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電信電話会社北海道支店心筋虚血死控訴事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 電信電話会社北海道支店心筋虚血死控訴事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 平成20年(ネ)第113号
- 当事者
- 控訴人 電信電話会社
被控訴人 個人2名 A、B - 業種
- 運輸・通信業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2009年01月30日
- 判決決定区分
- 原判決変更(一部認容・一部棄却)
- 事件の概要
- K(昭和18年生)は、控訴人(第1審被告)の構造改革の一環としての勤務形態、処遇体系の選択に当たり、60歳満了型(控訴人で継続雇用し、全国転勤・業績主義徹底)を選択したことから、控訴人はKを法人部門に異動させ、平成14年4月から6月まで2ヶ月余に及ぶ宿泊研修を受講させた。
Kは札幌での11泊12日の研修中、休日に旭川の自宅に帰ったところ、同年6月9日、先祖の墓前で死亡しているのが発見された。Kの妻である被控訴人(第1審原告)A及びKの子である被控訴人Bは、Kは心臓に基礎疾患を有しているところ、平成13年以降時間外労働が顕著になり、雇用形態・処遇体系の選択の選択で精神的負荷が過大になった上、長期にわたる出張を伴う本件研修に参加したことによって急性心筋虚血症を発症して死亡したのであるから、Kの死亡と業務との間には相当因果関係があり、控訴人には安全配慮義務違反ないし不法行為があったとして、控訴人に対し、逸失利益、慰謝料等総額7175万円を請求した。
第1審では、控訴人の不法行為責任を認め、控訴人に対し総額6628万円の支払いを命じたことから、控訴人はこれを不服として控訴したものの、第2審においても控訴が棄却された。そこで、控訴人はこれを不服として上告したが、上告審においては、控訴審が過失相殺について判断しなかったことが法令の解釈適用を誤った違法があるとして、札幌高裁に差し戻した。 - 主文
- 1 原判決を次のとおり変更する。
(1)控訴人は被控訴人らに対し、それぞれ829万2565円及びこれに対する平成14年6月9日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)被控訴人らのその余の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は、全審級を通じてこれを4分し、その3を被控訴人らの負担とし、その余を控訴人の負担とする。
3 この判決は、第1項の(1)に限り仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 業務と死亡との間の因果関係の有無
Kには家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)があり、心筋梗塞に罹患しやすい素因を有していたところ、遅くとも平成5年には心筋梗塞に罹患し、その後治療を継続してきたものの、平成14年、家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)を合併した陳旧性心筋梗塞という基礎疾患が増悪し、急性心筋虚血により死亡するに至ったものと推認される。
Kの平成13年の時間外労働は1ヶ月平均4.83時間、休日労働は2日であり、平成14年の時間外労働時間は1ヶ月平均0.5時間、休日労働は1日であった。本件研修は1日7時間30分の所定時間内で実施され、その間時間外労働、休日労働はなかった。なお、従来の担当職務とは大きく異なる分野の研修を受けるときに心労が伴うことは認められるが、その心労は研修を行う以上やむを得ないものであって、業務負荷の過重性を検討する上で考慮すべき要素となるものではない。したがって、Kの死亡前6ヶ月間に、時間外労働及び休日労働により過重な業務負荷があったとはいえない。
