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電信電話会社配転拒否控訴事件

事件の分類
配置転換
事件名
電信電話会社配転拒否控訴事件
事件番号
札幌高裁 - 平成18年(ネ)第314号、札幌高裁 - 平成19年(ネ)第33号
当事者
控訴人(附帯被控訴人) 電信電話会社
被控訴人(附帯控訴人) 個人5名 A、B、C、D、E
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年03月26日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 控訴人(附帯被控訴人・第1審被告)は、東日本地域において地域電気通信業務等を行うことを目的とした株式会社であり、被控訴人(附帯控訴人・第1審原告)らはいずれも控訴人の前身である電電公社に雇用された控訴人の従業員である。

 控訴人は、構造改革の一環として、固定電話の業務を新設の子会社であるOS社に外注し、それに併せて、平成14年3月31日時点の年齢が50歳以上59歳以下の従業員に対し、繰延型、一時金型、満了型のいずれかを選択させたところ、原告らはいずれも選択しなかったため、満了型とみなされた。満了型は、控訴人において従前通り60歳定年まで勤務できる反面、全国的な転勤もあるものとされていた。

 控訴人は、平成14年7月1日付けで、被控訴人らに対し北海道内各地の営業支店や東京に配転させる発令をし(Aを苫小牧支店、Bを室蘭支店、Cを函館支店、Dを釧路支店、Eを東京都法人営業部)、被控訴人らはいずれも異議を留めつつ赴任したが、(1)本件配転命令は業務上の必要性がないこと、(2)勤務地限定とされている労働契約に反すること、(3)年齢差別に当たること、(4)ILO156号条約、165号勧告に違反すること、(5)育児・介護休業法26条に違反すること、(6)被控訴人らはいずれも家庭の事情を有し、精神的・肉体的・経済的不利益を被り、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を被ったことを挙げ、本件配転命令の無効確認と、各被控訴人に対する300万円の慰謝料の支払いを請求した。
 第1審では、控訴人の就業規則では勤務地は限定されていないこと、本件配転命令はILO条約、勧告や育児・介護休業法に違反するものではないこととしながら、いずれも業務上の必要性がなく、被控訴人らは本件配転により通常甘受すべき程度を超える不利益を受けたとして、被控訴人らに50万円から100万円の慰謝料を認めた。そこで、控訴人はこれを不服として控訴する一方、被控訴人らも賠償額の引上げを求めて附帯控訴した。
主文
1 本件控訴に基づき、原判決中被控訴人A、被控訴人B、被控訴人C及び被控訴人Dに関する部分をいずれも取り消す。

2 被控訴人A、被控訴人B、被控訴人C及び被控訴人Dの請求をいずれも棄却する。

3 被控訴人Eの本件附帯控訴に基づき、原判決中被控訴人Eに関する部分を次のとおり変更する。

(1)控訴人は、被控訴人Eに対し、150万円及びこれに対する平成15年1月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(2)被控訴人Eのその余の請求を棄却する。

4 控訴人の被控訴人Eに対する本件控訴並びに被控訴人A、被控訴人B、被控訴人C及び被控訴人Dの本件各附帯控訴をいずれも棄却する。

5 訴訟費用は、第1、2審を通じて、控訴人と被控訴人A、被控訴人B、被控訴人C及び被控訴人Dとの間においては、全部同被控訴人らの負担とし、控訴人と被控訴人Eとの間においては、これを2分し、その1を控訴人の負担とし、その余を同被控訴人の負担とする。
6 この判決は第3項(1)に限り仮に執行することができる。
判決要旨
1 被控訴人Aの個別事情

 被控訴人Aが従事していた業務はOS会社に移行され、Aが従事していた業務が存在しなくなったのであるから、北海道支店はAを他の業務に配転せざるを得ない状況にあった。そして、Aは滝川営業所で販売経験を有しており、札幌において、CUSTOMを操作して顧客からの電話回線等の注文を受けて工事の手配を行うなどのスキルを有していたところ、苫小牧支店では法人営業担当の秘書サポート業務が繁忙になっており、北海道内で再配置を必要とする対象者のうちAのみがCUSTOMのスキル、知識を有し、かつ販売経験もあったことから、Aを苫小牧支店に配属することを選定したというのであるから、その選定が合理性がないとはいえない。

 Aは、本件配転命令により、持病の喘息の発作が起きる可能性があること、両親が共に自宅で療養することができなくなったこと、入院中の夫の見舞いができなくなったこと、所帯が二つになって経済的負担が大きくなったことなど、通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせたものである旨主張する。しかし、喘息に関しては、異動によって具体的な支障を生じたこと等を認めるに足りる証拠はないし、Aは既に札幌に勤務してから両親が居住する滝川を離れて単身又は長女と同居していたことからすれば、本件配転により両親の介護に関し大きな影響を受けたとは認められない。また、夫の入院は本件配転命令後に生じた事由であって、これを本件配転命令の可否の判断に当たって考慮することは相当ではない。更に、控訴人には単身赴任手当、帰郷旅費の支給制度があり、社宅の用意もあったことからすれば、Aの経済的負担が大きかったとまでは認められない。

