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地公災基金東京都支部長(都立高校教諭)脳出血控訴事件(過労死・疾病)

事件の分類
その他
事件名
地公災基金東京都支部長(都立高校教諭)脳出血控訴事件(過労死・疾病)
事件番号
東京高裁 − 平成4年(行コ)第44号
当事者
控訴人個人1名

被控訴人地方公務員災害補償基金東京都支部長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1993年04月28日
判決決定区分
原判決取消(控訴認容)
事件の概要
 控訴人(第1審原告・昭和5年生)は、昭和41年4月から、学力面で都立高校の最低位に位置付けられ、家庭環境等にも問題を抱えている生徒が多い都立S高校の教諭として勤務してきた。控訴人は昭和58年度に新3三年生の担任をしたが、同学級には喫煙や暴力行為で謹慎処分を受けた生徒もおり、総じて授業態度が悪いなど、同学級の担任は多くの教員に敬遠されていた。控訴人は請われて同学級の担任となったところ、間もなく授業妨害もなくなり、生活面でかなりの改善が見られ、卒業時まで、喫煙や暴力行為等の問題が表面化した生徒は1人もいなかった。

 昭和59年2月22日から25日までは都立高校の入試のため、控訴人は各高校の教員と共同して、同月22日に監督を行い、23日及び24日にその採点を行った。翌25日、控訴人は化学の授業のために登校し、授業後は帰宅して休養しようとしていたところ、学年主任から授業料滞納の督促を依頼され、一旦は拒否したものの、結局不承不承これを引き受けたが、生徒宅に向かう途中、午後7時30分頃東十条駅近くで転倒して受傷した。控訴人は、翌26日は日曜日のため受診せず、27日に病院で受診して骨折はなく打撲との診断を受けて湿布薬と鎮痛剤を投与され、28日は体調不良のため欠勤したところ、学年主任から家庭訪問の結果を尋ねる電話が入ったことから、身体の心配もしないで事務的報告を求めたことに激怒した。29日には体の痺れや頭痛を訴えて救急車で病院に搬送されて入院し、高血圧性脳出血と診断された。控訴人は、本件発症は公務に起因するとして、被控訴人(第1審被告)に対し公務災害認定請求をしたが、右脳出血については公務外と認定する処分(本件処分)を受けた。控訴人は本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却されたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。

 第1審では、控訴人の本件疾病の原因となったストレスと公務との間に相当因果関係が認められないとして控訴人の請求を棄却したことから、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。
主文
1 原判決を取り消す。

2 被控訴人が昭和60年3月27日付けで控訴人に対してした「脳出血」を公務外の災害とする旨の認定を取り消す。

3 訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人の負担とする。
判決要旨
1 昭和58年度の控訴人の職務の状況

 控訴人の公務が特に多量であったとか、その勤務時間が不規則であったとかいう事実はなく、休日出勤、深夜勤務もなく、時間外勤務も極めて長時間のものであるとまではいえない。しかし、時間外勤務はほとんど連日であり、帰宅してからも毎晩遅くまでテストの採点、教材の準備等の職務に従事しているのであって、52歳ないし53歳という控訴人の年齢をも勘案すると、これによる相当の疲労の蓄積があったものと推認することができる。また、控訴人が担任していた学級は特に問題の多い学級であり、3月の卒業期を控えて女生徒の家出問題、単位ないし卒業の不認定問題、授業料の未納問題等が重なり、控訴人の気苦労は極めて大きかったものと認められる。控訴人はベテラン教員であり、また教育に対する強い情熱と使命感を持って生徒指導に当たり、控訴人の工夫を凝らした指導によって、生活面及び学業面の双方においてかなりの改善、成果が見られたのであるが、生徒の教育という事柄の性質上、ベテラン教員であれば特段の気苦労もなく容易に遂行できるというものではないはずであり、目の当たりに教育の成果が見られたからといって身体的、精神的負担が直ちに解消するものでもないと考えられる。したがって、本件転倒事故までの控訴人の職務は、かなり過重なものであり、これによって身体的、精神的なストレスを形成していたものと認めることができる。

2 転倒事故後のストレスの要因と本件疾病の発症

 U医師は、控訴人の転倒事故以後の身体状況及び心理状態の変化を具体的事実に基づいて詳細に検討した上で、転倒事故による傷害が、本来控訴人が望まなかった生徒訪問によって生じていることは、控訴人の精神的ストレスを極度に昂じさせ、やり場のない怒りを高まらせていたと考えられるとし、このような心理状態の変化と身体状況の変化は、控訴人の血圧を普段になく上昇させ、かつ、こうした心身のストレス状態は、外傷による痛みの若干の緩和を除いて解決されないままに持続し、特に事故についての学校側の対応は控訴人の怒りを極度に高まらせ、より血圧上昇的に作用したと考えるのが妥当であるとしており、このような見解は転倒事故後の経過や控訴人の心理状態に沿うものであって、納得できる結論である。

 以上のとおりであるから、控訴人の脳出血は、転倒事故で生じた外傷による痛みによる不眠、食欲不振などによる極度の身体消耗状態及び事故原因にかかわる情動ストレスを誘因として、急激に血圧が上昇し、その状態が持続することによって脳血管を破綻させたことがその原因であると認められる。

3 本件疾病の公務起因性

 本件疾病の直接の誘因は、右のとおり事故後の極度の身体消耗状態及び怒り等の情動ストレスであると認められるが、事故までの控訴人の過重な職務による身体的、精神的負担もその遠因となっていると認めるのが相当である。

 ところで、地方公務員災害補償法26条にいう公務上の疾病であるというためには、公務と疾病との間に相当因果関係があることを必要とするが、控訴人の事故後の身体消耗状態は生徒の家庭訪問の際の転倒事故に由来するものであり、また怒り等の情動ストレスは、右家庭訪問及びその結果を問い合わせる学校側からの電話を契機として生じたものであるから、事故前の身体的、精神的負担及び事故後の右状況を誘因とする本件疾病は、公務と相当因果関係を有するというべきである。

 以上のとおり、控訴人の本件疾病は公務に起因するものというべきであるから、これを公務外の災害とする被控訴人の認定は違法であって、取消しを免れない。
適用法規・条文
99:その他 地方公務員災害補償法26条、45条
収録文献(出典)
判例タイムズ840号110頁
その他特記事項