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医療法人事務職試用期間解雇事件

事件の分類
解雇
事件名
医療法人事務職試用期間解雇事件
事件番号
東京地裁 − 平成20年(ワ)第14337号
当事者
原告個人1名

被告医療法人Z会
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年10月15日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
被告は、病院、介護老人保健施設及び診療所の経営を目的として設立された財団であり、原告(昭和48年生)は、平成8年に大学を卒業後、公益法人、保育園等での勤務を経て、平成18年12月16日、被告に総合事務職(常勤)として採用され、平成19年2月1日から3ヶ月間を試用期間として、本件病院の健康管理室に配属された女性である。原告は、パソコンの実務経験がなかったため、本件試用期間中、1ヶ月毎に面接を行った。

 平成19年3月9日の1回目の面接では、直属上司の課長代理Aから、今後の課題として、ミスを減らすこと、学ぶ姿勢と意欲を見せること、メモを自宅で復習し自らの課題を確認して業務に励むよう告げられたところ、原告は退職をほのめかすなどしたため、事務次長Eが原告を励ました。ししかし、その後も原告が住所を誤入力したことにより健診結果が受診者に届かない事態が生じ、原告はAからレポートの作成を指示された。

 同月23日の第2回目面接では、Aから原告に対し、ミスが減ったとの評価がなされた一方、相変わらず学習をしておらず、周囲から不満が出ていること、一生懸命やっているという意欲を見せて欲しいことなどが指摘され、原告はAがいない席でEに対し、面接であんな事を言われたら頑張れない、クビということかなどと問い、Eはクビではない旨答えたが、原告の求めに応じて退職届の書き方を教示した。

 第2回目面接終了後、原告は被告職員で組織される労働組合に加入し、退職強要されたと相談したところ、組合が事務長らと面談し、原告は引き続き試用期間中健康管理室で勤務することとなった。原告は、同月28日は通常通り勤務したが、翌29日に具合が悪くなって受診し、翌日以降体調不良を理由に欠勤した上、同年4月3日、被告に対し、期限を「4月5日以降体調不良が回復するまで」、事由を「退職脅迫等違法行為を受けたことによる体調不良のため」と記載した休職届を郵送し、医療機関団体や労組の上部団体に、被告の違法行為と救済を求める手紙を郵送するなどした。

 同月10日、被告は原告に対し、事務能力の欠如により常勤事務職員としての適性に欠けることを理由に、採用取消しの解雇通知を郵送した。これに対し原告は、本件解雇は業務上の疾病に罹患中になされたものであるから、就業規則17条及び労基法19条に違反すること、解雇権の濫用に当たることから、無効であると主張するとともに、原告はパワハラ・いじめを受け、健康障害を発症したことなどとして、安全配慮義務違反又は不法行為に基づき、慰謝料1000万円、賃金371万円余を含む総額1543万円余を被告に対し請求した。
主文
1 原告が、被告との間に、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2 被告は、原告に対し、371万8400円並びに内345万2800円に対する平成20年4月26日から支払済みまで年6分の割合による金員及び内26万5600円に対する同年5月26日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

3 被告は、原告に対し、平成20年6月以降、本判決確定の日まで、毎月25日限り26万5600円及びこれに対する各月26日以降支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

4 訴訟費用は被告の負担とする。

5 仮執行宣言
判決要旨
1 本件解雇の有効性

 被告の原告に対する職場でのパワハラや退職強要の事実は認められない。そのため、原告の精神疾患の発症と業務との間に相当因果関係があるとは認められないから、原告の平成19年4月4日以後の休業を、業務上の疾病にかかり療養のために休業する期間ということはできない。したがって、本件解雇が、就業規則17条又は労基法19条に違反し無効ということはできない。

 原告の業務遂行について教育・指導が不十分であったということはできず、原告のミスないし不手際は、いずれも正確性を要請される医療機関においては見過せないものであり、原告の本件病院における業務遂行能力ないし適格性の判断において相応のマイナス評価を受けるものであるということができる。しかしながら、原告は第1回面接において、上記の点をAから厳しく指摘され、第2回面接までの間に、入力についてはその都度3回の見直しをするなどの注意を払うようになったため、少なくとも入力ミスが指摘されることはなくなり、周りの職員に対する気配りも一定程度するようになるなど、業務態度等に相当程度の改善が見られた。第2回面接においては、上記改善が確認されたものの、原告については、ほぼ同時期に入職した派遣事務のDと比較して仕事内容に広がりが生じていることや、5月以後に受診者が増えたときに業務に対応できないおそれがあるなど、未だ原告が常勤事務職員として要求する水準に達していないとして、Aからこの点が厳しく指摘された。そして、原告は、一度は退職する意向を示したものの、同年3月26日の本件面談の結果、退職せずに引き続き試用期間中は健康管理室で勤務し、その間の勤務状況を見て、被告の要求する常勤事務職員の水準に達するかどうかを見極めることとなった。