 以上によれば、本件配転命令によりAに生じたという各種の不利益が配転に伴い通常甘受すべき程度を著しく超えるものとは認められず、Aに対する配転命令は、業務上の必要性が認められ、Aに生じた不利益は、配転に伴い労働者が通常甘受すべき程度を著しく超えるものとは認められないから、本件配転命令が権利の濫用になるとはいえない。

2 被控訴人Bの個別事情

 被控訴人Bが従事していたエリア営業担当の業務はOS会社に移行され、北海道支店にはBが従事していた業務が存在しなくなるのであるから、北海道支店はBを他の業務に配置せざるを得ない状況にあった。そして、Bは平成7年から販売業務に従事していたことから、営業スキルを有しており、室蘭支店ではLモードを担当する人材を要請していたところ、Bがその業務に適性があり、最も販売経験が長かったことから、室蘭支店への配属を選定したものであって、その経緯は合理性がないとはいえない。そして、Bに対してLモードの販売に関する調査について書面による指示はなく、販売の拡大についても特に指示がなかったとしても、Lモードの新しい利用方法の調査及び企画の業務はその性質上細かい指示を与えられるようなものではなく、また必要に応じ助言を仰ぐことも可能であると考えられるから、Bは努力して業務を遂行することが可能であったといえる上、Bはそれまでの販売経験等により物品管理業務の状況を改善させる働きを見せていたのであって、室蘭支店営業総括担当業務がBにとって適性のないものであったとはいえないから、本件配転は業務上の必要性が認められる。

 Bは、本件配転により、妻と共に二女の子の世話をできなくなったこと、自宅を管理できなくなったこと、身内や知人のいない室蘭での生活を余儀なくされたことなどの不利益を負い、これらの不利益は通常甘受すべき程度を著しく超えるものである旨主張する。しかし、二女の子の養育を二女自身に代わって被控訴人Bが行うべき事情は窺えないし、転居を伴う異動によって自宅の管理が必要になることは通常ないわけではなく、Bは北海道支店営業部に異動した際には札幌に転居し、自宅には居住していなかったのであるから、本件配転命令によって自宅の管理について新たに支障が生じたものとは認められない。以上の事情に照らせば、本件配転命令によりBに生じたという各種の不利益が配転に伴い通常甘受すべき程度を著しく超えるものとは認められず、本件配転命令は、業務上の必要性が認められ、本件配転命令によりBに生じた不利益は、配転に伴い労働者が通常甘受すべき程度を著しく超えるものとは認められないから、本件配転命令が権利の濫用になるとはいえない。

3 被控訴人Cの個別事情

 被控訴人Cが従事していたME北海道小樽ネットワークサービスセンタの業務は、OS会社に移行され、ME北海道にはCが従事していた業務がなくなるのであるから、北海道支店はCを他の業務に配置せざるを得ない状況にあった。そして、Cは専用線業務に従事しながらネットワークの保守運用についての知識、技能を身につけており、MCP及びCCNAの資格を有していたところ、函館支店ではネットワークの構築、維持及び管理の知識を持ち、かつこれらについて高度のスキルを有している人材を要請し、北海道支店として、その要請に合致する者としてCを配置するのが適切と判断したのであって、Cが選定された経緯は合理性がないとはいえない。以上によれば、Cについての本件配転は、業務上の必要性が認められる。Cは、調査票に「通労1名はほぼ不稼働」との記載があり、函館支店における通信労組の加入者はCのみであったことに照らすと、適当な業務が与えられていなかった旨主張するが、このことから直ちにCが適当な業務を与えられていなかったとはいえない。以上の事情に照らせば、控訴人がCを函館支店SE担当に配転したことには業務上の必要性が認められる。

 Cは本件配転命令により単身赴任となり、一人暮らしとなった妻の生活サイクルが狂ったこと、腎臓機能の低下などの不利益を被ったところ、これらの不利益は、労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであると主張する。しかし、C及びその妻の生活の変化については、控訴人はCに単身での赴任を命じたわけでもなく、家族帯同での赴任の場合の社宅も用意していたところ、最終的にCは単身での赴任を選択したものであるから、上記のような不利益が生ずることもやむを得ないというべきであり、この不利益がCの家族や健康等に深刻な影響を及ぼすにまでは至っていないことを併せ考えれば、未だ配転に伴い労働者が通常甘受すべき程度を著しく超える不利益とはいい難い。以上によれば、Cに対する本件配転命令は、業務上の必要性が認められ、本件配転命令によりCに生じた不利益は、配転に伴い労働者が通常甘受すべき程度を著しく超えるものとは認められないから、本件配転命令が権利の濫用になるとはいえない。

