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農業改良普及委員脳出血死事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 農業改良普及委員脳出血死事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 神戸地裁 − 昭和56年(行ウ)第18号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 地方公務員災害補償基金兵庫県支部長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1983年03月29日
- 判決決定区分
- 認容
- 事件の概要
- N(昭和3年生)は、昭和23年3月兵庫県職員となり、昭和24年3月31日、農業改良普及員として神戸普及所勤務となり、同年11月兵庫県経済部勤務を経て、昭和32年10月10日、再度農業改良普及員を命ぜられ、昭和45年8月1日、神戸普及所普及主査となった。
Nは、昭和50年頃には指導対象農家として数百戸を担当し、昼食のため帰所する時間を除き、ほぼ1日現地での活動に当たり、帰宅時間が午後7時から8時になることも多かった。また、Nは畜産関係農家の集会、青年クラブの集会にも度々出席していたが、これらの集会が夜間に開催されることが多かったため、帰宅が深夜となることが多かったほか、日曜、夜間等にも近隣の農家から、自宅へ相談の電話や来訪を受けることが度々あった。また、Nは農家に必要な情報を伝えるため「普及所だより」の発行をほとんど1人で行い、少なくとも17時間の時間外勤務をした。
Nは、昭和51年8月2日、所長から、同僚とともに、責任者として8月6日に青年クラブ員17名を引率して、一宮市のクラブ員との交歓会の指導及び視察研修に参加するよう出張命令を受けた。そこで、Nは同月6日一宮市に赴き、乗用車で市内6カ所を視察見学し、午後4時50分から交歓会に出席した。Nは交歓会終了後の午後6時30分頃宿に到着し、夕食をとったところ、その後倒れて昏睡状態に陥り、翌7日午前8時頃、脳出血により死亡した。
Nの妻である原告は、Nの死亡は過重な公務に起因するものであるとして、地方公務員災害補償法に基づき、被告に対し、遺族補償給付の支給を請求したところ、被告はこれを公務外と認定し、不支給とする処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として審査請求、さらには再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 判決要旨
- Nは、昭和47年の定期健康診断において154―100の血圧が測定され、その後概ね月1回の診察を受けていたところ、本態性高血圧の診断を受け、降圧剤を投与された。その後のNの医師の診察時における血圧値は、死亡に至るまで、最高値が概ね140〜150台、最低値が概ね80〜90台で、100を超えたのは1回だけであった。また、Tは昭和49年10月、人間ドック検査を受けたが、その結果、高血圧(148―90)、胃炎都診断されたが、心臓動脈硬化性変化については何らの所見もなく、眼底カメラの所見によっても、いずれも異常がなかった。右認定の事実によれば、Nは死亡当時に至るまでは、日常的な健康管理の下において、一応健康な生活を営み得る状態にあり、その高血圧症の進展状況は緩慢であり、さして変動はなかったものと認めるのが相当である。
地方公務員災害補償法第1条及び第31条所定の公務上の死亡とは、職員が公務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい、右負傷又は疾病と公務との間には相当因果関係のあることが必要であり、その負傷又は疾病が原因となって死亡事故が発生した場合でなければならないと解すべきである。ところで、右の相当因果関係があるというためには、負傷又は疾病が公務を唯一の原因とする必要はなく、被災職員が疾病等の原因となり得る基礎疾患に罹患している場合であっても、公務が基礎疾患を誘発あるいは増悪させて傷病を発症させる等、それが疾病発生の相対的に有力な原因となり、基礎疾患と共働して疾病を発生させたと認められる場合は、被災職員がかかる結果を予知しながらあえて公務に従事する等災害補償の趣旨に反する特段の事情のない限り、右疾病は公務に起因するものと解するのが相当である。
以上述べたところを本件について見るに、Nは本態性高血圧症という基礎疾病を有するが、その進展状況は緩慢であって、これが急激な自然増悪の過程にあったものではなく、Nの死亡が、その有する高血圧症の事前経過的な進展の結果生じたものではないところ、他方、Nは昭和51年4月頃から、農業改良普及員としての時間外勤務、休日勤務の反覆により、精神的肉体的疲労が徐々に蓄積されていた上、死亡当日の夏期の高温な天候の下で、青年クラブ員らの引率の最高責任者として視察見学をし、交歓会に出席する等したことにより、肉体的負担と高度の精神的緊張が加わり、高血圧症を急激に増悪させて脳出血を発症させて死亡したものと認めるのが相当である。
以上述べたところによれば、Nの死亡は、基礎疾病である高血圧症が同人の従事していた公務によって増悪され、基礎疾病と公務との共働原因に基づいて発生したものであるから、公務にきいんするものというべきである。 - 適用法規・条文
- 地方公務員災害補償法1条、31条
- 収録文献(出典)
- 判例タイムズ512号166頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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