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中央労基署長(自動車交通)心臓死事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
中央労基署長(自動車交通)心臓死事件
事件番号
東京地裁 − 平成5年(行ウ)第22号
当事者
原告個人1名

被告中央労働基準監督署長
業種
分類不能の産業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1999年04月28日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
 K(昭和2年生)は、昭和39年11月T自動車交通株式会社(T社)に雇用され、昭和40年3月、日比谷営業所に配属されてハイヤー運転手として勤務していた。

 Kは、昭和56年(以下、断りのない限り同じ)5月23日、ハイヤーに乗客を乗せて関越自動車道を東京方面に向かって走行中、午後4時53分頃、突然ハンドルから手を離し、あごが上がった状態で意識を失った(本件発症)。そして救急隊が現場に到着した午後5時5分頃には既に仮死状態に陥っており、その後Kは心臓マッサージ及び人工呼吸を受けながら病院に搬送されたが、午後5時55分頃には既に死亡していた。

 Kの妻である原告は、Kの死亡は業務に起因するものであるとして、労災保険法に基づき、被告に対し、遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したが、被告はこれを不支給とする処分(本件処分)をした。原告はこれを不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消を求めて本訴を提起した。
主文
1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
 特発性心室細動の発症は、外界の日常であるとか仕事であるとかの影響を受けない、その人の内的な基質に由来するものであるというのが現在の医学研究者における一般的な理解であり、特発性心室細動の基質を持つ者については、致死性不整脈を防止することは、植え込み型の除細動器を使用するほかないと考えている。そうすると、Kの死因である特発性心室細動のこのような特質からして、Tの死亡と業務との事実的因果関係(条件関係)そのものを肯定することは困難であって、この点で、本件については業務起因性が否定されざるを得ないものというべきである。

 しかしながら、Kの死亡と業務との事実的因果関係(条件関係)の有無についての前記の結論をさておき、一応、本件発症前のKの業務が過重といえるものであったか否かについても検討を加える。

 ハイヤー運転手の拘束時間は、午前8時30分から翌日午前1時までを1勤務日とする16時間30分で、うち断続的に4時間30分の休憩時間があり、1勤務日当たりの所定労働時間は12時間、1ヶ月当たりの所定勤務日数は15日ないし16日である。3月度及び4月度のKの勤務状況は同僚並みであり、5月度についても4月末までに限ってみれば、特に過重な勤務とはいえないが、5月1日から4日までの連休が明けた後、本件発症に至るまでの間は、2連続勤務がほぼ1日置きに6回続いており、初日の勤務と2日目の勤務の間の休息期間は十分なものとはいい難く、4月末までと比べて業務による負担が増大したことは否定できない。しかしながら、5月5日以降本件発症までの13勤務日中、ハンドル時間が7時間を超えたのは4勤務日に過ぎず、また2連続勤務の両勤務日ともハンドル時間が7時間を超えた5月8、9日の勤務についてみても、2日目の業務はゴルフ場への送迎業務であり、乗客のプレー終了までの間、約8時間30分の待機時間があったことが認められるから、この間の勤務状況は必ずしも高い労働密度であったわけではなく、本件発症当日についても、2連続勤務の2日目で、前日の勤務との間に十分な仮眠を取るだけの休息期間があったとはいえないものの、前日のハンドル時間は断続的に5時間と短く、本件発症当日の業務もゴルフ場への送迎業務であり、ゴルフ場までの4時間余りの運転を終えた後は、帰路につくまでの約8時間の間、ゴルフ場の運転手控室などで休息することはKの自由に任されていたのである。

 このような事実関係の下では、本件発症前のKの業務をもって過重というにはいまだ足りないものであって、この点からも、本件については、Kの死亡について業務起因性を肯定することは困難といわざるを得ない。
適用法規・条文
99:その他 労災保険法16条の2
99:その他 労災保険法17条
収録文献(出典)
労働判例766号30頁
その他特記事項
本件は控訴された。