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保険査定業務派遣社員解雇事件

事件の分類
解雇
事件名
保険査定業務派遣社員解雇事件
事件番号
東京地裁 − 平成21年(ワ)第19991号
当事者
原告 個人1名

被告 J株式会社
U共済会
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2010年05月28日
判決決定区分
一部認容・一部却下・一部棄却(控訴)
事件の概要
被告J社は、保険金の支払いや損害額の調査・評価等と人材派遣を業とする株式会社、被告U共済会は、いわゆる無認可共済と呼ばれる事業を営んでいた権利能力なき社団であり、原告(昭和25年生)は、平成10年5月に損害保険上級資格の認定を受け、平成18年6月1日、被告J社との間で、発注者を被告J社、受注者を原告、業務をU共済会へのスーパーヴァイジング(保険査定業務)、発注料金を日額1万9000円、業務発注開始日を平成18年6月1日で無期限とする業務契約を締結した。

原告は、被告U共済会の共済保障の事務処理を一括受託しているE社において仕事を始めたところ、平成19年8月21日、被告J社から、同年9月20日付けで委託を中止する旨の通告(解雇)を受けた。これに対し原告は被告J社に対し、「労働債権の返還の要望書」と題する文書で、原告と被告J社との契約は、「偽装請負」であり違法な労働者派遣であること、突然の解雇は解雇権の濫用であって受け入れられないことを通知した。被告J社は、同年10月17日、原告について離職証明書を発行したが、離職理由については、被告U共済会が従来行ってきた無認可共済が保険業法の改正により行えないこととなったことによる解雇とされた。

一方、米国での勤務経験のある原告は、E社で働く20代の女性Kが留学希望を持っていたことから、Kに対し、英会話を教えたり、クリスマスにブーケを渡したりした外、メールで頻繁にKを夕食などに誘い、「俺は君に本気みたいです」、「本音を言って欲しい。傷つくのは男の義務と思っています」などと返事を求め、Kから「普通の皆と同じように接してください」との返事を受け、Kに対し不愉快な思いをさせたとメールで謝罪した。E社内では、原告のKに対する言動がセクハラではないかと問題になり、被告J社代表者はE社から原告とKとの関係について善処されたい旨の申出を受けて、平成19年2月中旬、原告に対しKとの関係について今後注意するよう申し向けたが、原告はセクハラではないと主張した外、E社の社長に対しても、手紙を提出し、Kに対するセクハラの事実はない旨主張したところ、その後このことが特に問題とされることはなかった。

原告は、被告J社との労働契約は常用型の派遣労働者契約であって、派遣先(被告U共済会)が解散となっても原告と被告J社との契約関係は終了しないことを主張して、本件解雇の無効及び賃金の支払い並びに精神的苦痛に対する慰謝料200万円を請求した。一方、被告J社は、原告との法律関係は登録型派遣契約であり、被告U共済会が解散してその保険査定業務がなくなった以上、両者の労働契約は終了すること、仮に原告と被告J社との関係が労働契約関係であるとしても、被告J社はE社から要員の減員を申し出られており、人員削減の必要があったこと、零細企業である被告J社において原告を配置転換したり出向させたりすることはできないこと、原告はE社の若手女性社員Kに対するセクハラ問題を発生させ、E社から強い抗議を受けていた上、「E社の従業員は猿ばかり」などと述べるなど、E社の従業員らとの円満さを欠いていたこと、被告J社の代表者が原告に対し整理解雇の必要性について詳しく説明していることなどから、整理解雇としても有効である旨主張して争った。
主文
1原告の被告J株式会社に対する労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める請求を棄却する。

2被告J株式会社は、原告に対し、金600万円及び(1)内金12万円については、平成19年11月から……(16)内金42万円については、平成21年2月1日から

いずれも各支払済みまで年6パーセントの割合による金員を支払え。

3原告の被告J株式会社に対するその余の金員支払請求を棄却する。

4原告の被告U共済会に対する訴えを却下する。

5訴訟費用は、原告と被告J株式会社との間では、これを2分し、その1を原告の、その1を同被告の負担とし、原告と被告U共済会との間では、原告の負担とする。

6この判決は、第2項に限り、仮に嗜好することができる。
判決要旨
1被告U共済会に対する訴えの適法性

被告U共済会は権利能力なき社団であり、法人に関する規定を準用されるが、被告U共済会は平成20年12月31日をもって解散しており、清算後の残余財産についても、支援費としてJ社へ移転したことが認められ、結局被告U共済会には残余財産もなく、清算も終了し、その実体も消滅していると認めるのが相当である。したがって、被告U共済会は、解散及び清算によって当事者能力を喪失しているのであるから、原告の被告U共済会に対する訴えは、不適法であり却下を免れない。

2原告と被告J社との契約関係の実体

労働契約は、使用者の指揮監督の下で労働者の労務給付が行われるものであって、この点で、受任者が自らの裁量によりそれをなす委任及び請負人が自主的にそれをなす請負と区別される。本件においては、原告が行う被告U共済会の共済保障に関する査定業務について、原告が自由な裁量等に基づいて行うというものではなく、その具体的遂行方法、休暇取得等について、細部にわたって事細かい指示が就労先からされていたり、タイムカードや出勤簿による出退勤の管理もされており、その実態は業務委託請負ではなく、労働契約であるというべきであり、この労働契約に基づいて、原告は被告U共済会の共済事業に関する査定業務等を行うために派遣されていたものと認めるのが相当である。

原告と被告J社との契約やその後の契約書作成の際に、被告U共済会の共済事業の査定業務以外の職務を担当することや他の派遣先についての協議がされた形跡もなく、本件労働契約は、その実態に即して考察すると、被告U共済会の共済事業の査定業務等の職務を遂行することを内容とするもので、当該職務が存在する限りでの「期間の定めのない」労働契約であると解するのが相当である。

