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電電公社熊野電報電話局電話交換手頸肩腕障害事件

事件の分類
職業性疾病
事件名
電電公社熊野電報電話局電話交換手頸肩腕障害事件
事件番号
名古屋高裁 - 昭和58年(ネ)第187号、名古屋高裁 - 昭和58年(ネ)第220号
当事者
原告個人1名

被告日本電信電話株式会社
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1988年03月30日
判決決定区分
控訴棄却、一部変更(上告)
事件の概要
第1審原告(原告)は、昭和26年12月、第1審被告(被告)の前身である電電公社熊野電報電話局に雇用され、主として電話交換手として勤務してきた。原告は公社入社当時は健康であったが、昭和28年には肋間神経痛を患い、頭痛、胸部の苦痛があり、昭和33年から36年にかけてはつわりが重く、妊娠中絶1回、妊娠中毒症1回、人工出産2回を経験した。

 昭和47年4月、原告は頸に激しい痛みを覚え、電気治療を受けたが症状は改善せず、同月18日から病休を取り、頸、肩、腕、指、背中、腰更には全身に凝り、だるさ、痛み等を訴え、同年中には月2回程度通院し治療を受けた。原告は、昭和48年4月18日以降休職となり、昭和50年10月から勤務軽減の扱いで出勤したが、昭和52年6月16日からは再び欠勤するようになった。その後症状の波は増減を繰り返しつつ、昭和54年3月から5月頃には大幅に減少するに至った。

 原告は、公社には頸肩腕症候群の予防、増悪防止責任があるところ、遅くとも昭和45年7月には予見可能のみならず、回避義務があるのに、これを怠って原告の頸肩腕症候群を増悪させたとして、慰謝料等1000万円の損害賠償を請求した。

 第1審では、原告の疾病の業務起因性を認め、公社は適切な頸肩腕症候群の予防対策を講じてきたとは認め難いとし、公社の債務不履行責任を認め、原告に対し120万円の損害賠償を支払うよう命じた。

 これに対し、公社はこれを不服として控訴する一方、原告は損害賠償額の引上げを求めて、双方が控訴に及んだ。
主文
第1審被告の本件控訴を棄却する。

第1審原告の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

  第1審被告は第1審原告に対し、金150万円及び内金125万円に対する昭和51年5月27日から、内金25万円に対する本裁判確定の日の翌日から、各支払済みまで、年5分の割合による金員を支払え。

第1審原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第1、2審を通じ、これを7分し、その1を第1審被告の、その余を第1審原告の、各負担とする。

 本判決は第1審原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
 入社後昭和45年頃までの原告の健康異常ないし体調不良は、肋間神経痛、虫垂炎、リュウマチ、冠不全、重いつわり、妊娠中絶、流産、妊娠中毒症その他の婦人科疾患等に基づくものである疑いが強く、そのときどきの症状も、これら病患の治癒ないし恢復とともに軽快したものと認められ、少なくとも原告がこれらの病患の治療の他に、なお愁訴をもって受療したとの医療機関の記録等も存せず、またこれら病患は、いずれも原告の作業態様からみて、これに偏に原因するものとは容易に推断し難いものであることも思うと、その業務起因性を認め難いものというべきである。

 原告の症状に対する各医師の評価、見解を総合勘案すると、昭和47年4月当時の原告の症状には、一面において頸椎捻挫の関連する加齢的変形性頸椎症に因るものがあると認めるべきであるが、他面において業務起因性の頸肩腕症候群に該当するところがあることも否定し難いというべきであって、その病患のいずれが強勢であったかは、にわかに判定するに足るものがないことからすれば、結局その症状には、両方の疾患が相半ばして競合していたものとみるのが相当である。そして、原告の症状は、昭和55年7月頃には、時々肩が凝る、腕がだるいといったそれほど強くない程度の自覚症状のみで、ほぼ治療を要しない程度に恢復していたこと、再度の休業を経た昭和53年10月以降、順次4時間勤務、6時間勤務、通常(8時間)勤務、夜勤等の服務を続けながら、現在は忙しい時肩凝りが出る程度であることからみると、少なくとも昭和55年7月以降残存している症状は、変型性頸椎症の影響によるものとの疑いが強いというべきであり、右時期以降の症状に業務起因性は認め難い。

