判例データベース

地公災基金大阪府支部長(M第4中学校教諭)脳出血死事件【過労死・疾病】

事件の分類
過労死・疾病
事件名
地公災基金大阪府支部長(M第4中学校教諭)脳出血死事件【過労死・疾病】
事件番号
大阪地裁 − 平成2年(行ウ)第54号
当事者
原告 個人1名
被告 地方公務員災害補償基金大阪府支部長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1994年08月29日
判決決定区分
認容
事件の概要
 T(昭和9年生)は、昭和37年4月大阪府M市立M中学校に教員として採用され、昭和50年4月、M第4中学校に開校と同時に勤務し、以後昭和56年3月までの6年間、生徒指導主事として、学級担任をせずに生徒指導全般を担当した。

 M第4中学校は、昭和52年以降、教員に対する暴力や生徒間の暴力、万引き等が頻発するなど非常に荒れた状態にあり、昭和55年度だけでも、T自身が生徒から暴力を受けた事件を含めて、問題行動が71件発生し、昭和56年2月、3月の2ヶ月間でも、暴力行為、恐喝行為、わいせつ行為、器具損壊行為が発生した。Tは、学校側の中心になって、その対応に追われたが、状況が一向に改善されないこと、生徒指導主事として生徒の反感を一身に受けることなどから、帰宅後も緊張が解けない状態であった。

 Tは、同年4月から生徒指導主事を辞め、3年生の学級担任になり、週22時間の授業を担当するとともに、進路指導部に所属し、文化委員会とテニス部の指導をした。Tの学級では問題行動を起こした女子生徒が学級委員に選任されたことから、同僚教師から強い批判を受け、教師間の人間関係も悪化した。

 同年5月19日、Tは障害のある生徒に対する体育の個別指導を初めて行い、運動場でビニールバットでボールを打ってその生徒に拾わせようとしたが生徒は反応せず、Tは1人でボールを打っては取りに行くという行動を繰り返した。終了後、Tはその生徒を4階の教室まで連れて行き、右生徒の体重を支えて階段の上の段へ持ち上げたりした。その直後、Tは背中から頭にかけて痛みと倦怠感を感じてベッドで休んだが、頭痛が一層ひどくなり、吐き気がするなどしたことから救急車で病院に搬送された。Tは脳動脈瘤破裂都診断されて入院加療を受けたが、同月31日脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血により死亡した。
 Tの妻である原告は、昭和56年6月5日、被告に対し、Tの死亡が公務上の災害であるとして、地方公務員災害補償法に基づき公務災害認定請求をしたが、被告は昭和59年3月22日、公務外認定処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1 被告が原告に対して昭和59年3月22日付けでした公務外認定処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
判決要旨
地方公務員災害補償法31条にいう「職員が公務上死亡」した場合とは、単に死亡結果が公務の遂行中に生じたとか、あるいは死亡と公務との間に条件的因果関係があるというだけでは足りず、これらの間に相当因果関係が存在することが認められなければならない。そして、右因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果を招来した関係を是認し得る程度の高度な蓋然性を証明することであり、その立証の程度は、通常人が疑いを差し挟まない程度の真実の確信を持ち得るものであることを要し、かつそれで足りるというべきである。

認定の事実、とりわけ、Tの本件発症直前の行為は同人の血圧を急激に相当程度上昇させるに足りるものであったこと、右行為の直後に本件脳動脈瘤破裂が発症したこと、本件発症1週間前の同人の職務内容は日常業務に比して著しく過重であり、このような職務に従事することにより同人の受けた精神的身体的負荷は、それ自体同人の血圧を急激に相当程度上昇させるに足りるものであったこと、同人は著しく過重な公務による精神的身体的疲労の蓄積から回復せず、急激な血圧上昇を起こしやすい身体的状態のまま発症1週間前に至ったこと、同人の昭和55年11月の職員健康診断の結果によっても高血圧とはいえず、同人に高血圧やその原因となるような既往症がないこと、同人の年齢(46歳)、肥満度(170cm、64kg)、飲酒(日本酒1日平均約1.8合)、喫煙(1日平均約20本)は、それ自体急激な血圧上昇の発生原因となるものとは認められず、同人にはほかに急激な血圧上昇の発生原因となるような精神的身体的負荷をもたらすような事由の存在が認められないことを総合すると、同人は著しく過重な公務による精神的身体的疲労の蓄積から回復せず、急激な血圧上昇を起こしやすい身体的状態のまま発症1週間前に至り、その後発症日までの間に日常業務より著しく過重な公務による精神的身体的負荷を受け、発症当日に急激な血圧上昇の原因となり得る公務上の行為をした結果、同人の血圧が急激に上昇し、同人の脳動脈瘤が自然的経過を超えて急激に増悪し、本件脳動脈瘤破裂が発症したものであると推認することができる。したがって、同人の公務は、その死亡の相対的に有力な原因に当たるものというべきであり、両者の間には相当因果関係があるものと認めることができる。
以上によれば、Tの死亡が公務によるものではないとした本件処分は違法であり、その取消しを求める本件請求は理由があるからこれを認容する。
適用法規・条文
地方公務員災害補償法31条、42条、45条
収録文献(出典)
労働判例559号42頁
その他特記事項