判例データベース
学校法人H医科大学慰謝料請求事件(パワハラ)
- 事件の分類
- 職場でのいじめ・嫌がらせ
- 事件名
- 学校法人H医科大学慰謝料請求事件(パワハラ)
- 事件番号
- 神戸地裁 - 平成20年(ワ)第2820号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 学校法人 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2009年12月03日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告大学は、H医科大学等を設置する学校法人であり、原告は昭和49年5月に医師免許を取得した後、いくつかの病院勤務を経て、平成2年7月に被告大学耳鼻咽喉科に医員として採用され、平成3年9月に助手になった。
被告大学では、平成5年12月、翌年3月で定年退職する耳鼻咽喉科教授の後任教授を選出するための公募制による教授選が行われ、耳鼻咽喉科の医局からはP助教授が推薦されたが、当時助手であった原告は教授に断りなく立候補したため、教授はこれに激怒し、原告を学生の教育担当及び全ての臨床担当から外した。教授選では外部からの応募者である被告Mが後任教授に当選し、前教授から原告を全ての臨床担当から外した旨の引継ぎを受けたが、その処遇の当否について原告から改めて事情聴取することもなく、従前通り原告に一切の臨床を担当させなかった。
原告は、被告病院における診察を全く担当させられなくなり、手術することもなくなった外、平成6年10月頃から、臨床、ポクリ(学生の病院実習)などの教育の担当もなくなり、平成6年ないし9年には、県立病院に派遣されていたが、派遣先病院からクレームがあり、平成11年11月に派遣が中止された。
原告は、被告Mや被告大学上層部に対し、臨床を担当させるよう強く要求し、その結果、平成16年8月から、被告病院のうち月曜日の再診が割り当てられるようになった。その後平成19年4月11日の団体交渉において、被告大学から、今後の原告の職務について、1)毎週水曜日、初診及び再診患者をC准教授と一緒に診る、2)耳グループに属して、被告M、C准教授らと協力して耳診察に当たる、3)手術は耳を中心にする、4)頭頸部の手術は頭頸部グループに任せる、5)独断での手術は行わない、との方針が伝えられ、平成19年5月から、毎週水曜日に初診を受け持つことになった。
原告は、被告Mは14年間にわたって原告に仕事を与えないといういじめを行い、その結果、医師としての技量を維持向上させることを妨げられ、他大学や他の病院の医師として転出する機会を剥奪され、人格権を侵害されたとして、被告大学及び被告Mに対し、慰謝料1500万円を請求した。 - 主文
- 1被告らは、原告に対し、連帯して100万円及びこれに対する平成20年10月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3訴訟費用は、これを15分し、その1を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
4この判決は、第1項に限り仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1被告Mが原告に仕事を与えなかったことによる人格権侵害の有無
(1)総論
被告病院耳鼻咽喉科の事務分掌については、被告Mが権限を有しているものと認められ、原告に対して臨床を担当させるか否か、担当させるとしてもいかなる職務を担当させるかについても、原則として被告Mの裁量に委ねられていたというべきである。しかしながら、そのような裁量も無制限、無限定なものではあり得ず、特定の者に対する取扱いが、その裁量を逸脱、濫用するものであると評価される場合には違法になるというべきである。
(2)平成16年頃まで原告に臨床を担当させなかったことについて
被告らは、原告について、看護婦や医局員とのコミュニケーションがとれない、患者とトラブルを起こすなどと言われていることなどから、原告に臨床を任せないことにした旨主張する。しかしながら、平成3年頃には、医員として初診の外来や頭頸部腫瘍の専門外来も担当し、手術や診察において何らかの支障が生じたとの具体的事実の主張立証はない。また被告Mが原告に臨床を担当させないと判断する根拠となるべき事実も、被告Mが自ら体験したものではなかったり、あるいは職員との間でトラブルを起こし原告には協調性がないといった抽象的なもので、医師として患者を診察することについて原告に致命的な欠陥があるようなものとも思われない。