 昭和43年8月全電通新聞に、釜石局の電話交換手に昭和42年6月頃から頸肩腕症候群の症状を訴えるものが少なからず生じていることが報じられ、同年9月全電通岩手県支部大会においても、同組合釜石分会から右事実について公社にその対応を要求することが提案されたこと、同年11月には神戸市外電話局で、交換手に頸肩腕症候群に罹患したものが出、同電話局長から勤務軽減が発令されていること、O医師は、昭和45年に発表した論文において、電話交換手に発生した頸肩腕症候群に業務起因性のものがあることを指摘していること、全電通労組は、頸肩腕症候群の発生状況は放置できないとして、昭和45年6月頸肩腕症候群患者について、組合が昭和39年公社との間で確認した腱鞘炎患者に対する扱いと同様の扱いをすることを公社に要求し、同年7月21日、組合と会社との間で了解事項を確認書として締結したことが認められる。そして、公社の規模と組織に照らせば、労働組合で頸肩腕症候群の発症が問題とされている事実やその情報、同症の原因や業務起因性に関する専門家の学術的論文等は、公社において当然了知されているものと推認されるから、公社は遅くとも昭和45年7月頃には、頸肩腕症候群には業務起因性のものが存し、今後とも公社の稼働現場において、就中電話交換手につき、相当数発生するかも知れないことを予見し、或いは少なくとも予見し得べきであったというべきである。

 公社においては昭和47年夏頃から頸肩腕症候群患者がかなり増えてきているとの情報により、その全数調査をした結果、罹患者数は240ないし250名位であることを把握したこと、同年10月全電通労組から公社に対し、頸肩腕症候群対策についての要求が提出され、同年12月にこれについての労使間の協約が締結されたこと、その結果、(1)電話交換職の採用時検診においては、昭和48年以降頸肩腕症候群についての問診、頸運動及び筋力等の検査を実施し、(2)電話交換業務に従事している職員に対しては、昭和48年度以降定期健康診断の際に、問診、頸運動及び筋力の検査を実施し、(3)同年9月からは頸肩腕症候群についての定期診断を実施し、(4)予防措置としては、職場段階で組合側から具体的に問題提起があれば、安全衛生委員会の場で取り扱うか否かを含め誠意をもって対処することとし、(5)同症に関する公社指定病院に新たに国立病院等を追加指定し、(6)電話交換業務に相当な期間継続して従事した職員で、公社指定の医療機関で頸肩腕症候群と診断され、かつ要健康管理者として指導を受けている者については、勤務時間内の通院、特殊な医療費の公社負担等の措置を行い、(7)休職者の賃金についても特別の支払いをする等の対応措置がとられたこと、一方、公社は社内医療機関の専門医を中心としたプロジェクトチームに頸肩腕症候群に対する医学的見地からする検討を委託し、その答申の結果に添った総合的網羅的諸対策を鋭意推進したこと、公社における頸肩腕症候群の罹患者発生数は、昭和49年を機として著しく減少したこと、以上の事実を認めることができる。そして同年以降の罹患者数の著減は公社が前記のような諸種の対応策を執ったことの総合的効果に因るものと推認されるところ、公社が昭和45年当時において、頸肩腕症候群発症の予見に基づいて、これらの措置を執り得た筈であり、かつ遅くとも原告の発症少し以前の時期までにこれを執っていれば、原告の症状中業務起因性の頸肩腕症候群はその発症を防止し得たか、或いは少なくともその病勢と症状をより軽度に終わらせ得た蓋然性が極めて高いものというべきである。被告は、頸肩腕症候群は未だ医学的に解明されておらず、対策の執りようもなかったと主張するが、未だ十分に医学的に解明がなされていなかった事情は、公社が対応措置を執った昭和48年頃においても昭和45年頃と何ら変わるところはなかったのであるから、右主張は採用できない。そして、右に鑑みれば、発症の予見可能であった昭和45年当時において前記のような対応措置、対応策に出なかった公社の債務不履行、義務違反は明らかというべきであり、公社は原告の症状中、業務起因の頸肩腕症候群によって原告が受けた損害につき、これを賠償する責任があり、被告は公社の一切の権利義務を承継したものであるから、右賠償の責に応じなければならない。

 原告の症状中、業務に起因する頸肩腕症候群の割合、程度、その罹患期間とその間における受診、受療の状況、症状経過と軽快の過程、また公社は原告に対し特別措置を適用し、一般死傷病患者より有利な扱いをし、症状に応じた勤務軽減も行ってきていることが認められること、原告は内部規程に則った再審査請求の方途を取り得たのにも拘わらず、そのため公社指定病院での受診を拒否したが、これが原告の症状の業務上認定を妨げる原因の一になったと思われること、その他諸般の事情を斟酌すると、原告の精神的苦痛に対する慰藉料の額は、筋125万円とするのが相当である。また、弁護士費用は筋25万円をもって相当と認める。
適用法規・条文
02:民法415条、709条
収録文献(出典)
判例タイムズ663号230頁
その他特記事項
本件は上告された。