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E工務店溶接士脳梗塞死事件【過労死・疾病】
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- E工務店溶接士脳梗塞死事件【過労死・疾病】
- 事件番号
- 大阪地裁 − 平成10年(ワ)第5264号
- 当事者
- 原告 個人3名 A、B、C
被告 株式会社 - 業種
- 建設業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2002年04月15日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 被告は、土木工事建設設計施工、ガス配管工事請負等を目的とした株式会社であり、T(昭和16年生)は、昭和33年に中学を卒業後溶接工として稼働し、平成5年9月に被告に溶接工として就職した者である。
Tは、平成8年5月22日、作業終了後午前5時過ぎに帰宅し、午後8時から翌23日午前5時まで夜間作業に従事し、その際鉄粉が目に突き刺さる事故に遭った。翌24日Tは休暇を取得して治療を受けたが、目の激痛のため十分な睡眠が取れなかった。翌25日、Tは痛みを押して出勤し、午前10時40分頃、溶接作業中に脳梗塞を発症し、同月29日死亡した。
被告の1ヶ月当たりの時間外労働時間数を就労表等から推認すると、平成5年9月以降脳梗塞を発症する平成8年5月までの約2年9ヶ月にわたり、およそ40時間であったと推認された。また、Tが脳梗塞を発症した日の直前1ヶ月の時間外労働時間は71.5時間と認められ、被告は三六協定を締結することなく、従業員に時間外労働や休日労働をさせていた。
Tの妻である原告A、Tの子である原告B及び同Cは、Tの脳梗塞による死亡は、業務に起因するものであり、被告には安全配慮義務違反があったとして、原告Aに対し5005万3267円、原告B及び同Cそれぞれに対し2502万6633円の損害賠償を支払うよう被告に請求した。 - 主文
- 1 被告は、原告Aに対し、金1104万4358円及びこれに対する平成10年6月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告は、原告B及び原告Cそれぞれに対し、各金552万2179円及びこれらに対する平成10年6月7日から各支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。
3 原告らのその余の請求を棄却する。
4 訴訟費用はこれを5分し、その4を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
5 この判決は、第1、2項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 Tの業務と死亡との間の相当因果関係の有無
Tの業務と死亡との間に相当因果関係が認められるかどうかは、自然科学的問題ではなく、法的問題であるから、証拠によって認められる医学的知見をもとに、Tの業務の実態に加え、Tの生前の健康状態等諸般の事情を経験則に照らして総合的に検討し、Tが従事していた業務と死亡との間に因果関係の高度の蓋然性(通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得ること)が証明されるかどうかを検討すれば足りると解される。
Tが従事していた溶接作業は、それ自体精密さが要求され大きな精神的負荷がかかる作業といえるとともに、特に現場作業や夜間作業においては、その作業環境から相当の肉体的負荷も生じさせるものであると認められる。Tは常時時間外労働がおよそ40時間になる業務に従事し、往復1時間以上の自動車通勤も含め疲労が蓄積していったものと考えられる。そして、Tはこのような長時間労働に加え、平成8年3月以降夜間作業が急に増え、中でも脳塞栓発症直前の1ヶ月間に10回の夜間作業が集中しているだけでなく、数多くの昼間勤務と夜間勤務が連続する連続勤務にも従前の平均の2倍に当たる8回も就いていたところ、このような勤務は疲労が慢性化し、次第に疲労が蓄積する傾向があり、特に連続勤務においては、疲労の蓄積度合いは一層増加するといえるのであって、Tには形式上算出される労働時間から推測される以上の疲労が蓄積していったものと認められる。また、Tは平均して1ヶ月当たり5日間の休日ないし作業のない日があったが、雨天中止の場合はもちろん、休日も規則的でなかった上、共同作業のため自己の都合で休暇を取ること自体困難であり、このような勤務形態もTに疲労を蓄積させる一因になっていると考えられる。
このような状況の下、Tが従事した業務のうち最も精神的・肉体的負荷のかかる溶接作業の時間が、平成7年12月以降急増し、労働密度が濃くなっていったのであり、この頃からTの疲労はそれまで以上に蓄積し始めたものと考えられる。そして、Tが脳梗塞を発症した平成8年5月25日直前の1ヶ月を見ると、その時間外労働時間は71.5時間、溶接時間も97時間に達し、同月8日に休暇を取るまで連続して21日間勤務し、同月9日以降は同月20日に休暇を取るまで連続して11日間勤務し、同月21日以降は怪我のため同月24日に休暇を取るまで連続して3日間勤務していたことが認められるのであり、このような長時間・連続的労働でかつ労働密度も濃い業務に従事したことによってTの疲労は回復し難いものとなっていったと認められる。そしてTは同月22日の夜間作業において、グラインダー作業中の事故により鉄粉が目に突き刺さり、その夜勤明けの23日及び休暇を取得した24日の両日、激痛にさいなまれ、十分な睡眠を取ることができず、Tは脳梗塞発症当日には疲労の極みに達していたものと考えられる。
