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地公災岩手県支部長(H小学校教諭)自殺事件【うつ病・自殺】
- 事件の分類
- うつ病・自殺
- 事件名
- 地公災岩手県支部長(H小学校教諭)自殺事件【うつ病・自殺】
- 事件番号
- 盛岡地裁 − 平成4年(行ウ)第2号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 地方公務員災害補償基金岩手県支部長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2001年02月23日
- 判決決定区分
- 認容(控訴)
- 事件の概要
- Tは、昭和51年4月に岩手県職員として採用され、昭和57年4月からH小学校教諭として勤務していた。
Tは、昭和57年10月、11月頃には道徳教育の研究会等のために、連日深夜まで自宅で準備をしたほか、道徳教育に関するH小学校のやり方に疑問を感じるなど、校長との間に軋轢を生じていた。Tは、同年12月頃には体重が減少し、疲労が激しくなり、正月休みにも自宅で公開授業の指導案の作成に追われる状況であった。
昭和58年1月22日、Tは指導案のことで校長に呼び出され、帰宅後祖母を見舞い、翌23日は1日中指導案の検討に費やし、翌24日には自動車で出勤するとして出掛けたが、その後行方不明となり、同年2月6日、岩手県県内の山中において、同年1月24日付けの遺書とともに縊死の状態で発見された。
Tの妻である原告は、昭和62年8月15日、被告に対し、Tの自殺を公務災害として認定するよう請求したところ、被告はこれを公務外災害と認定する本件処分を行った。原告は本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求を行ったが、いずれも棄却の裁決を受けたことから、本訴を提起した。 - 主文
- 1 被告が昭和63年11月22日付けでなした原告に対する公務外認定処分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 Tのうつ病について
Tには精神疾患などの病歴はなく、近親者にもそのような病歴の者はいなかったこと、校長らのTに対する人物評価は、明るく、真面目、責任感が強い、誠実、物静かなどというものであったこと、Tは物事を綿密に徹底して行うといった性格の持主であったことの事実が認められる。
Tは、少なくとも昭和57年10月頃には、不眠、食欲減退、疲労感などを訴え、同年12月頃には、孤立感、無力感、感情疎隔感、喜びの喪失を窺わせる言動を示しているほか、H小学校における道徳教育の手法と自己の道徳教育に対する教育理念との乖離に悩みながらも、H方式を理解し、遂行しようと努力を続け、その中で強い精神的葛藤を抱いていたことは明らかというべきであり、昭和58年2月に予定されていた道徳の公開授業に向けた準備に時間を割き、本件指導案の作成に異常なまでに集中し、固着していたことが窺えるのである。これらTの状況等を総合考慮すれば、Tは昭和57年10月頃から翌11月頃の間に反応性うつ病を発症し、年末年始から冬休みにかけて同症状が増悪していった結果、自殺念慮発作により自殺したものと判断するのが相当である。
2 業務起因性について
地方公務員災害補償法にいう「公務上死亡した」というためには、死亡と公務との間に相当因果関係のあることが必要であるところ、死亡が精神障害に起因する場合には、客観的に見て、公務により、当該精神障害を発病させるおそれのある強度の心理的負荷が与えられ、かつ、公務以外による心理的負荷や当該職員の既往歴、性格傾向などの個体的要因により当該精神障害が発病したとはいえない場合に、死亡と公務との間の相当因果関係が認められることになると解すべきである。
公開授業における指導案は、授業の出来不出来を左右する極めて重要なものであり、担当教諭には相当な負担となっていること、教諭という職業については、ストレスが多いことを調査研究した複数の論文も存在することの事実が認められ、同各事実に、Tは分校からH小学校への転任による執務環境の変化に伴い、その公務の内容において、前任校よりも質的・量的に負担の増加していることが窺えること、Tは2学期に入り、学校行事が連続していた昭和57年11月には、全校の授業研究会を2週続けて担当したことにより、一時的に負荷が高まったと考えられること、家に持ち帰った仕事を連日午後9時頃から同11時ないし翌午前1時頃まで行っていたこと、管理教育の側面が強いと感じていたH小学校の教育活動との間に違和感を持ち、殊に翌年2月に予定されていた道徳の公開授業では、児童をグループ分けし、各グループから抽出した児童を中心に授業を進めるH方式に相当大きな心理的葛藤があったことが窺えるのであって、意に沿わない公務に従事させられた面のあることは否定できないところであること、Tは同小学校において、着任1年目でありながら、通常担当すべき公務に加えて年間3回の授業研究会(1回は公開授業)をも担当することになっていたという公務の全体を併せ考慮すれば、Tの同公務は、客観的に見て、同人の疾病の発現、増悪の原因となるに足りる強度の心理的負荷を与えたものと認めるのが相当である。
Tには、精神的な既往歴や社会生活の適応に影響するような顕著な性格傾向等、その個体側に精神障害を発病させる何らかの要因があったことを窺わせるものはないから、公務以外に心理的負荷となり得る事情があり、これによってTにうつ病が発症したということができないことは明らかである。被告は、Tの自殺が組合活動や家族関係に起因している旨主張するが、被告主張の諸事情をもって、Tを自殺に至らせるほどの心理的負荷であったとまで認めることはできない。
被告は、Tの自殺は、心神喪失の状態にあったとはいえないとして、労災保険法12条の2の2第1項の「故意」に当たると主張する。しかしながら、精神障害により正常な認識や行為選択能力が著しく阻害され、あるいは自殺行為を思い止まる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺したと認められる場合には、その状態が心神喪失に陥っているか否かにかかわらず、「故意」には該当しないものと解するのが相当であり、また、当該精神障害が一般的に強い自殺念慮を伴うものであることが知られている場合に、その精神障害に罹患している患者が自殺を図ったときには、当該精神障害により、正常な認識、行為選択能力及び抑制力が著しく阻害されていたものと推認するのが相当であるから、この場合にも上記「故意」には該当しないものと解するのが相当である。
うつ病患者の自殺念慮、企図は同疾病の症状と認められるところ、Tは昭和57年10月頃から翌11月頃にかけてうつ病に罹患し、昭和58年1月には同症状が増悪傾向にあったほか、発見された遺書が短文の連続であったことに鑑みれば、Tは本件被災当時、うつ病により、正常な認識、行為選択能力が著しく阻害され、あるいは自殺を思い止まる精神的な抑制力が著しく阻害されていたものと推認するのが相当である。そうすると、Tの自殺は、上記「故意」に該当しないものと解するのが相当である。
以上のとおり、Tは過重な公務によりうつ病に罹患し、その自殺念慮発作によって自殺したものというべきであるから、業務起因性を認めるのが相当であり、その認定を誤った被告の本件処分は違法であるから取消しを免れない。 - 適用法規・条文
- 地方公務員災害補償法31条
- 収録文献(出典)
- 労働判例810号13頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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盛岡地裁 − 平成4年(行ウ)第2号 | 認容(控訴) | 2001年02月23日 |
仙台高裁 − 平成13年(行コ)第9号 | 認容(原判決取消、被控訴人請求棄却)(上告) | 2002年12月18日 |