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外資銀行嫌がらせ配転・退職事件
- 事件の分類
- 配置転換
- 事件名
- 外資銀行嫌がらせ配転・退職事件
- 事件番号
- 東京地裁 - 昭和63年(ワ)第12116号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 外資銀行 - 業種
- 金融・保険業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1995年12月04日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 被告は、アメリカ合衆国において設立された銀行業を目的とする株式会社であり、原告(昭和9年生)は、昭和27年10月H銀行に雇用され、同銀行が被告に買収されたことに伴い、被告東京支店の従業員として勤務していた。
被告在日支店では、昭和52年度以降赤字を計上し、昭和55年度には黒字に転じたものの、翌56年度以降60年度まで赤字を計上し続けた。そのため被告は、積極的経営戦略とオペレーション部門の体質強化・合理化を早急に図ることとし、業務部門の生産性向上・効率改善に関し「アクション・プラン」をまとめて、管理職に対し提示したが、その中に、監督者研修の実施、従業員の職務変更及び新入社員のジョブ・ローテーションの推進等が挙げられていた。原告は、当時オペレーション2課の課長であったが、、業務多忙を理由に英語研修に参加しなかった。総括管理者Uは、原告ら課長に対し、要員不足の状況下での人員配置、英語力向上のための自己研修・部下の訓練、職場研修プログラムの作成に関する報告を求めたが、課長W1名を除き原告を含む各課長は提出しなかった。
その後、Uや人事部長は原告に対し、管理職の考え方を変えなければならない旨説得したが、原告はこれ以上の合理化はしないと回答した。そこでUが「協力する意思がなければ管理職を辞めてもらいたい旨告げると、原告は「やむを得ない」と答え、その結果、原告は、昭和57年4月から課長を補佐するオペレーションズテクニシャンとして勤務する旨発令され、この異動により、役職手当が4万2000円から3万7000円に減額された。
降格後、原告は手形取立・送金・資金付替え、当座預金等の業務に従事する中、昭和58年3月頃腱鞘炎に罹患したほか、同年7月頃、人事考課に際し、第一次評価者であるW課長との面接を拒否した。昭和59年7月頃、被告は原告に対し、課長が空席になったオペレーションコントロール課への配転を打診したが、原告は課長に戻すよう要求し、この配転は立ち消えになった。被告は同年9月、原告を輸出入課に配転し、昭和60年秋以降、原告が総務課長の業務の一部を担当したいと希望したことから、人事部長は疑念を抱いたものの、被告は昭和61年1月に原告に対し総務課で受付業務に就かせることを打診し、原告の「業務命令であるなら従う」との回答を受けて、同年2月に原告を総務課(受付)に配転した。その後被告は、平成2年6月、東京支店の業務再編・人員縮小を実施し、同月以降3回の希望退職募集を経た上、同年9月30日をもって原告ら6名を解雇した。
原告は、被告は一貫した意図の下、重大な人権侵害行為を長年にわたり原告に加え続け、これにより原告に筆舌に尽くし難い苦痛を与え続けたとして、これによる精神的苦痛に対する慰謝料5000万円を請求した。 - 主文
- 1 被告は、原告に対し、金100万円及びこれに対する昭和63年9月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを50分し、その1を被告の負担とし、その余を厳酷の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 使用者が有する採用、配置、人事考課、異動、昇格、降格、解雇等の人事権の行使は、雇用契約にその根拠を有し、労働者を企業組織の中でどのように活用・統制していくかという使用者に委ねられた経営上の裁量判断に属する事柄であり、人事権の行使は、これが社会通念上著しく妥当を欠き、権利の濫用に当たると認められる場合でない限り、違法とはならないものと解すべきである。しかし、右人事権の行使は、労働者の人格権を侵害する等の違法・不当な目的・態様をもってなされてはならないことはいうまでもなく、経営者に委ねられた右裁量判断を逸脱するものであるかどうかについては、使用者側における業務上・組織上の必要性の有無・程度、労働者がその職務・地位にふさわしい能力・適性を有するかどうか、労働者の受ける不利益の性質・程度等の諸点が考慮されるべきである。
