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消費者金融会社(パワハラ)事件

事件の分類
職場でのいじめ・嫌がらせ
事件名
消費者金融会社(パワハラ)事件
事件番号
東京地裁 − 平成21年(ワ)第11541号
当事者
原告 個人3名 A、B、C
被告 個人1名 X
被告 株式会社
業種
金融・保険業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2010年07月27日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(確定)
事件の概要
被告会社は消費者金融を営む会社、被告Xは同社の第2事業部長であり、原告Aは平成15年9月に入社して第2事業部において、原告B及び同Cは、それぞれ平成17年2月、平成15年12月に被告会社に入社して第1事業部において、それぞれ債権回収等の業務に従事していた。

 被告Xは、被告会社が設定した回収目標より高い目標を設定した上、部下がこれを達成できなかった場合には、他の従業員が多数いる前で、「馬鹿野郎」、「会社を辞めろ」、「給料泥棒」などとしばしば叱責したり、部下の頭を定規で殴打するなどし、第2事業部においては残業、休日出勤が通常となっていた。また被告Xは、部下に対し宗教関係の新聞購読の勧誘を行い、部下がこれを断ると叱責するなどしており、平成17年5月、原告Aに対しても同新聞の購読勧誘をしたが、原告Aはこれを断った。

 平成19年7月、被告会社において第1事業部と第2事業部が統合され、被告Xが統合後の事業部の部長となったことにより、原告B及び原告Cとも被告Xの部下となった。

 被告Xは、平成19年8月8日、原告Bを呼び出して激しく叱責し、その上司の次長に対しても「てめえ、この野郎」、「お前の責任をどうとるんだ」などと叱責した上、原告Bに、今後の過失については如何なる処分も受ける覚悟である旨の文書を提出させた。更に同年12月3日、原告Bは被告会社から雇用契約を更新しない旨告げられたが、結局従来1年単位であったものが3ヶ月単位となって契約が更新された。

 同年11月6日、被告Xは昼食の際、原告Cに対し気持ちが怠けているから風邪を引くと非難し、その配偶者を「よくこんな奴と結婚した。物好き」等と揶揄した。また同月30日に事務所内の席替えが行われた際、被告Xは「うるさい」と言いながらN次長の腹部を拳で殴打し、更に原告Cを殴打した上、部下に対し「お前らもやれ」と指示した。また平成20年1月25日、被告Xは原告Cを呼びつけ、貸付金の回収を迫り、椅子に座った状態から原告Cの左膝を蹴った。

 被告Xは、心臓発作を避けるためタバコの臭いを避けていたところ、平成19年12月中旬、原告A及び原告Bがタバコ臭いと言って、扇風機1台を両原告に向けて退社するまで送風し続けた。被告Xはそれから平成20年1月にかけて扇風機1台を両原告に直接当て、更に同月29日及び30日、扇風機3台を、同年2月4、7、21,25、27、29日にも2台の扇風機で、両原告に送風をし続けた。また、同年3月6日、原告Aが出社して着席すると、被告Xは「ニコチン臭い奴がやってきた」などと言って、扇風機3台を固定して回し、これにより2台の扇風機の風が原告A及び原告Bに当たった。その後も被告Xによる両原告に対する送風は続いたが、原告Bは同年4月1日付で配置転換となった。被告Xは、同年4月から5月にかけてしばしば、扇風機3台を固定して回し、これにより2台の扇風機の風が原告Aに直接当たったことから、原告Aは同月26日、J次長に対し扇風機の風で身体が持たない旨訴えたところ、Jは涼しくて気持ちがいい、マフラーでもすればなどと取り合わなかった。

 原告Aは、同月27日及び28日に心療内科を受診し、同年6月3日に抑うつ状態を理由に1ヶ月間の自宅療養を必要とする旨の診断を受け、同月10日から1ヶ月間休職した。

 原告らは、被告X及び被告会社に対し、原告Aについては、治療費、休業損害、慰謝料合計336万5232円を、原告B及び原告Cについては、それぞれ、慰謝料200万円を連帯して支払うよう請求した。
主文
1,被告らは、原告Bに対し、連帯して、40万円及びこれに対する被告日本ファンド株式会社につき平成21年4月16日から、被告Xにつき同月25日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2,被告らは、原告Aに対し、連帯して、95万9982円及びこれに対する被告日本ファンド株式会社につき平成21年4月16日から、被告Xにつき同月25日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3,被告らは、原告Cに対し、連帯して、10万円及びこれに対する被告日本ファンド株式会社につき平成21年4月16日から、被告Xにつき同月25日から、各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4,原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

