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豊橋労基署長(電気会社)心臓死控訴事件(過労死・疾病)
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 豊橋労基署長(電気会社)心臓死控訴事件(過労死・疾病)
- 事件番号
- 名古屋高裁 - 平成20年(行コ)第22号
- 当事者
- 控訴人個人1名
被控訴人国 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2010年04月16日
- 判決決定区分
- 原判決取消(控訴認容)
- 事件の概要
- 心臓機能障害のため身体障害者手帳(等級3級)の交付を受けたAは、障害者職業能力開発校を卒業した後、平成12年10月に開催された集団面接を経て、家庭電化製品の小売業を営むM社に身体障害者枠で採用され、T店に配属された。
M社総務部長は、Aの配属先の店長に対し、Aに心臓機能障害があることから店内の仕事に就かせるように指示したところ、店長はこれを受けて、Aをゲームコーナーに配属した。Aは同年12月半ば頃パソコン売場に異動となったが、その仕事による負荷はゲームコーナーと同程度であった。Aは、同月24日、勤務を終え、忘年会後に帰宅し、翌25日午後2時頃、浴室で死亡しているところを発見された。
Aの妻である控訴人(第1審原告)は、Aの死亡は業務に起因するものであるとして、労働基準監督署長に対し、遺族補償年金及び葬祭料の支給を請求したところ、同署長はこれを不支給(本件処分)とした。そこで控訴人は、本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消を求めて本訴を提起した。
第1審では、Aの死亡は業務に起因するものではないとして、本件処分を適法と認めたことから、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。 - 主文
- 1 原判決を取り消す。
2 豊橋労働基準監督署長が控訴人に対して平成14年9月13日付けでした労働者災害補償保険法による遺族補償年金及び葬祭料を支給しない旨の各処分はこれを取り消す。
3 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 1 業務起因性の判断基準
労働基準法は、労働者が「業務上死亡した場合」には、使用者は遺族補償を行い、葬祭料を支払わなければならないとし、労災保険法も労働災害に関する保険給付である遺族補償給付及び葬祭料は「労働者の業務上の死亡」に対して給付されるものであるとしている。そして、「業務上の死亡」とは当該被災者の死亡が業務による(業務起因性)ものであることを意味し、業務によるといえるためには業務と死亡との間に相当因果関係があることを要すると解すべきである。
そこで、相当因果関係の判断の基準について判断するに、確かに、労働基準法及び労災保険法が、業務上災害が発生した場合に、使用者に保険費用を負担させた上、無過失の補償責任を認めていることからすると、基本的には、業務上の災害といえるためには、災害が業務に内在又は随伴する危険が現実化したものであることを要すると解すべきであり、その判断の基準としては平均的な労働者を基準とするのが自然であると解される。しかしながら、労働者は必ずしも平均的な労働能力を有しているわけではなく、身体に障害を抱えている労働者もいるわけであるから、少なくとも身体障害者であることを前提として業務に従事させた場合に、その障害とされた基礎疾患が悪化して災害が発生した場合には、その業務起因性の判断基準は、当該労働者が基準となるというべきである。何故なら、もしそうでないとすれば、そのような障害者は最初から労災保険の適用から除外されたと同じことになるからである。
2 Aの業務の過重性
Aは心不全の患者であり、NYHA2に該当していたものであるところ、同人の具体的な労働であった立位での商品販売等を前提に基準に当てはめると、同人は3.5ないし4.25METSの強度の仕事をしていたことになる。そして、NYHA2の患者が8時間の継続的な仕事をする場合には、耐性容能の60%未満(3.6METS)であることが望ましいとされていることからすると、Aの労働は基準を超えていることになる。また、上記継続的労働を前提とする容耐能は、少なくとも8時間を上限とする基準を示していると考えざるを得ず、しかるにAは時間外労働をしているのであって、この点からもAの労働が過重であったことは明らかである。
前記のとおり、NYHA2基準に基づく運動の規制は少なくとも継続8時間を限度と考えるべきところ、Aは本件災害前1ヶ月間に1日30分から2時間半の間で、合計33時間時間外労働をしているものであり、これが心臓機能に障害のあるAにとって過重な労働であり、特に平成12年12月14日から本件災害までの11日間(うち2日間が休日)を見ると、2日間(1時間ずつ)を除き、毎日1時間半から2時間半の時間外労働をしていることが認められ、これは慢性心不全の患者であるAにとってはかなりの過重労働であったものと推認できる。これに対しH医師は、時間外労働が月45時間以下の場合にはそれが自然的経過を超えて心臓や血管の病変を進行させる可能性は乏しいから、過重な労働と見ることができず、このことは心機能に障害のあるAにも当てはまる旨述べている。
しかしながら、そもそも業務が過重であるか否かの判断において、健常人と慢性心不全の患者とを同一の基準で判断することは、平均的労働者を基準に業務の過重性を判断する場合にはそれなりの意味があることは理解できるが、身体障害者であることを前提として雇用した労働者の業務の過重性の判断は当該労働者を基準とするとの考えに立つと、到底採用し難いところである。また、実質的に見ても、心機能に障害がある人とそれがない人とでは、同じ仕事をしてもそれから受ける疲労度は異なり、健常者と障害者では疲労回復にかかる時間は異なるはずであり、H証人の証言は採用し難い。
3 本件災害と業務の過重性との関係
Aは本件災害に遭遇する以前に過重な業務を遂行していたものであるが、業務上の災害といえるためには、過重な業務によってそれまでの疾病を自然的経過を超えて増悪させたといえることが必要である。Aは致死性の不整脈を発症させて死亡したものと認められるが、Aの心機能は、長年にわたる甲状腺機能亢進症による心筋酸素消費量の過剰から疲弊し、弁膜症も合併し、心機能が低下していたものではあるが、X社の勤務を経てM社に就職した後も、平成12年12月13日頃までは特に慢性心不全も悪化することなく経過してきていることからすると、Aの致死性不整脈による死という結果は、前記過重業務による疲労ないしストレスの蓄積からその自然的悪化を超えて発生したものと認めるのが相当である。以上によれば、Aの本件災害は、業務に起因したものと認められる。
これに対し被控訴人は、Aは平成12年12月12日及び13日に引越作業をしているところ、これによる疲労を蓄積させ、更には災害当日も退社後に忘年会に出席し、その帰りに実家に寄るなど業務外の負荷を多く受けており、これらが本件災害に影響を与えたものと見られる旨主張する。確かに、Aは被控訴人主張のとおり引越をしたが、大きな荷物はタンスと布団くらいで、タンスは引出しを抜いて父と運んだこと、本件災害日に忘年会や実家に寄ったのは車で行ったものであり、飲酒もしておらず、プライベートな作業の場合には、自分のペースでできるので、一見同じようなことをやっていても、負荷に関しては割合軽く済む場合が多いことなどからすると、それほど大きな負荷になっているものとも認め難い。そして、Aの前記行動、特に買い物等は、通常の日常生活をしていく上で当然に必要となるものであるから、それらによる負荷を業務の過重性判断の上で重視することは相当とは思われない。
以上によれば、Aの本件災害は、業務上の災害と認めるのが相当である。 - 適用法規・条文
- 99:その他 労災保険法16条の2、17条、
- 収録文献(出典)
- 労働経済判例速報2074号3頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
名古屋地裁 - 平成17年(行ウ)第58号 | 棄却(控訴) | 2008年03月26日 |
名古屋地裁 - 平成17年(行ウ)第58号 | 原判決取消(控訴認容) | 2010年4月16日 |