 しかるに、被告は、事務長及びE次長から事実経過等を聴取したに留まり、直属上司であるAから原告の勤務態度、勤務成績、勤務状況、執務の改善状況及び今後の改善の見込み等を直接に聴取することもなく、更に原告から被告理事長に宛てて退職強要や劣悪な労働環境を訴えた手紙が送付され、次いで全日本民主医療機関連合会会長その他に宛てて、被告のパワハラ等を訴える手紙が送付されたのであるから、被告から原告に対し、その内容が誤解であるならばその旨真摯に誤解を解くなどの努力を行い、その上で職場復帰を命じ、それでも職務に復帰しないとか、復帰してもやはり被告の要求する常勤事務職の水準に達しないというのであれば、その時点で採用を取り消すとするのが相当であったというべきであり、加えて、第2回面接があった同年3月23日の時点ではA及びEのいずれも原告を退職させるとは全く考えていなかったことも併せ考えれば、試用期間満了まで20日間程度を残す時点において、事務能力の欠如により常勤事務としての適性に欠けると判断して本件解雇をしたことは、解雇すべき時期の選択を誤ったものというべく、試用期間中の本採用拒否としては、客観的に合理的理由を有し社会通念上相当であるとまでは認められず、無効というべきである。

2 職場のパワハラ・いじめ等に基づく損害賠償請求権

 原告の業務遂行について被告による教育・指導が不十分であったということはできず、原告の事務処理上のミスや不手際は、いずれも医療機関においては見過ごせないものであって、これに対するA又はBによる注意・指導は、必要かつ的確なものというほかない。そして、一般に医療事故は単純ミスがその原因の大きな部分を占めることは顕著な事実であり、そのため、Aが原告を責任ある常勤スタッフとして育てるため、単純ミスを繰り返す原告に対して、時には厳しい指摘・指導や物言いをしたことが窺われるが、それは生命・健康を預かる職場の管理職が医療現場において当然になすべき業務上の指示範囲内に止まるものであり、到底違法ということはできない。

 原告は、第1回面接及び第2回面接において退職強要がされた旨主張するが、いずれの面接も、原告の勤務態度及び勤務成績等に対するAの評価がされ、それを踏まえて原告に更に頑張るよう伝える内容のものであったことは明らかであり、加えて、A及びEは各面接において原告を退職させる意思も権限も有していなかったのであるから、上記面接においてA又はEが原告に対して退職強要をしたとの事実は、これを認めることができない。

 更に原告は、同年3月26日以降も職場のパワハラが続けられた旨主張する。確かに、Aが同月27日の昼食中に、「組合員って、権利、権利いうけど、患者の命を放っておいて何が権利か」、「看護体験で、学生から夜勤は大変か、給料は安いかと質問されたが、お金のことを考えているなら辞めなさい」などの発言をしたことが認められるが、Aの発言の前後の経緯が明らかでないために、同発言だけをもって原告に対するパワハラと認定するには無理があるばかりか、同発言はAの経験に基づいた意見を述べているに過ぎないのであって、原告を非難するような内容のものとは解し難く、病院業務における職務の厳しさを諭す一例として話した可能性もあり、Aの上記発言をもって原告に対する不法行為と認定することはできない。

 また、本件解雇は無効ではあるけれども、被告において、解雇事由がないことを知りながら敢えて解約権を行使したとの事実は特段認められず、また解約権行使の相当性の判断において明白かつ重大な誤りがあるとまではいえないことからすれば、本件解雇が相当性を欠くことから無効であるとの評価を超えて、原告に対する不法行為を構成するほどの違法性を有するものとまで認めることは困難である。

 以上によれば、原告の被告に対する安全配慮義務違反又は不法行為を理由とする損害賠償請求は、理由がない。
適用法規・条文
02:民法415条、709条、
07:労働基準法19条
収録文献(出典)
労働判例999号54頁
その他特記事項
本件は控訴された。