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大阪中央労基署長(紳士衣料販売会社部長)脳内出血死事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
大阪中央労基署長(紳士衣料販売会社部長)脳内出血死事件
事件番号
大阪地裁 − 昭和62年(行ウ)第40号
当事者
原告個人1名 

被告大阪中央労働基準監督署長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1990年02月01日
判決決定区分
棄却
事件の概要
S(昭和8年生)は、昭和27年3月、紳士衣料品販売を業とするI社に入社し、京都支店の服地部販売課員として勤務を開始し、昭和54年4月、大阪支店営業第5部長に就任した。

 Sは、毎日午前6時40分頃自宅を出て、午前8時30分頃出社し、午後6時ないし7時頃退社していた。管理職であるSの超過勤務時間を記録したものはないが、その部下の昭和55年9月から12月までの超過勤務時間は、9月12.39ないし40.27時間、10月5.31ないし51.02時間、11月7.05ないし39.57時間、12月(18日まで)1.47ないし31.17時間であり、Sは概ね部下の仕事を見届けて退社しており、深夜まで仕事をすることはほとんどなかった。

 Sは、昭和55年12月10日から部下と北陸の取引店へ出張し、12日夜帰宅したが、その期間中取引上のトラブルはなく、Sは翌13日及び14日は自宅で静養した。翌15日から24日まで、I社はカジュアル商品の夏物展示会を開催し、Sは18日まで概ね午後9時頃まで来客への応対、商談、納品準備、商品整理等の業務に従事したが、売上げは思うように伸びなかった。Sは翌19日には日常どおり出社し、午前9時15分頃誤って倒れ、全身打撲により約1時間意識を失っていたが、その後意識が回復した。そしてSは、部下と顧客との会話に加わり、店内の商品を見に行こうとした際意識を失い、午前10時45分頃病院に搬送されて脳内出血と診断され、転院して翌年3月23日まで入院した。その後Sは身体の機能回復訓練のため、京都市リハビリテーションセンターへ入院していたが、入院中の昭和57年8月4日死亡した。

 Sは、本件疾病は業務によるストレスに起因するものであるとして、被告に対し、労災保険法に基づき、休業補償給付の支給を請求したが、被告はこれを支給しない旨の決定(本件処分)をした。Sは本件処分を不服として審査請求をしたが、その途中で死亡したため、Sの妻である原告がその地位を承継したところ、棄却の裁決を受けた。原告はこれを不服として再審査請求をしたが、これも棄却されたことから、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
 Sは、転倒し、約1時間意識を喪失したと主張するが、同じ職場において約1時間も床に倒れていれば、他にこれを現認した者がいるのが自然であるにもかかわらず、当日出勤していた社員でこれを現認した者はいないと認められること、医師は外傷を確認していないと認められること等の事情に徴すれば、供述書の記載部分は直ちには信用できない。Sは昭和55年の健診で、医師から「高血圧症」の診断を受けていたこと、同年12月のCTスキャンにより「脳内出血」と診断されたことが認められたこと、本症を診察した2人の医師はともに本症を高血圧性の脳内出血と判断していること等の事情を総合すれば、本症は外傷に起因するものではなく、高血圧症の脳内出血と認めるのが相当である。

高血圧性脳内出血の場合、高血圧の増悪因子として、肉体的、精神的疲労の蓄積が考えられるから、本症の業務起因性を肯定するためには、基礎疾病であるSの高血圧症、その従事していた業務を相対的に有力な原因として、肉体的、精神的疲労が蓄積し、自然的増悪の程度を越えて顕著に増悪し、本症発症に至ったと認められることが必要であると解するのが相当である。

 Sは、通常午前8時30分頃出社、午後6時ないし7時頃退社していたもので、深夜に及んで残業していたことはほとんどなかったのであり、通勤時間が約1時間30分かかっていたことを考慮しても、特に肉体的負担を伴った業務に従事していたということはできず、またSは第5営業部長として、当面の手持在庫の処分、翌年度の予算編成等の課題を担っていたものの、これらは部長職としては通常のものと考えられ、他の点においては取引先との関係は良好であった等Sの業務は概ね順調に推移していたと認められるから、昭和54年頃I社において3名の部長が成績不振により部長代理に降格され、Sが精神的圧迫を感じていたであろうことを考慮しても、Sが日常的に精神的負担となるような業務に従事していたとはいえない。

 更に、昭和55年12月Sが従事した北陸出張は、一部で取引が思うようにいかなかったと認められるものの、それまでのSの経験に照らし、またその期間、成果等に加え、天候状態も一部雨天であったことを除けば特に問題とする程度のものではなかったこと等の事情に徴すれば、特に肉体的、精神的負担を伴っていたとはいえず、また展示会開催に伴う業務は、売上げが思うように上がらなかったこと、退社時間が2ないし3時間遅くなったことが認められるものの、例年どおりのことであり、I社においてこの種の催しは年6回開催されていること等から、日常業務のいわば延長としての色彩が強く、これをもってSに対し特に肉体的、精神的負担を課したとも認め難い。

 Sには高血圧症を除くとさしたる疾病歴はなく、また酒、タバコの嗜好癖もそれほど強くなかったと認められることを考慮しても、Sの従事していた業務が相対的に有力な原因となって、肉体的、精神的疲労が蓄積し、既往の高血圧症が自然的増悪の程度を越えて顕著に増悪し、本件発症に至ったと認定することは困難である。よって、本症の業務起因性を否定した本件処分は正当である。
適用法規・条文
99:その他労災保険法14条
収録文献(出典)
労働判例556号32頁
その他特記事項