原告は、登録型派遣を行おうとする者は、厚生労働大臣の許可を受けなければならないところ、被告J社は当該許可を受けておらず、常用型派遣しかできないのであるから、本件派遣も常用型派遣である旨主張する。しかし、被告J社が登録型派遣の許可を受けていないことは明らかであるが、それ故に原告と被告J社との労働契約が直ちに常用型となるものではない。被告J社が無許可で登録型派遣事業を行っていたことは違法であって、刑事罰の対象ともなるが、それ故に原告と被告J社との契約が、被告U共済会の業務が終了した後も、被告J社が、別の派遣先に原告を就労させる義務を負わせる内容になっていたと認めることは困難である。

以上のとおり、原告と被告J社との契約は、被告U共済会の共済事業との査定業務等を行うための労働契約であると解するのが相当であり、したがって、被告U共済会が平成20年12月31日に解散したことによって、原告と被告J社との本件雇用契約も終了したものというべきである。よって、原告の被告J社に対して労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める請求は理由がない。

3被告J社による業務発注依頼の中止の通知が、解雇の意思表示であるとした場合、本件解雇は有効か否か

原告がKに対して、単なる職場の同僚や英会話の生徒という関係を超える好意をもって、花を贈ったり、食事をしたり、メールを送信したりしたところ、Kはこれら原告の一連の言動に戸惑い、これを重荷と感じてよそよそしいものになり、最終的にKから「職場の皆と同じように接して欲しい」との返事を受けて、原告は潔く身を引いたとものというのが、原告とKとの関係の実態というべきである。

一般に、従業員に対して職場環境保持義務も負っている企業としては、その女性従業員が、職場関係者からの言動で戸惑ったり、悩んでいるなどの情報提供があった場合、職場環境保持義務の観点から、事実関係の調査等を行ったり、当該関係者に対して誤解を受けるような言動を慎むように注意することが必要な場合があることは否定できないが、本件においては、原告(Kよりかなり年上であるが独身)のKに対する言動がセクハラ行為に該当するとか、社会的に許容される限度を超えたものということはできない。よって、原告のKに対する言動をもって本件解雇事由を基礎付けるものということはできないし、仮に、原告のKに対する言動をもって解雇事由とするのであれば、少なくとも、本件解雇に当たって、Kを含む関係者から事実関係を十分に確認し、原告の言い分等も改めて聴くなどの対応が最低限度必要であるが、それがされた形跡も本件では見当たらない。

被告J社は、本件解雇は整理解雇として有効である旨主張するが、1)被告J社代表者は、E社の社長から人員の削減を求められた翌日直ちに原告に対して本件解雇を告げており、解雇を回避するために雇用主として真摯な検討や努力をした形跡も見当たらないし、整理解雇の要件についての具体的な検討を行った形跡も見当たらないこと、2)被告J社とE社との業務委託については、その委託期間は1年間であり、特段の意思表示がないときは1年間延長されるとの約定であったところ、E社からの人員削減の申出は業務委託期間中のものであるから、被告J社としては、少なくともE社からの当該減員請求は、契約に違反するものとして拒絶を試みる余地はあったと解されること、3)原告を被告J社が雇用した当時は、既に改正保険業法が施行され、無認可共済事業者は平成20年3月末までに、保険会社になるか、少額短期保険業者になるか、廃業するかの選択をしなければならない状況にあり、被告U共済会の業務量の減少という事情は、原告を雇用する際にも予測できたこと、4)少なくとも本件においては、整理解雇の必要性を基礎付ける事情について財務諸表等の客観的資料に基づいて明らかにされたものでもないし、本件解雇が通告された平成19年8月20日の被告代表者の原告に対する説明も十分なものではないことからすると、この主張は採用できない。以上の事情を総合すれば、被告J社の原告に対する本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められず、その権利を濫用したものとして無効である。

4本件解雇が無効な場合の法律関係

本件解雇は無効であるが、被告U共済会が解散した時点で、原告と被告J社との労働契約も終了していると解するのが相当であるから、被告J社との間で労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める請求は理由がない。

被告J社は、必要性や相当性を認めることの困難な本件解雇をして、原告の就労を拒否した上、原告には就労の意思はあったと解するのが相当である。そして、本件解雇後、被告J社が原告の就労を受け入れることを表明するなどの事情もない本件においては、無効な解雇を行った同被告は、原告から労務提供を受けていなくとも、本件解雇後の平成19年9月21日から被告U共済会が解散し労働契約が終了した平成20年3月31日までの間については、バックペイの支払を免れることはできない。

原告が求める賃金額は、1ヶ月42万5000円であるところ、本件解雇当時の日給額は2万円であり、5000円は交通費であって、結局、原告の賃金支払請求は、1ヶ月42万円の範囲内で、かつ土日祝日を除く日のうち就労が客観的に可能であると解される分について認めるのが相当である。

未払賃金額の合計は606万円であり、被告J社は、各月の未払賃金について各支払日の翌日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払義務も負う。一般に、解雇された労働者が被る精神的苦痛は、解雇期間中の賃金が支払われることによって慰謝されるのが通常であり、本件においても、原告について、(労務に従事することなく)前記金額の支払いを受けて、これによってもなお償えないほどの特段の精神的苦痛が発生したとまで認めることは困難である。したがって、原告の慰謝料請求については理由がない。
適用法規・条文
民法709条、労働者派遣法5条、16条
収録文献(出典)
労働判例1013号69頁
その他特記事項
本件は控訴された。

・法律民法、労働者派遣法
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