本件研修の内容自体は過重なものではないが、平成14年4月24日から札幌で2泊3日の研修を受けた後、旭川に帰り、同年5月7日から札幌で10泊11日の研修があり、同月20日から東京で11泊12日の研修を受け、同年6月3日から札幌で4泊5日の研修を受けたところ、生活の本拠である旭川で休養する機会が乏しく、疲労回復が十分でないまま次の研修へと連続していき、ついには基礎疾患が増悪して死に至ったものと考えられる。したがって、長期間にわたる出張の連続は、Kの基礎疾患が自然的経過を超えて増悪することに寄与したと考えられる。
Kは、平成13年1月頃から被控訴人Aに対して、仕事量が多くて疲れる旨述べるようになったほか、眠りが浅く、平成14年2月初旬から中旬頃に、「肩が凝る、眠れない、食欲がない」などの症状を訴えることもあった。これらを総合すると、平成13年6月以降、Kには自律神経と思われる多彩な症状が現れていたと評価することができる。また本件研修では新たに担当する仕事の内容が明らかになり、それに伴って不安が拡大したりしたことが推認されるから、本件研修が終了に近づくにつれ、精神的ストレスが増大することはあっても解消されることはなかったものと考えられ、上記の精神的ストレスは、Kの基礎疾患が自然的経過を超えて増悪することに相当程度寄与したと考えられる。控訴人は、死亡直前にKがスコップや鎌を用いて作業をし、これが心臓に対する負荷を与えたと主張するが、Kが1時間自動車を運転して先祖の墓に行き、スコップで何らかの作業をしたことが推認されるものの、心臓に負担がかかる作業をしていたと認めるに足りる証拠はない。
以上検討したところからすれば、Kには家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)があり、心筋梗塞に罹患しやすい素因を有していたところ、平成14年これを合併した陳旧性心筋梗塞という基礎疾患が増悪し、急性心筋虚血により死亡するに至ったものであり、基礎疾患が自然的経過を超えて増悪することに寄与した要因としては、(1)生活の本拠である旭川で休養する機会が乏しく、疲労回復が十分でないまま、宿泊を伴う出張が連続する本件研修を受けたこと、(2)雇用形態の選択について悩み、選択の結果としての異動への不安から精神的ストレスが増大したことである。
2 控訴人の過失又は安全配慮義務違反の有無
Kに生じた精神的ストレスの原因は、構造改革に伴う雇用形態の選択及びKが60歳満了型を選択した結果生じた遠距離の異動の可能性であると認められる。しかし、Kは新会社に移らず控訴人に残ると、従来とは異なる仕事に従事することになり、遠距離の異動の可能性もあることを認識した上で60歳満了型を選択したものであり、Kのような精神的ストレスは個人差が大きく、これによる健康への影響も予測することが極めて困難であり、この影響を回避する対策が確立しているものでもない。したがって、精神的ストレスを生じさせた原因が違法なものでない限り、精神的ストレスによって従業員の基礎疾患が自然的経過を超えて増悪させることになっても、使用者に過失又は安全配慮義務違反があるということはできない。
本件研修の問題点は、研修内容自体ではなく、約2ヶ月間にわたり5回の出張が連続することにある。Kは平成5年8月以降、健康管理規程の「要注意C」の指導区分に該当することとされており、やむを得ぬ理由で宿泊出張させる場合は組織の長と健康管理医が協議して決めることとされていたのであるから、この協議においては研修の日程や内容を具体的に明らかにして、健康管理医の意見を聴くべきであったといえる。ところが、本件研修日程を健康管理医が把握した上でKの本件研修参加について意見を述べたと認めるに足りる証拠はない。健康管理医が意見を述べる上で必要な情報(出張の連続性)が一部欠落していたため、医学的立場から出張に制限を設けたり、条件を付して実施させたりするための助言がされなかったものと推認され、この限度で控訴人に過失又は安全配慮義務違反があるということができる。
3 過失相殺の可否