まず原告のオペレーションズテクニシャンへの降格については、被告在日支店は、昭和53年度以降ずっと赤字基調にあり、厳しい経営環境下、オペレーション部門の合理化、貸付部門や外為部門の強化、在日支店全体の機構改革が急務となっており、原告を含め多数の管理職らは、かつて経営が順調であった頃のままの業務運営を踏襲し、人事研修や新経営方針の推進に協力する姿勢が積極的でなかった。そのため被告は、新経営方針を徹底させるため、昭和57年4月頃機構改革を行い、右方針に積極的に協力する者を昇格させる一方、原告をセクションチーフからオペレーションズテクニシャンに降格したのを始め、多数の管理職らを降格する人事を行ったものと認められる。
原告は、長年にわたり管理職としての業務経験も積み重ね、人事考課も決して悪い評価ではなかったと認められるところ、オペレーションズテクニシャンとは、いわゆるライン組織から外れ、それまで同格であった同僚課長の指揮監督を受ける立場に転ずるものであり、原告が降格後に与えられた職務内容からみても、必ずしも原告の経験と知識を生かすに相応しい地位とは認め難く、原告が右発令により受けた精神的衝撃・失望感は決して浅くはなかったと推認される。しかしながら、被告在日支店においては、昭和56年以降、新経営方針の推進・徹底が急務とされ、原告らこれに積極的に協力しない管理職を降格する業務上・組織上の高度の必要性があったと認められること、役職手当は減額されるが、それは人事管理業務を遂行しなくなることに伴うものであること、原告と同様に降格発令をされた多数の管理職らはいずれも降格に異議を唱えておらず、被告のとった措置もやむを得ないと受け止めていたと推認されること等の事実からすれば、原告の降格をもって、被告に委ねられた裁量権を逸脱した濫用的なものと認めることはできない。
総務課の受付は、それまで20代前半の女性の契約社員が担当していた業務であり、外国書簡の受発送、書類の各課への配送等の単純労務と来客の取次を担当し、原告の旧知の外部者の来訪も少なくない職場であって、勤続33年に及び、課長まで経験した原告に相応しい職場であるとは到底いえず、原告が著しく名誉・自尊心を傷つけられたであろうことは推測に難くない。原告は、同年5月から、備品管理・経費支払事務を担当したが、従来同様、昼休みの1時間は原告だけが受付を担当し、備品管理等の業務もやはり単純労務作業であり、原告の業務経験・知識に相応しい職務とは到底いえない。
原告に対する総務課(受付)配転は、これを推進した人事部長自身疑念を抱いたものであって、その相当性について疑問があり、マネージャーは、原告に対し「エンジョイしてるか」と話しかけるなどしており、原告ら元管理職をことさらにその経験・知識に相応しくない職務に就かせ、働きがいを失わせるとともに、行内外の人々の衆目に晒し、違和感を抱かせ、やがては職場にいたたまれなくさせ、自ら退職の決意をさせる意図の下にとられた措置ではないかと推知されるところである。そしてこのような措置は、いかに実力主義を重んじる外資系企業にあり、また経営環境が厳しいからといって是認されるものではない。そうすると、原告に対する総務課(受付)配転は、原告の人格権(名誉)を侵害し、職場内・外で孤立させ、勤労意欲を失わせ、やがて退職に追いやる意図をもってなされたものであり、被告に許された裁量権の範囲を逸脱した違法なものであって、不法行為を構成するというべきである。
原告が総務課(受付)配転を受ける前後の経過に照らし、右配転によって原告が受けた屈辱感・精神的苦痛は甚大なものがあると認められ、原告の右精神的苦痛は、平成2年9月30日に解雇されるまで継続したこと等本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、慰謝料としては金100万円をもって相当と認める。 - 適用法規・条文
- 民法709条
- 収録文献(出典)
- 労働判例685号17頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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