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産業用ロボット製造部長くも膜下出血死控訴事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
産業用ロボット製造部長くも膜下出血死控訴事件【過労死・疾病】
事件番号
福岡高裁 - 平成19年(ネ)第932号
当事者
その他控訴人兼被控訴人 個人4名 A、B、C、D

その他被控訴人兼控訴人 株式会社乙社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年01月30日
判決決定区分
原判決変更(一部認容・一部棄却)(確定)
事件の概要
Tは、平成6年10月産業用ロボットの製作等を業とする被告に入社し、平成14年4月以降製造部長として、見積もり業務及び製造管理業務を行うとともに、製造部全体を指揮監督していた。

Tは恒常的に月間100時間を超えるような時間外労働を行っており、平成15年8月には盆休みを取れず、平成16年の正月は元日を除いて勤務して作業に従事したところ、同年2月19日午前10時頃、本社工場においてくも膜下出血を発症し、同月26日死亡した。

Tの妻である控訴人兼被控訴人(第1審原告・以下「原告」)A、Tの子である原告B、C及びDは、Tのくも膜下出血とそれによる死亡は、長時間労働等過重な業務に起因するものであり、被控訴人兼控訴人(第1審被告・以下「被告」)には安全配慮義務違反があったとして、被告に対し、逸失利益1億1077万円余、葬儀費用150万円、慰謝料3000万円、弁護士費用1000万円を支払うよう請求した。これに対し被告は、Tは会社にいても私的にパソコンを使うことが多く、社内にいる時間全てが労働時間とはいえないこと、取引先からリベートを受領し、頻繁に風俗店に出入りし、バイアグラを常用するなどしており、これらの事実の発覚を恐れてストレスを貯めていることなど、本件発症はそうした個人的事情に起因するものであるとして争った。なお、原告Aの請求に対し、労働基準監督署長はTの発症及び死亡を業務災害と認め、遺族補償年金等を支給した。

第1審では、Tの職責は重大であり、長期間にわたり長時間労働が続いたことから、業務と本件発症及び死亡との間には相当因果関係が認められるが、一方Tは多量の喫煙を続けていたとして、損害額の20%を減じ、原告Aに対し2631万円余、原告B、同C及び同Dに対し1280万円余の支払いを命じたことから、被告、原告双方がこれを不服として控訴に及んだ。
主文
1 1審原告B、C、D及び1審被告の控訴に基づき、原判決を次のように変更する。

2 1審被告は、1審原告Aに対し、2453万2366及びこれに対する平成16年2月26日から支払済みまで年5分の割合に対する金員を支払え。

3 1審被告は、1審原告B、原告C及び原告Dに対し、各1377万9556円及びこれに対する平成16年2月26日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4 1審原告らのその余の請求を棄却する。

5 1審原告Aの控訴を棄却する。

6 訴訟費用は、1、2審を通じて5分し、その3を1審原告らの、その余を1審被告の各負担とする。

7 この判決の第2、3項は仮に執行することができる。
判決要旨
当裁判所は、原告らの請求は主文第2、3項の限度で認容し、その余は棄却すべきものと判断する。

被告は、Tが下請業者からリベートを受領するなどするため外注費用を水増ししていたと主張する。なるほど、かつて被告の従業員であってその後独立し、被告の下請をしているEは、当審において、(1)発注金額は相場より1台当たり5万円位上乗せになっていたこと、(2)Tと一緒にソープやヘルスに月1、2回遊びに行き、その代金月5〜10万円は自分が払っていたこと、(3)風俗店に行くとき、Tがバイアグラを飲んでいることは聞いたが、飲むのを見たことはないこと、(4)Tからパソコンをねだられて30万円振り込み、その後毎月Tに12万円を渡していたことを供述し、Fは、(1)Tが製造部長になる前は見積書から値引かれたが、Tが同部長になってからは見積書通りになったこと、(2)Tと一緒に月に2〜5回ソープに行き、1回当たり10万円の遊び代を負担していたこと、(3)Tがバイアグラを飲んでいることは聞いたことがあるが、飲むのは見たことがないことを供述する。しかしながら、E及びFはいずれも被告の下請業者であるから、被告に不利な供述をするはずがなく、その供述を直ちに採用することはできない。

被告は、本件発症の原因は、Tが月に多くて7、8回ソープランドやファッションヘルスに通い、その都度バイアグラを服用して性交渉をしたことによるものと主張する。しかしながら、この点に関するE及びFの供述をそのまま採用することができないことは前記のとおりであるから、一般論として性交渉やバイアグラの服用がくも膜下出血の原因となることがあるとしても、Tについてこれを採用できないことは明らかである。

Tの喫煙本数は、毎日20本ないし30本であったと認めるのが相当であるが、この喫煙本数は通常でも多い方である上、本件発症前1ヶ月と同2ヶ月のTの時間外労働時間が80時間を超えていなかったことなどに照らすと、このようなTの喫煙習慣が本件発症に20%程度の寄与をしたと認めるのが相当である。
適用法規・条文
民法415条
収録文献(出典)
判例時報2054号88頁
その他特記事項
(注):本件は、福岡地裁-平成17年(ワ)3316号、2007年10月24日判決の控訴審である。なお、同判決中、「いわゆる事件名」を「産業用ロボット製造部長くも膜下出血死事件」に改め、「当事者」の「被告」を「株式会社乙社」に改める。