むろん、医師と他の医局員らとの間に良好な人間関係を構築できていないことなどを理由に、危険性の高い臨床分野について当該医師に担当させないと判断することも必ずしも不合理とはいえない。しかしながら、医療行為が全てそのような危険性を伴うものとまではいえないし、被告Mは原告に県立病院への転任も打診しており、原告に臨床分野を担当させることそのものが著しく不適当と認識していたともいえない。そうすると、被告Mとしては、原告に被告病院での外来診察等を担当させることも充分考え得たというべきである。また被告Mは、平成6年11月に被告大学教授に就任した頃、原告から直接臨床や教育に当たらせてもらいたいとの要望を受け、上層部からも平成15年6月頃、原告の取扱について検討の指示を受けていたのに、平成16年8月まで原告に臨床を担当させなかったものであるが、たとえ被告Mの赴任前に原告の臨床に何らかの問題点があったとしても、その後の時間の経過とともに、あるいは臨床において適切な指導、注意を与えることによってその問題点が改善されることもあり得るのに、約10年間にわたり原告にそのような機会さえも与えず、一切の臨床を担当させないというのは、適切な対応とはいい難い。以上によれば、被告Mが、平成6年の教授就任時から平成16年8月まで原告に一切の臨床を担当させなかったことは、その裁量を逸脱したものであって、適切な対応とはいえない。
もっとも、原告については被告Mの赴任前から協調性を欠くという評価がなされていた上、平成9年には被告大学の関係者に理由を告げないまま派遣を拒絶したり、平成8年及び10年頃には派遣先病院から派遣中止の申し出がなされたり、平成16年ないし17年には、多数の被告大学職員らから、原告とともに臨床を行いたくない旨の嘆願書が複数提出されている事実に鑑みると、原告自身にも、周囲の職員らに対する配慮を欠き、反感を買うような面があったり、協調性を欠くと評価されてもやむを得ない面もあったと推認され、平成6年から平成16年までの間に原告に委ねられるべきであった臨床の範囲は限定的であったと考えられる。
(3)関連病院への派遣中止について
派遣先の県立A病院から、原告が鼻出血の患者について診察を拒否し、患者が意識を喪失しても診察しなかったとか、午前11時30分には帰ると何度も言っていたとか、賃金が安いと総務に抗議していたなどという書面が提出されたことから、原告を県立A病院に派遣しないこととしたものと認められ、被告Mは、派遣先の県立A病院に対して原告の勤務状況に関する適切な調査を行い、その調査結果に基づいて原告の派遣を中止したものといえ、被告Mの行為に裁量の逸脱、濫用はない。
被告Mは、平成10年頃、原告がB病院で咽頭癌の患者の診察依頼を断り午後へ回せと述べたことから、同病院の院長が苦情を述べに来たと聞き、平成11年11月から原告をB病院に派遣しないこととしたと認められるところ、原告に関しては既に平成8年にも県立A病院から苦情が出されたため同病院への派遣を中止した事実があり、派遣先から同様の苦情があったことを理由としてB病院への派遣を中止した被告Mの判断は不当とはいえない。
(4)平成16年8月以降の診察の状況について
原告は、平成16年8月から月曜日の再診を担当するようにはなったが、原告に割り当てられた患者数は、月曜日の午前に2、3名に過ぎない場合もあったと認められるし、他の医師とどの程度の格差があったのか明らかではない。また、仮に原告に対する患者の割当が少なかったとしても、各医師にいかなる患者を割り当てるのかについては、当該医師の技量や専門性に応じて行われることも考えられる上、その割当てにおいて被告Mに裁量の逸脱、濫用があったとまで断ずることはできない。原告に比較的患者の少ない月曜日の再診を割り当てた点についても、被告Mとしては、原告が約10年間にわたり臨床を担当しておらず周囲から協調性がないとか患者とトラブルを起こすなどと評価されていたことから、原告に臨床を委ねることが適切か、また臨床を委ねるとしてもどの範囲を委ねるかを見極める必要が高かったといえ、その判断に裁量の逸脱、濫用はない。
なお、被告Mは、被告大学理事長宛に、原告と共に診察をしないことを希望する旨の嘆願書を提出しているが、結局のところ、上層部の指示に従って原告に臨床を担当させる機会を設けているのであるし、原告に担当させる臨床の範囲を上記のとおりとした被告Mの判断が、その裁量を逸脱、濫用するものでないことは前述のとおりである。