5 訴訟費用は、これを5分し、その4を原告らの負担とし、その余は被告らの負担とする。

6 この判決は、第1ないし第3項に限り仮に執行することができる。
判決要旨
1 原告A及び原告Bに対して扇風機の風を当てた行為について

 被告Xは、平成19年12月以降、原告A及び原告Bがたばこ臭いなどとして、扇風機を原告A及び原告Bの席の近くに置き、原告A及び原告Bに扇風機の風が直接当たるよう向きを固定した上で扇風機を回すようになり、時期によってはほぼ連日、原告B及び原告Aに扇風機の風を当てていた。被告Xによるこれら一連の行為は、被告Xが心臓発作を防ぐためタバコの臭いを避けようとしていたことを考慮したとしても、喫煙者である原告A及び原告Bに対する嫌がらせの目的をもって、長期間にわたり執拗に原告A及び原告Bの身体に著しい不快感を与え続け、それを受忍することを余儀なくされた原告A及び原告Bに対し著しく大きな精神的苦痛を与えたものというべきであるから、原告A及び原告Bに対する不法行為に該当するというべきである。

 平成20年4月2日付けの本件組合作成の文書には、部長によるパワハラに係る事実として、「ある宗教の機関誌の定期購読を強要され、それを断った場合には公然の場で根拠のない叱責、恫喝をする」、「無理な目標を掲げ、達成しなければ公衆の面前での異常なまでの叱責、退職を強要」、「机を移動していた部下3名の腹部を拳で殴打」「人間性を否定する罵倒をする」旨の記載があるが、扇風機による風を当てる行為についての記載はなく、また本件組合との団交においては、本件組合は原告Aに対して扇風機の風を当てる行為を問題としており、原告Bに対する行為は問題としていなかったことが認められる。しかしながら、仮に本件組合が上記文書作成の時点で被告Xによる扇風機を用いた行為について問題提起すれば、原告A及び原告Bが本件組合に相談していることが特定され、被告Xから更なる嫌がらせを受けることがあることを懸念して、本件組合は当該文書に扇風機の風を当てることを記載しないこととし、また同年6月の時点では、原告Bは既に本件事務所に在籍しておらず、原告Aに対して風を当てる行為が継続されていたことから、本件組合は当該行為を止めるよう緊急に申し入れたのであるから、被告らの主張をもってこれらの行為がなかったということはできない。

2 原告Aに対するその他の行為について

 被告Xは、平成17年9月頃、原告Aが被告Xの提案した業務遂行方法を採用していないことを知って、弁明の機会を与えることなく原告Aを強い口調で叱責した上、どのような処分も異議を唱えない旨の内容の始末書を提出させた。また被告Xは、平成19年6月の部門会議において、原告Aが改善方法についての発言をしたのに対し、「お前はやる気がない。明日からは来なくて良い」などと怒鳴ったところ、被告らはこれらは原告Aの業務上の怠慢に対する必要かつ相当な注意である旨主張する。しかしながら、これらの行為は、原告Aによる業務を一方的に非難するとともに、原告Aに被告会社における雇用を継続させないことがあり得る旨を示唆することにより、原告Aに今後の雇用に対する著しい不安を与えたものというべきである。そして、被告Xは、第2事業部において、他の従業員が多数いる前で、部下の従業員やその上司を大声で、時には有形力を伴いながら叱責したり、手当なしの残業や休日出勤を強いるなどして、部下に対し、著しく一方的かつ威圧的な言動を部下に強いることが常態となっており、被告Xの下で働く従業員にとっては、被告Xの言動に強い恐怖感や反発を抱きつつも、退職を強要されるかもしれないことを恐れて、それを受忍することを余儀なくされていたことが認められる。このような背景事情に照らせば、被告Xによる原告Aに対する上記の行為は、社会通念上許される業務上の指導を超えて、原告Aに過重な心理的負担を与えたものとして、不法行為に該当するものというべきである。

3 原告Bに対するその他の行為について

 被告Xは、平成19年8月8日、顧客の信用情報に係る報告が信用情報機関に行われていなかったことについて、「馬鹿野郎」、「給料泥棒」、「責任を取れ」などと原告B及びその上司を叱責し、更には原告Bに「給料をもらっていながら仕事をしていませんでした」との文言を挿入させて本件念書を提出させた。これについて被告らは、業務上必要かつ相当な注意指導である旨主張するが、これらの行為は、7年以上当該顧客に係る適切な処理がなされていなかったことに起因する事柄について、原告Bを執拗に非難し、自己の人格を否定するような文言を謝罪文に書き加えさせたことにより、原告Bに多大な屈辱感を与えたというべきである。そして、被告Xの下で働く従業員が、被告Xの一方的かつ威圧的な言動に強い恐怖心や反発を抱きつつも、退職を強要されることを恐れて、それを受忍することを余儀なくされていたという背景事情にも照らせば、被告Xによる原告Bに対する上記の行為は、社会通念上許される業務上の指導の範囲を逸脱して、原告Bに過重な心理的負荷を与えたものと認められるから、原告Bに対する不法行為に該当するというべきである。