Tは、平成6年3月以降、一貫してγ―GTPが参考数値を超え、時にはGOT及びGPTが参考数値を超えていたことからすると、Tの酒量は適量を超えていた蓋然性が高く、中性脂肪も一貫して参考数値を超えていたことからすると、高脂血症の蓋然性が高いと考えられ、Tには心房細動の素因があることは事実であるが、他方、Tは高血圧ではなく、喫煙はしておらず、肥満といえるほどでもなく、糖尿病でもなかったこと、Tの心房細動が一般に脳梗塞などの合併症を慢性のものと比較して起こしにくいとされる発作性のものであること、Tは従前健康診断等で指摘される外は特に問題なく業務に従事してきており、脳梗塞発症発症前に脳・心臓疾患が特段増悪していたことを窺わせる事情が存在しないことや、Tの著しく過重な業務の実態を併せ考慮すれば、Tの脳梗塞が自然的経過によって発症したと考えることは困難である。したがって、Tの死亡原因となった脳梗塞は、同人の有していた基礎疾患等が、業務の遂行によってその自然の経過を超えて急激に増悪・促進したことによって発症した蓋然性が高く、Tの業務と死亡との間に相当因果関係を肯定することができる。
2 安全配慮義務違反の有無
被告は、労働者との間の雇用契約上の信義則に基づいて、業務の遂行に伴う疲労が過度に蓄積して労働者の健康を損なうことがないよう、労働時間、休憩時間、休日、休憩場所等について適正な労働条件を確保し、更に健康診断を実施して労働者の健康状態を的確に把握し、その結果に基づき、医学的知見を踏まえて、労働者の健康管理を適切に実施した上で、労働者の年齢、健康状態等に応じて従事する作業時間及び内容の軽減、就労場所の変更等の業務内容調整のための適切な措置をとるべき義務を負うというべきである。そして、Tは、心房細動等の異常だけでなく、肝機能や脂質などにも異常があり、治療を要する状態であって、被告はこれらを健康診断の結果を通じて把握していたのであるから、Tにおいて脳梗塞等の脳・心臓疾患などの致命的な合併症を発症させる危険性のある過重な業務に就かせないようにし、またTの従事する作業時間及び内容の軽減等の業務内容調整にための適切な措置をとるべき注意義務があったといわなければならない。
しかるに、Tが従事した業務は、就職した当初から労働時間が長時間に及んでいたが、被告は三六協定を締結することなく従業員に違法に時間外労働及び休日労働を継続させていただけでなく、1ヶ月単位の変型労働時間制を採用していたにもかかわらず労働基準法32条の4の規定に違背した運用を行っていたのであり、また被告は、班毎の負担割合が公平となるよう配慮しなかった結果、特に平成7年12月以降のTの業務内容は、溶接時間が倍増して密度が高くなり、Tが脳梗塞を発症する直前1ヶ月間は適切な休日もなく過酷ともいえる連続勤務が行われ、従前にも増して長時間労働が行われたのであるから、被告が上記適正な労働条件を確保し業務内容調整のための適切な措置をとるべき注意義務を怠ったことは明らかである。
被告は、産業医を選任した上、定期健康診断を年2回行い、労働者の健康を保持するため必要があると認めるときは、当該労働者の実情を考慮して、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮等適切な措置をとらなければならないとされており、そのためには当該労働者の健康を保持するための必要な措置について医師の意見を聴取したりすることも必要であったというべきところ、被告はTに対する定期健康診断を年1回しか実施せず、産業医を選任せず、医師の意見も聴取しなかったことが認められる。その上、被告には安全衛生委員会及び安全・衛生管理者が設置されてはいたものの、それらは労働者の過労による健康障害を防止するためには全く機能していなかったことが認められる。更に、被告は、要治療や要二次検査の所見が出た労働者が病院に行くことができるよう、作業の日程を調整したことはなく、上司に対してTの健康状態に関する情報は伝えられておらず、同上司らはTの作業配分を特に考慮したこともなかったことが認められる。これらのことからすると、被告は、労働者の健康管理を講じるための適切な措置をとることができる体制を整えていなかったというべきである。
したがって、被告は、心臓等に異常があり治療を要する状態にあったTの年齢、健康状態等に応じて従事する作業時間及び内容の軽減、就労場所の変更等の業務内容調整のための適切な措置をとるべき注意義務を怠ったのみならず、法令の要求する労働者の健康管理を講じるための適切な措置をとることができるよう体制を整えていなかったものであって、仮に、被告がこのような安全配慮義務を履行していれば、Tは死亡しなかったと認められるから、被告の安全配慮義務違反とTの死亡との間には相当因果関係が認められる。
ところで、Tの脳梗塞は、被告における業務による疲労のみが原因となったわけではなく、Tの身体的素因ないし生活習慣もその原因となったことは否定できない。被告はTに対し安全配慮義務を負っているものの、他面、労働者自身もまた自己の健康を保持すべきであるところ、過去において心臓に由来する疾患等の経験を有していたTとしては、検診で指摘を受けた点について治療を受けるべきであったということができる。しかるに、Tは上記所見を受けてから脳梗塞を発症するまでの間、心房細動に関する治療を受けなかったと認められる。これらのことからすると、民法418条を類推適用し、業務過重性の程度、期間などの外被告とT双方の諸般の事情を総合考慮して、Tの損害額の3分の1をもって賠償額とするのが相当である。
3 損害額
治療費9万1430円、入院雑費6500円、葬祭料120万円、逸失利益3896万8220円(生活控除率40%)、死亡慰謝料2600万円となり、過失相殺規定を類推適用して、被告の賠償すべき金額は、2208万8716円となる。 - 適用法規・条文
- 民法415条、418条、労働基準法32条の4、労働安全衛生法3章
- 収録文献(出典)
- 労働判例858号105頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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大阪地裁−平成10年(ワ)第5264号 | 一部認容・一部棄却 | 2002年04月15日 |
大阪高裁 − 平成14年(ネ)第1673号 | 一部認容・一部棄却(上告) | 2003年05月29日 |
大阪地裁 − 平成14年(行ウ)第142号 | 認容(確定) | 2004年07月28日 |