また、頭頸部腫瘍グループのN、G及びOは、原告を同グループに加えることに反対する旨の嘆願書を作成しているが、原告は医局員との関係が必ずしも良好でなかったことに照らせば、原告と共同で患者の治療に当たることについて拒絶感を抱いた医局員らが自ら率先して嘆願書を作成したと考えて不自然ではなく、少なくとも被告Mが関与して作成されたものであると認めるに足りる証拠はない。
原告は、平成19年5月から水曜日の初診を担当するようになったものの、患者の割当が少ないと主張する。しかしながら、水曜日の初診においてはC准教授宛の紹介状を持参する患者が多かったと認められ、仮に原告に対する割当が少なかったとしても、その割当において被告Mに裁量の逸脱、濫用があったとまで断ずることはできない。
原告は、被告Mが専門外来を担当させないことが違法である旨主張するが、以下のような原告の勤務態度に照らせば、被告Mが原告に専門外来を担当させないことも、その裁量を逸脱、濫用しているとまではいえない。まず、原告の病棟回診への参加は、平成19年度において出席率約20%、欠席率約34%、遅刻早退率が約46%であり、平成20年度においては、それぞれ、約5%、約84%、約11%であって、その出席率は他の医師と比しても低率に止まっていると認められる。また、原告の医局会への参加も、平成19年度は出席率が約52%、欠席率が約25%、遅刻早退率が約23%であり、平成20年度においては、それぞれ約35%、約54%、約11%と認められ、そのため原告が医局員らとコミュニケーションを図る機会を自ら放棄しているとも評価される。更に原告が、看護師による検診依頼を拒絶したことは、原告の協調性のなさの表れといわざるを得ない。
(5)手術の担当について
平成15年12月、原告は、内視鏡手術の経験がないのに被告Mらと相談することなく、鼻内視鏡手術をしようとしたが、被告Mに咎められて手術直前に断念したことが認められる。原告が、内視鏡手術の経験を有するスタッフと共同で執刀する意図であったとすれば、自己に内視鏡手術の経験がないことを前提として当該スタッフとの準備が不可欠であると考えられるのに、原告は、他のスタッフの状況を把握することも、内視鏡手術の経験が豊富な医局員に指導を頼むこともないまま、内視鏡手術を実施しようとしていたものであり、かかる原告の行動は、患者に対する侵襲を伴う手術を実施すべき医師の対応としては不適切といわざるを得ない。平成17年2月、原告は紹介された中咽頭部の患者に対し、頭頸部腫瘍グループに相談することなく、自己の独断で治療方法を決し、カンファレンスによる決定後も、その決定に反して動注療法を行おうとしていたものと推認できる。そして、このような原告の言動は、カンファレンスによって決定された方針に従った治療に当たるべき医療機関に対する患者からの信頼感を喪失させるおそれがあるばかりか、相矛盾する治療を患者に対して行い、その生命身体を危険に晒すおそれも否定できないものであり、医療担当者としては不適切といわざるを得ない。
以上のような事情を考慮すると、原告が独断で治療方針を立てたり、カンファレンスの結果に従わない治療を行うなどすることによって患者が被りかねない不利益を慮って、比較的軽易なものを除き原告に手術を担当させない方針をとった被告Mの判断が、その裁量を逸脱、濫用したものとはいえない。
(6)専門グループへの所属について
原告は、被告Mから専門グループである耳グループに所属する機会を与えられながらこれを拒絶したと推認でき、原告が専門グループに所属していないことについて被告Mに不法行為が成立するとはいえない。なお、平成19年までについて原告を専門グループに所属させなかったことも被告Mの不法行為と主張するものと解する余地もあるが、専門グループに所属しないことによる不利益は、専門的な治療を担当できないという点に収斂されるものと解されるが、原告の勤務態度に照らせば、原告に専門的な治療を担当させなかったことは必ずしも不適当とはいえない。
(7)原告の教育担当について
原告は、平成6年から平成18年1月まで教育担当を割り当てられなかったことが異常である旨主張するが、学生に対する指導は、臨床の経験とは異なり、これを担当しなかったからといって必ずしも医師としての技量に直接影響するものではなく、被告Mには、その選定につき、臨床担当者の選定以上に広範な裁量があるというべきであり、原告が学生に対する教育の担当に割り当てられなかったからといって、直ちに違法とはいえず、その裁量を逸脱、濫用するものとはいえない。
