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静岡労基署長(M電機静岡製作所)脳内出血死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
静岡労基署長(M電機静岡製作所)脳内出血死事件【過労死・疾病】
事件番号
静岡地裁 − 昭和61年(行ウ)第7号
当事者
原告個人1名

被告静岡労働基準監督署長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1991年11月15日
判決決定区分
認容
事件の概要
J(昭和14年生)は、昭和33年1月、M電機株式会社静岡製作所に臨時工として採用され、同35年12月本工採用となり、静岡製作所に勤務していた。

静岡製作所では、約20年前から販売店に対する応援業務を行っており、事実上順番に派遣され、実際上これを断ることは難しい状況であった。Jは、昭和55年春頃、班長からエアコンの据付工事のため販売店に出張するよう指示を受け、同年7月1ヶ月間M電器店に出張して応援業務に従事することになったところ、出張1、2週間前に、応援業務の内容が据付業務から店頭販売業務に変更された。

Jは、昭和55年7月1日から約1ヶ月間、埼玉県富士見市所在のM電器に出張してT電器店の販売応援の業務に従事するよう命じられ、右応援業務に従事した。ところが、Jは、右応援業務に従事中の同月5日午後4時頃から身体の不調を訴え、翌6日から大学病院に入院して治療を受けたが、同月11日、脳出血により死亡するに至った。

Jの妻であるHは、Jの死亡は業務に起因する業務上災害であるとして、昭和56年5月6日、被告に対し、労災保険法に基づき、遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ、被告は昭和57年9月22日付で不支給とする決定(本件処分)をした。Hは本件処分を不服として審査請求を行った(途中、Hの死亡により原告が受け継いだ)が、棄却され、更に原告は再審査請求をしたがこれも棄却の裁決を受けたため、原告は本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1 被告が、昭和57年9月22日付けでHに対してなした労働者災害補償保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しないとの処分を取り消す。

2 訴訟費用は、被告の負担とする。
判決要旨
労基法79条、80条にいう「労働者が業務上死亡した場合」とは、労働者が業務に起因する負傷又は疾病に基づいて死亡した場合をいうが、これを脳出血の疾病についてみるに、脳出血は、身体的素因等から業務に無関係に発生する可能性も高いものであるから、これが業務遂行中に発症した場合であっても、直ちにこれが業務に起因するものとはいい難く、その発症と業務との間に相当因果関係がある場合とは、単に疾病が業務のみを原因として発症した場合だけではなく、業務と身体的素因等が共働して疾病が発症した場合も含むが、業務が相対的に有力な原因であることが必要であって、単に業務が疾病発症の誘因ないしきっかけとなったにすぎない場合は、業務と疾病の発症との間に相当因果関係がある場合には含まれないと解するのが相当である。

精神的ストレス及び身体的ストレスは、疫学的には、動物実験等で、過大なストレスが動物に負荷された場合に、一時的ないし持続的な血圧上昇が招来され、血管が硬化するような物質が動物の体内に多量に生産されるという結果が得られているほか、過大なストレスにさらされている人について、動脈硬化症疾患が高率に発生している等の統計が世界的に多数紹介されており、また医学的には、緊張、興奮時には血圧上昇、心拍数増大及び末梢血流の増加が招来されることは定説であり、他方、過大なストレスが人の血管硬化及び血圧上昇を招来することについて、明確に否定するような研究もされているとは認められないから、過大な精神的、肉体的ストレスによって人の血管硬化及び血圧上昇が招来されることが容易に推認することができる。

出張前のJの労働時間は、拘束8時間45分であったのに対し、出張後の労働時間は10時間30分となること、また出張後の勤務時間帯は始業が1時間遅れるため、終業時間が夜8時頃までにずれ、身体的負担を大きくしていたこと、その上出張後は1日中立ちっぱなしの業務であって足がパンパンに張るような状況であったこと、通勤時間は、出張前は自家用車で30分程度だったのに対し、出張後は電車や地下鉄を乗り継いで1時間20分要し、通勤ラッシュと重なり、東京での生活や勤務の経験のないJにとっては肉体的にかなりの負担を強いられ、単身赴任で生活の急激な変化による身体の負担も著しいものであったというべきである。またJは、出張前は接客業の経験はなかったし、元来内向的な性格であって、接客業に携わることに対して不安を抱いていたこと、出張先では自社製品に限らず、他社製品も販売しなければならないから相当な精神的負担を受けていたと推測されるし、出張後の生活環境も急激に変化していたから、このような生活環境の変化による精神的な負担も無視できなかったというべきである。また、Jは内向的である反面真面目な性格であったから、身体的、精神的ストレスに弱いタイプであると推認される。
以上の考察に照らすと、Jの出張中の本件業務は、Jに対して身体的、精神的に過重な負荷を与えたと認められ、このような負荷によって、前記のJの身体的素因である脳動脈瘤ないし脳動静脈血管奇形を急激に増悪し、その破裂に至らしめ、脳出血を招来したものと推認するのが相当というべく、本件業務の負荷の過重であることに照らすと、本件業務は、Jの脳出血の発症及びそれによる死亡について相対的に有力な原因となったと認めることができるから、Jの本件業務とその死亡との間には相当因果関係を認めるのが相当であり、Jの死亡は、労基法79条、80条にいう「労働者が業務上死亡した場合」に該当するものと判断するのが相当である。
適用法規・条文
労働基準法79条、80条、労災保険法16条の2、17条
収録文献(出典)
労働判例598号20頁
その他特記事項