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妊婦セクハラ発言懲戒処分事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
妊婦セクハラ発言懲戒処分事件
事件番号
東京地裁 - 平成22年(ワ)第18302号
当事者
原告 個人1名
被告 Xファイナンス株式会社X
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2011年01月18日
判決決定区分
棄却
事件の概要
被告は、電気機械器具等の割賦販売、信用保証等を業とする会社であり、原告は大学卒業後の昭和56年6月に被告に入社し、平成20年2月、被告の100%出資Z社の世田谷事務所のリース資産グループに異動になり、同グループの主任として勤務していた。

原告は、当時同グループ所属の複数の派遣社員が、10‾20分も遅刻して来るにもかかわらず放置されていることについて厳しい見方をしていたところ、そうしたさ中の平成20年7月18日、原告は向かい側の席にいた女性社員Aがミスを犯したことから、周囲に聞こえるような大声でAに注意した。Aは当時妊娠中であったが、原告の強い口調に泣き出し、トイレに逃げ込んだ後、そのまま午後半休を取得して帰宅した。

同月28日の始業時間頃、Aが隣席の女性従業員と、妊娠中の体調などについて雑談をしていたところ、原告は突然その会話に割り込み、Aに対して「腹ボテ」、「胸が大きくなった」などという発言(本件発言)をした。Aは本件発言により性的な不快感を覚えたが、18日の出来事があったことから、原告に言い返すこともできなかった。その後、平成21年3月27日、Aから被告人事担当部署に対し、上記出来事を記載したファックスが送信されたが、Aはセクハラであるとの申立はしなかった。

原告は、同年4月1日から被告の首都圏支所に異動させるという内示を受けたが、原則として勤務地の変更がないコースを選択していたことから、この異動を拒否し、結局異動の内示は取り消された。原告は同年4月9日、人事教育部長から、同僚女性社員に対するセクシャルハラスメントに該当する発言の有無等について事情聴取を受け、指摘された「腹ぼて」、「胸が大きくなった」旨の発言について記憶がないと答えた。更に原告は、同部長に対し、「腹ぼて」は原告の出身地では妊娠した女性に対して普通に使う言葉だが、それがセクハラに当たるのか尋ねたところ、同部長は「セクハラです」と答えた。原告はこの事情聴取に納得がいかなかったことから、後日同部長に面談を申し入れ、同年4月28日、同部長及び人事グループ長と面談した。この面談で、原告はAがセクシャルハラスメントの申立を人事部にしたのか質問したところ、その申立はない旨の回答があった。更に原告は、同部長に対し、本件発言をめぐる処理は、異動の拒否に対する嫌がらせではないかと質問したが、同部長はこれを否定した。

同年6月11日、原告は譴責処分を受けた。同月13日、本件譴責処分の理由が示されたが、処分理由として、昨年夏同僚女性社員に対し発言した内容は、セクシャルハラスメントに該当するものであり、看過することはできず、就業規則等に違反する行為である旨が示されていた。

これに対し原告は、本件譴責処分の理由となった発言はセクシャルハラスメントに該当するものではないこと、処分に当たって弁明の機会が与えられていないことから無効であるとして、その無効確認を求めるとともに、無効な本件譴責処分により甚大な精神的苦痛を受けただけでなく、本件譴責処分が全従業員に公表されたことで名誉を毀損されたとして、慰謝料200万円、弁護士費用50万円を請求した外、謝罪広告を要求した。
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。

2訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1本件発言の有無及びセクシャルハラスメント該当性

原告は本件発言を否定する外、仮にAに対し「腹ぼて」、「胸が大きくなった」という発言をしたとしても、「腹ぼて」とは原告の出身地の三重県では「妊娠」、「妊婦」を意味する言葉であり、「胸が大きくなった」というのも妊娠に伴う身体の変化の指摘にすぎないのであるから、それだけの発言をもってセクシャルハラスメントに該当すると評価することはできないと主張する。しかしながら、原告が本件発言をしたことについては、A作成の陳述書及びファックス文書に加え、複数の目撃者の陳述書によって裏付けられており、これを十分に認めることができる。

また、原告は、本件訴訟前の再三にわたる問い合わせに対し、被告が本件発言の具体的状況を明らかにしなかったこと、本件訴訟に至るまで、被告は本件発言のされた日時は「7月初め」であり、詳細は明らかでないとしていたにもかかわらず、本件訴訟において突然日時を特定できたこと等は不自然かつ不合理であるとするが、本件譴責処分が、懲戒処分の中で最も軽度のものであることからすれば、本件訴訟前の社内処分の段階で、発言の具体的な日時や状況が判明していなかったとしても、格別不自然ないし不合理とまでいうことはできない。

一般にセクシャルハラスメントとは「相手方の意に反する性的言動」と定義されるところ、原告が本件発言をした際、Aに対し、性的な嫌がらせをする意図ないし故意を有していたとまでは認めるに足りないから、本件発言は、少なくとも原告の主観においては、Aが妊娠しているとの事実及び妊娠によるAの身体の変化を指摘したにすぎないとみるのが相当である。その意味では、仮に本件譴責処分が原告の故意による性的嫌がらせ行為があったことを理由とするものであるとすれば、失当というほかない。しかしながら、原告は世田谷事務所に配属されて以後、女性従業員から、女性に対しては厳しい対応をする人であるとか、高圧的な印象であるといった否定的な評価を受けていたと見られるところ、特にAについては、その業務上のミスについて厳しい口調で注意をし、Aがトイレに逃げ込むといった出来事が発生した直後であったから、原告に嫌がらせの意図等がなかったとしても、本件発言を受けたAが性的な不快感を覚えることは当然というべきであり、原告においても、自らの不用意な発言によりAに不快感を覚えさせないよう配慮する義務があったというべきである。にもかかわらず、原告はAに対し、配慮を欠いた発言をし、Aに性的な不快感を覚えさせたのであるから、原告による本件発言は、Aに対し性的な嫌がらせをする意図ないし故意を有しないものであったとしても、相手方の意に反する性的言動、すなわちセクシャルハラスメントに該当すると評価するのが相当である。

2本件譴責処分の社会的相当性の有無について

原告は、本件譴責処分は、懲戒処分に際して求められる適正手続きを尽くしておらず無効であると主張する。しかしながら、原告が本件譴責処分前に事情聴取を受け、更に自ら申し出て人事教育部長と面談の機会まで得ているから、原告の上記主張は採用の限りではない。ところで、本件発言は原告の故意による性的嫌がらせ行為とまでは認定できないところ、過失行為が故意行為に比して、その違法性の程度が軽微であることは言うまでもないから、本件譴責処分については、過失行為に対し懲戒処分を科したことの社会的相当性も問題となり得るが、本件発言に至る諸経緯等並びに譴責処分が懲戒処分の中でも最も軽微なものであることに照らせば、原告に対し本件譴責処分を科したことが、社会的相当性を欠き、懲戒権の濫用に当たるとまでは解することができない。
適用法規・条文
民法709条
収録文献(出典)
労働経済判例速報2102号17頁
その他特記事項