、その懲戒権行使の時期についての裁量の範囲を超えるものとして社会通念上相当として是認することはできないから、権利濫用として無効というべきである。 - 適用法規・条文
- 収録文献(出典)
- [収録文献(出展)]
- その他特記事項
- 本件は本訴に移行した。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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水戸地裁龍ヶ崎支部-平成13年(ヨ)第14号 | 一部認容・一部却下 | 2001年07月23日 |
水戸地裁龍ヶ崎支部 - 平成13年(ワ)第136号 | 一部認容・一部却下(控訴) | 2002年10月11日 |
東京高裁 - 平成14年(ネ)第5738号、東京高裁 - 平成15年(ネ)第246号 | 原判決破棄(控訴認容)(上告) | 2004年02月25日 |
最高裁 - 平成18年(オ)第1075号 | 上告認容(破棄自判) | 2006年10月06日 |