(8)原告に対する差別的取扱について
原告は、昇進において差別的取扱を受けていると主張し、原告よりも入局年次が新しく歳も若い医局員が原告よりも昇進している例が認められる。しかしながら、医局における人事評価は、単に経験年数や業績だけで行われるものではなく、特に臨床家は、情緒面で欠陥のあるものは教授・科長としての責任を果たすことができず、また患者の立場に立った連携のあり方についても深い理解を持つことが要求されるなどの条件も含めて行われることが望ましいともいえる。そして、原告の勤務態度に問題があるというべき事情が見受けられることは前述のとおりであって、原告を昇進させず、他の医局員を昇進させるとの被告Mの判断が、その裁量を逸脱、濫用し、原告を差別的に取り扱ったものと評価することはできない。原告は、医師が診察する際には書記が付くことになっているのに、原告にはこれが付けられないと主張するが、人手不足のため、被告Mの診察時にも書記が付かないことも認められ、C准教授は職制上原告より上位にあり、原告が差別的取扱を受けているとはいえない。
(9)他大学への転職の勧奨について
原告は、被告Mが原告の机上に他大学の教授選の応募用紙を置いておくことが違法であると主張するが、そもそも、被告Mの行為は、単に原告に対して他大学において教授選が行われることを知らせるにすぎない。また原告は、他大学の教授選へ立候補するためにも臨床をさせて欲しいと要求した旨主張しており、原告も他大学の教授への就任を検討していたものと解され、この点からも、他大学における教授選の実施を知らせるべく応募用紙を原告の机上に置いた被告Mの行為が違法であるとはいえない。
2他大学の教授や他の病院の医師として転出する機会の剥奪
社団法人日本耳鼻咽喉科学会は、平成10年2月20日、臨床系教員には期待される医師像の条件を満たすこと、高度の医療を提供し得る診察能力を有すること、そのための人材を育成する教育能力を有することが求められ、耳鼻咽喉科学教授については、臨床能力、教育能力、研究能力、学会及び社会活動等を評価すべきであるなどとする提言を行ったと認められる。しかしながら、これは各大学に対する拘束力があるものでもないし、その内容も、教授選考において、研究実績が過度に重視される一方で臨床能力が軽んじられてきたという経緯に鑑み、臨床能力を正当に評価すべきというものであって、臨床の経験は少ないが研究実績のある医師を教授とすることを妨げるものとは解されない。そして原告は、研究の分野に関して不当な取扱を受けていたものとは見受けられない。また、原告に臨床経験が乏しいため、転出先が限定的となった可能性は否定できないが、被告Mが危険性の高い手術等を原告に担当させなかったことも前述のとおり違法不当とはいえず、したがって、被告Mが原告から他の大学や病院に転出する機会を不当に剥奪したともいえない。
3原告に生じた損害
被告Mが平成6年11月に被告大学に赴任してから平成16年8月までの約10年間、原告に被告病院において臨床を担当する機会を全面的に与えなかったことについては、被告Mの裁量を逸脱する行為であり、原告はこれによってその期間医師として技量の向上を図ることが困難な状況に置かれたものといえる。もっとも、原告には協調性を欠くと評価されてもやむを得ない面があったり、独断で治療方針を決定するなどの問題もあり、原告に委ねるべき臨床の範囲は限定的であったと考えられ、原告に臨床を担当させないという被告Mの判断も、危険性の高い分野に関しては違法不当であったとはいえない。そして、上記のほか、原告が臨床を担当することができなかった期間や原告の勤務態度、被告病院及び派遣先病院以外の病院での臨床を担当したことなど諸般の事情を総合すると、原告が被った精神的苦痛を慰謝するには100万円が相当である。 - 適用法規・条文
- 民法709条、715条
- 収録文献(出典)
- 労働判例1024号45頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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神戸地裁-平成20年(ワ)第2820号 | 一部認容・一部棄却(控訴) | 2009年12月03日 |
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