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品川労基署長(C社)くも膜下出血死控訴事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 品川労基署長(C社)くも膜下出血死控訴事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 東京高裁 − 平成元年(行コ)第25号
- 当事者
- 控訴人 個人1名
被控訴人 品川労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1990年08月08日
- 判決決定区分
- 控訴棄却(上告)
- 事件の概要
- Sは、昭和38年4月工業高校卒業後、別の会社に勤務した後、昭和50年2月に本件会社に再入社し、以降工事課長代理として、また昭和53年9月以降工事課長として、本件会社の主たる業務である電気工事業務に携わっていた。
Sの業務は、残業あるいは早朝勤務が多く、深夜にわたる勤務や稀に徹夜業務を行うこともあり、死亡前2ヶ月間を見ると、2回程度の休日出勤があり、残業も相当に多かった。Sの死亡前1週間については、各種会計処理のまとめ等による業務負担があったほか、弟の結婚式のため帰省し、帰京後その負担が加わり、事故処理のため厚木に出向き、現地で深夜まで働き、そのまま宿泊した。死亡当日、Sは他の従業員と共に、米軍基地へ出入りするパスポート取得のため横須賀へ出向き、帰社後1人残って伝票整理を行っていたが、排便の際脳動脈瘤の破裂によるくも膜下出血により死亡した。
Sの妻である控訴人(第1審原告)は、Sの死亡は業務上の死亡に該当するとして、被控訴人(第1審被告)に対し、労災保険法所定の葬祭料、遺族補償年金の請求をしたところ、被控訴人は各給付を支給しない旨の処分(本件処分)をした。控訴人は本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
第1審では、Sの脳動脈瘤破裂と業務との間には、法的な意味での因果関係を認めることは困難であるとして、請求を棄却したことから、控訴人はこれを不服として控訴した。 - 主文
- 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 労働者災害補償保険法第1条にいう「業務上の事由による労働者の……死亡」に該当する場合及び労働基準法第79条にいう「労働者が業務上死亡した場合」とは、労働者が業務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい、右負傷又は疾病と業務との間には相当因果関係のあることが必要であり、その負傷又は疾病が原因となって死亡事故が発生した場合でなければならないと解すべきである。そして右の相当因果関係の存在の立証責任については、労働者災害補償保険法に基づく保険給付の請求の場合においても、不法行為や債務不履行による損害賠償請求の場合と別異に取り扱うべき理由はないと解すべきであるから、一般原則に従い、保険給付を請求する被災労働者側において立証責任を負うものと解すべきである。
先ずSの業務の程度は、業務に関する突発的かつ異常な出来事による疾病の場合を除くと、疾病の原因となる程度であることを要する訳であるから、当該労働者の「日常業務」ではなく、それよりも重い労働でなければならない。しかも、日常業務に比較して「かなり重い業務」という程度では足りず、疾病の原因となり得る程の「特に過重な業務」に就労したことを要するものというべきである。
次に、特に過重な業務であるかどうかの判断に当たっては、死亡当日や死亡前1週間の状況のみではなく、日常業務に比べて重い業務への就労期間が相当長期にわたる場合は、右期間全体の状況を検討して決すべきである。しかし、重い業務への就労が一定期間継続した場合に、そのことが当然に発症や死亡の原因となると推認すべきであると解するのは合理的ではない。相当因果関係の有無は、事情毎に、業務の重さや程度の疾病の種類を総合的に考慮して判断すべきである。
更に、業務に基づく疾病による死亡の場合とは、就労前から疾病の基礎的要因を有していたか否かにかかわらず、就労後に業務に基づいて発症し、それに起因して死亡した場合のみならず、既に就労前から疾病を有していたが業務に基づいてそれが増悪されて死亡に至った場合をも含むものと解すべきである。そして、右の発症ないし増悪について、業務を含む複数の原因が競合して存在し、その結果死亡するに至った場合において、業務と死亡との間に相当因果関係が存在するというためには、業務がその中で最も有力な原因であることは必要ではないが、相対的に有力な原因であることが必要であり、単に並存する諸々の原因の一つに過ぎないときはそれでは足りないというべきである。
以上の事実関係の下では、次のように考えるべきである。先ず、Sの脳動脈瘤の形成は、Sの有していた血管の脆弱性等の先天的要因に、高血圧や加齢による血圧の上昇等の後天的原因が加わったことによるものであり、Sの従事した業務が脳動脈瘤の形成の後天的原因の一つと認めるに足りる証拠はない。次に、Sの脳動脈瘤は、数多くの基礎疾患等とこれに対する本人の健康管理の不十分さに業務負荷が加わって増悪し、遂には破裂するに至ったものと認めることができるが、Sの業務は、死亡当日や死亡前1週間のみでなく工事課長就任後死亡までの7ヶ月間を総合的に考察してみても、日常業務に比較して、かなり重い業務であったということはできるが、特に過重な業務であったとまで認めることはできない。結局、Sの業務は脳動脈瘤の破裂の複数の原因であったということはできるが、その中で相対的に有力な原因であったとまでは認めることはできないから、Sの業務と死亡との間に相当因果関係を認めることはできない。
なお、控訴人は、Sが夜間一人で残業し、会社の便所でくも膜下出血を起こし、救助の機会を奪われたまま死亡したことは、Sの恒常的残業を放置し続けた本件会社の健康・安全配慮義務懈怠によるものであるから、Sの死亡は明らかに業務上災害であると主張するかのようであるが、どのような勤務体制をとるかは原則的に各会社の経営上の考慮に委ねられているのであり、本件会社がSに一人で残業するのを許していたことをもって直ちに健康・安全配慮義務懈怠につながるということはできないのみならず、たとえSが脳動脈瘤破裂の直後に発見されて手当を受けたとしても救命の可能性があったと認めるに足りる証拠はないから、右主張は採用することができない。 - 適用法規・条文
- 労働基準法79条、
労災保険法1条、16条の2、17条 - 収録文献(出典)
- 労働判例569号51頁
- その他特記事項
- 本件は上告されたが、原判決に緒論の違法はないとして棄却された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
東京地裁 − 昭和57年(行ウ)第103号 | 棄却(控訴) | 1989年03月01日 |
東京高裁 − 平成元年(行コ)第25号 | 控訴棄却(上告) | 1990年08月08日 |