4 被控訴人Dの個別事情

 被控訴人Dが従事していた電報営業支店営業担当の業務はOS会社に移行され、同支店にはDが従事していた業務が存在しなくなるのであるから、同支店はDを他の業務に配置せざるを得ない状況にあった。そして、Dは電報の販売企画業務やマーケティング業務に従事し、これら業務を通じて顧客対応、接客並びに企画及び提案業務の経験を有していたところ、釧路支店では、販売企画業務、物品管理業務、顧客対応が必要な社員を補充する必要が生じており、北海道支店に人材を要請していた。北海道支店ではその業務に適性のある社員がDを含めて9人いたが、Dを除いた社員は、他の業務により適性がある一方、Dが釧路支店の要請する経験を一通り有していたことから、北海道支店はDを釧路支店に配属すると選定したのであって、Dが選定された経緯は合理性がないとはいえない。そして、Dは釧路支店において、情報誌の発送、文化講演会の開催、応対研修の企画運営業務等を処理するとともに、物品管理業務に従事していたのであって、それらの業務がDにとって適性のないものであったとはいえないから、本件配転は業務上の必要性が認められるものというべきである。

 Dは、本件配転命令により、軽度のうつ病に罹患していた妻を釧路に呼び寄せたが、うつ病が悪化し、予定外の経済的不利益を被ったところ、これらの不利益は、労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであると主張する。しかし、妻の病気については、釧路の病院への通院によっては治療の効果が上がらないと認めるに足りる証拠はないし、予定外の経済的負担を強いられ、生活環境が一変したことについては、かかる不利益は異動においては付随するものであり、このことのみをもって通常甘受すべき程度を超える不利益を被ったとは認められない。以上によれば、Dに対する本件配転命令は業務上の必要性が認められ、本件配転命令により、Dに配転に伴い通常甘受すべき程度を著しく超える不利益が生じた特段の事情は認められないから、本件配転命令が権利の濫用になるとはいえない。

5 被控訴人Eの個別事情

 控訴人法人営業本部サービスマネジメント部においては、SO業務等に従事した経験を有する社員及び法人営業の知識ないし経験を有する社員50名を早急に配置する必要が生じたところ、そのうち30名については本社に対し人員を要請していた。被控訴人Eは、SO業務の経験を有し、独力で業務を遂行できるレベルであったことから、控訴人はEをNWソリューションセンターに配属する選定をしたものであって、Eが選定された経緯は合理性がないとはいえない。しかも、Eは、平成14年10月の自己申告において、NWソリューションセンターでの仕事が自分に合っている旨述べていることに照らすと、同センターにおけるSO推進担当業務はEにとって適性のあるものであったといえる。以上によれば、EのNWソリューションセンターへの配転は、業務上の必要性が認められるというべきである。

 Eが本件配転を命じられた当時、その父は86歳で、緑内障による視力障害により身体障害者等級1級に認定されていた上、要介護3(排便、入浴等の全介助が必要)と認定されており、その母は81歳で、左膝関節機能の全廃により身体障害者等級4級に認定されていたのであって、両親、とりわけ父については介護の必要性が強かったものと認められる。Eの母は、父の介護が全く不可能というわけではなかったが、自身高齢で身体的に不自由であり、しかも排便、入浴等の全介助が必要である父を毎日介護することを期待することは困難であったといわざるを得ない。そうすると、Eの両親の介護を主に行うことができるのは、同じ苫小牧に居住するE夫妻しかいないと認められるところ、Eの妻が一人で介護を行うことは困難といわざるを得ず、Eによる介護が必要不可欠であると認められる。このような状況の中でのEに対する本件配転命令は、Eないしその親族に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであると認められ、Eの要求書の記載ないし申告の内容等に照らすと、控訴人はそのことを認識していたか、又はこれを認識することができたというべきである。

 以上の検討結果によれば、Eに対するNWソリューションセンタ及び光IP販売プロジェクトへの本件配転は、控訴人の合理的運営に寄与するものであって、業務上の必要性が認められるものの、その内容に徴すれば、Eに生ずる不利益の如何を問わず、東京への転居が必要となる配転が不可欠であったとまでは認め難いのに対して、本件配転命令によりEに生じた不利益は、労働者が通常甘受すべき程度を著しく超えるものであり、このような事態は、事業主に対して、労働者の就業場所の変更を伴う配置の変更に当たり、当該労働者の家族の介護の状況に配慮しなければならない旨を定める育児・介護休業法26条に悖るものといわざるを得ない。控訴人が、この不利益を顧慮することなくEに本件配転命令を発したことは、権利濫用として違法であり、これによりEに東京への赴任を余儀なくさせたことは、不法行為になるというべきである。
 本件配転命令に基づくEによる苫小牧から東京への赴任は転居を伴うもので、Eの家族関係に影響を及ぼすものであったところ、とりわけEの両親に対する介護に与えた影響は大きかったものといわざるを得ず、E本人のみならず、その両親及び近親者に物心両面で多大な犠牲を強いたものというべきであり、これらによってEが大きな精神的苦痛を受けたことは容易に推認することができる。その他、Eの東京における生活の期間及び態様等の諸事情を総合考慮すれば、本件配転命令によってEが受けた精神的苦痛を慰謝するには150万円が相当であると認められる。
適用法規・条文
民法709条、育児介護休業法26条
収録文献(出典)
労働経済判例速報2038号3頁
その他特記事項