上告審判決は、Kの基礎疾患の態様・程度、本件における不法行為の態様等に照らせば、上告人にKの死亡による損害の全部を賠償させることは公平を失する旨判示しているのであるから、当裁判所が損害賠償額の算定に当たり斟酌すべき事由は、単にKの基礎疾患の態様・程度に止まらず、不法行為の態様等も含まれるというべきである、平成5年7月、冠状動脈に有意な狭窄が認められ、Kは陳旧性心筋梗塞(合併症として高脂血症)と診断されているところ、虚血性疾患の危険因子として挙げられる、(1)加齢(男性では45歳以上)、(2)冠状動脈疾患の家族歴、(3)喫煙習慣、(4)高血圧、(5)高コレステロール血症、(6)精神的・肉体的ストレスのうち、(1)から(3)まで及び(5)の因子があったものである。そしてKは、その後も冠状動脈の閉塞は改善されなかった。家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)のある男性患者の22%、女性患者の10%が心筋梗塞に罹患し、死亡に至った患者の死因は冠状動脈性心疾患が70%を占め、死亡平均年齢は男性54歳、女性69歳であるとの調査結果がある。したがって、家族性高コレステロール(ヘテロ型)の患者には、治療をしても再び冠状動脈の狭窄が生じやすいため、心筋梗塞への罹患や再発は避けることが困難であり、冠状動脈性心疾患により50歳台で死亡に至る確率が高いものであったということができる。以上のとおり、Kが陳旧性心筋梗塞を発症するについては、遺伝的素因が原因の大半を占めていると考えられ、基礎疾患への罹患について控訴人が責任を負うべきものとはいえない。
基礎疾患が自然的経過を超えて増悪したことに寄与した要因としては、(1)生活の本拠があある旭川で休養する機会が乏しく、疲労回復が十分でないまま、宿泊を伴う出張が連続する本件研修を受けたこと、(2)異動への不安から精神的なストレスが増大したことである。このうち、精神的ストレスについては、控訴人において予見し、又は回避することが困難であったと認められるから、控訴人に過失(債務不履行構成においては安全配慮義務違反)がなく、不法行為の内容として、精神的ストレスを増大させたことは含まれない。控訴人の不法行為の態様は、Kの疲労回復が不十分になりやすい日程で宿泊を伴う出張が連続する本件研修を受けさせたことである。
家族性高コレステロール血症(ヘテロ型)を合併した陳旧性心筋梗塞という基礎疾患は、50歳台の男性を死亡に至らせる確率が高い疾患であるから、Kの死亡については基礎疾患の存在が原因の大半を占め、長期間にわたる出張の連続により基礎疾患を自然的経過を超えて増悪させたことは、Kの死亡のうち30%を占めるとするのが相当であり、控訴人はこの限度で責任を負う。
4 K及び被控訴人らが被った損害
Kは死亡当時58歳であって、上記疾患を抱えてはいたものの、心筋梗塞発症後8年間は安定した状態で生活、稼働していたところ、Kは少なくとも被控訴人らが請求する620万3288円の限度で年収があったと推認するのが相当であり、67歳まで9年間就労が可能であったと考えられるから、ライプニッツ方式により算出すると、逸失利益は3030%相当額の925万9263円となる。
控訴人の注意義務違反の内容、程度、Kの年齢、生活状況その他本件に現れた一切の事情を考慮し、前記責任割合を加味すると、本件によりKが被った精神的苦痛を慰謝するには540万円の支払いをもってするのが相当である。
本件と相当因果関係の範囲内にある葬儀費用としては、被控訴人らが主張する額の30%相当額の42万5868円とするのが相当であり、弁護士費用としては150万円と認めるのが相当である。 - 適用法規・条文
- 民法415条、418条、709条、722条2項
- 収録文献(出典)
- 労働判例976号5頁、労働経済判例速報2030号13頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
札幌地裁 - 平成15年(ワ)第282号 | 一部認容・一部棄却(控訴) | 2005年03月09日 |
札幌高裁 − 平成17年(ネ)第135号 | 控訴棄却(上告) | 2006年07月20日 |
https://www.jaaww.or.jp/joho/data/20090117145504.html | 原判決破棄(控訴認容)差戻し | 2008年03月27日 |
平成20年(ネ)第113号 | 原判決変更(一部認容・一部棄却) | 2009年01月30日 |
札幌地裁 - 平成20年(行ウ)第18号 | 認容(控訴) | 2009年11月12日 |
札幌高裁 − 平成21年(行コ)第20号 | 控訴棄却(確定) | -0001年11月30日 |