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佐伯労基署長(けい肺)自殺事件【うつ病・自殺】
- 事件の分類
- うつ病・自殺
- 事件名
- 佐伯労基署長(けい肺)自殺事件【うつ病・自殺】
- 事件番号
- 大分地裁 − 昭和58年(行ウ)第6号
- 当事者
- 原告個人1名
被告佐伯労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1991年06月25日
- 判決決定区分
- 認容(控訴)
- 事件の概要
- Kは、昭和10年頃から各地の隧道工事の現場等で働いてきたが、昭和51年2月に最終的に離職した。Kは同年8月に検診を受けたところ、けい肺を指摘され、また同年10月、動脈硬化症、高血圧症、けい肺結核症の診断を受けた。
Kは、同年10月22日、じん肺管理区分の申請をし、健康管理区分三の決定を受け、その後昭和52年9月7日「健康管理区分四要療養」の決定を受けた。以後、Kは通院治療を受けていたが、昭和53年7月27日午後2時40分頃、自宅において縊死(本件自殺)した。享年74歳であった。
Kの妻である原告は、Kは業務上疾病に罹患したことが原因で自殺したものであるから、自殺による死と業務との間には相当因果関係があり、Kの死は業務上第害に当たるとして、被告に対し労災保険法に基づき遺族補償給付等の支給を請求したが、被告が不支給処分としたことから、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 原告が昭和55年8月1日付で原告に対してなした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 自殺と業務起因性との関係
労災保険法12条の2の2第1項は、「労働者が、故意に負傷、疾病、障害若しくは死亡又はその直接の原因となった事故を生じさせたときは」保険給付を行わない旨規定しているところから、「故意に…死亡した」ときは、一般的に業務起因性を否定しているかのように見えないわけではない。しかしながら、死という結果に対する認識認容があったからといって、それだけで故意があるとして、一律に保険給付の対象からこれを除外して考えるのは相当でないといわなければならない。すなわち一般的に自殺者が死という結果を認識し、認容していたとしても、現実にはそのこと自体が当該自殺者の置かれている諸条件に制約された結果なのであり、それらの諸条件を離れて死を認識し、或いは認容することなどあり得ない筈であるから、むしろ自殺者がどのような条件のもとで自殺を余儀なくされたか、またはどのような意図のもとに自殺を企図したかを考慮し、これが労災保険制度の趣旨に鑑みて保険給付の対象となるべきとかどうかという観点から、当該自殺の業務起因性を判断するのが相当というべきである。そして、その諸条件の中でも主たるものが、自殺者の年齢や身体的、心理的状況、自殺者を取り巻く四囲の状況その他自殺に至る経緯、就中自殺意思を形成するに至った要因や事情等であるから、これらを精査し、これが業務との関連性を有するか否かを労災保険制度の趣旨にも照らして勘案し、個別具体的に当該自殺についての業務起因性の有無を判断すべきものである。そうだとするならば、自殺に関しては、療養を余儀なくしたその業務上の疾病との間に相当因果関係が認められる場合は、労災保険法12条の2の2第1項に該当しないものと解して、業務上の事由による死亡と認めるのが相当というべきである。したがって、同条の「故意」とは、業務上の疾病との相当因果関係の系列には属さないところの、他の原因や動機に基づいて行われた自損行為における故意を意味するものと解するのが相当である。
ところで、被告は、自殺が業務上の事由による死亡と認められるためには、自殺時の精神状態が心神喪失等の状態にあり、かつ業務上の疾病と右心神喪失等の状態をもたらす原因となった精神障害との間に相当因果関係のあることが必要であって、しかも右心神喪失等の状態をもたらした原因が相対的に有力であることを要するとし、以上の要件が満たされない限り、同条の「故意に…死亡」した場合に該当する旨主張している。しかしながら、右の主張は、心神喪失等の状態をもたらした原因が相対的に有力でない限り、業務上の疾病と精神障害との間に相当因果関係は認められないというものであって、かかる見解は当裁判所の採用しないところであり、そのような厳格な解釈は、労災保険制度の趣旨に照らして、余りにも狭すぎるものというべきであるから、被告の右主張は到底採用することはできない。
2 本件自殺の業務起因性
Kのけい肺結核症は、労働基準法75条2項、同法施行規則35条別表第一の二第五号のじん肺合併症に該当する業務上の疾病であることは明らかであり、Kは「じん肺管理区分四要療養」の決定を受けて現に療養中に自殺したものであって、本件自殺とKのけい肺結核症との間には相当因果関係あることも明らかである。そうだとすれば、本件自殺は、労災保険法12条の2の2第1項には該当しないことになり、業務起因性があるものとして、労災保険法12条の8第2項、労働基準法79条、80条の規定する「労働者が業務上死亡した場合」に当たると解するのが相当というべきである。
以上のとおり、Kの死亡について、業務外のものであると認定してなした被告の本件処分は取消しを免れない。 - 適用法規・条文
- 労働基準法75条、79条、80条、労災保険法12条の2の2第1項、12条の8第2項、16条、17条
- 収録文献(出典)
- 労働判例592号6頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
大分地裁 − 昭和58年(行ウ)第6号 | 認容(控訴) | 1991年06月25日 |
福岡高裁 - 平成3年(行コ)第11号 | 原判決取消・請求棄却(上告) | 1994年06月30日 |