4 原告Cに対する行為について

 被告Xは、平成19年11月30日、事務所の席替えの際に、立っていた原告Cの背中を突然右腕で1回殴打し、また平成20年1月25日に原告Cと面談した際にも、叱責しながら、椅子に座った状態から原告Cの左膝を右足の裏で蹴った。被告Xのこれらの行為は、何ら正当な理由もないまま、その場の怒りにまかせて原告Cの身体を殴打したものであるから、違法な暴行として不法行為に該当するというべきである。

 この点について被告らは、静かにするよう注意するため原告Cの背中を掌で軽く叩いて注意したにすぎず、また被告Xの足が原告Cの足に当たったとしても、被告Xが足を組み替えた際に偶然当たったにすぎないと主張する。しかしながら、被告X自身、席替えの際に、Nの下腹部を拳で押し、その後原告Bの背中を叩いたことを自認しているところであって、職場において静かにするよう注意するために他人の腹部を拳で強く押すなどということは通常考え難いことからすれば、被告Xは席替えによる騒音に腹を立ててNの腹部を殴打したものと認められ、その直後、Nの近くにいた原告Cを殴打したものと推認できる。また、被告Xと原告Cが座って面談していたならば、両者の間にはある程度の距離があったと推認されるところであって、座った状態から足を組み替えることにより偶然に足の裏が当たったなどということは通常考え難いから、被告らの主張は信用できない。

 また、被告Xは、平成19年11月6日、原告Cと昼食を摂っていた際、原告Cの配偶者に言及し、「よくこんな奴と結婚したな。物好きもいるもんだ」と発言したところ、被告Xの言動を恐れて受忍することを余儀なくされていたことに照らせば、被告Xの当該発言により、原告Cにとって自らとその配偶者が侮辱されたにもかかわらず何ら反論できないことについて大いに屈辱を感じたと認めることができる。そうすると、被告Xによる当該発言は、昼食時の会話であることを考慮しても、社会通念上許容される範囲を超えて、原告Cに精神的苦痛を与えたものと認めることができるから、原告Cに対する不法行為に該当するというべきである。更に被告Xは、同年12月28日の御用納めの昼食の際、体質的に寿司を食べられず、弁当を食べていた原告Cに対し、「寿司が食えない奴は水でも飲んでろ」と発言したことが認められ、原告Cはこの発言が不法行為に該当すると主張する。しかしながら、被告Xの当該発言は、言い方にやや穏当さを欠くところがあったとしても、原告Cの食事の好みを揶揄する趣旨の発言と解するのが相当であって、原告Cには寿司以外の弁当が用意されていたことも考えると、当該発言が、日常的な会話として社会通念上許容される範囲を逸脱するとまでは認めることはできない。

5 原告らの損害について

 原告Aは被告Xから扇風機の風を頻繁に当てられ、これにより苦痛を被っていることについてJに相談したにもかかわらず、Jが真摯に対応しなかったことから、精神的に限界を感じて、心療内科等に通院することとなり、抑うつ状態により1ヶ月の治療が必要と診断されたことから、平成20年6月10日から7月9日まで休職した。以上の経過に照らせば、原告Aによる心療内科等への通院及び休職は、被告Xによる扇風機の風当てによるものとして相当因果関係が認められる。

原告Aの治療費5430円については被告Xの不法行為による損害として認められる。また休業損害は、1日当たりの賃金額は1万4773円と算出できることに照らすと、合計35万4552円と認められる。そして、被告Xによる不法行為の態様、原告Aがそれに起因して通院及び休業を余儀なくされたこと等を総合すると、被告Xの不法行為による原告の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は60万円をもって相当と認められる。

原告Bは被告Xから扇風機の風を不法に浴びせられるとともに、本件念書の提出を強いられたものであるところ、被告Xによるこれらの不法行為等の態様等を総合すると、被告Xによる原告Bの精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は40万円をもって相当と認められる。

原告Cは、被告Xから2回にわたって殴打されるとともに、侮辱的な中傷を受けたものである。被告Xによるこれらの不法行為の態様等を総合すると、原告Cの精神的苦痛を慰謝するための慰謝料は10万円をもって相当と認められる。

上記被告Xの原告らに対する不法行為は、いずれも被告Xが被告会社の部長として職務の執行中ないしその延長上における昼食時において行われたものであり、これらの行為は、被告Xの被告会社における職務執行行為そのもの又は外形から判断してあたかも職務の範囲内の行為に属するものに該当することは明らかであるから、被告会社の事業の執行に際して行われたものと認められる。したがって、被告会社は、被告Xの不法行為について使用者責任を負う。
適用法規・条文
02:民法709条、715条,
収録文献(出典)
労働判例1016号35頁
その他特記事項
 ・法律  民法 ・キーワード  慰謝料、人格権侵害、パワーハラスメント