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K製鉄掛長うつ病自殺事件【うつ病・自殺】
- 事件の分類
- うつ病・自殺
- 事件名
- K製鉄掛長うつ病自殺事件【うつ病・自殺】
- 事件番号
- 岡山地裁倉敷支部 − 平成6年(ワ)第215号
- 当事者
- 原告 個人3名 A、B、C
被告 株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1998年02月23日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 被告は鉄鋼の製造販売等を目的とする会社であり、T(昭和24年生)は、昭和45年6月に被告に入社し、平成3年1月から被告製鉄所工程部条綱工程課掛長の地位にあった者である。
被告は、掛長昇進後Tを労働基準法41条2号の「管理の地位にある者」として取り扱い、一般従業員とは異なり、原則として労働時間による拘束はなく、残業や休日出勤は自らの判断に任され、残業手当や休日出勤手当も支払われない反面、遅刻・早退などによる給与カットもなされていなかった。
昭和63年後半からのいわゆるバブル景気により被告工場はフル稼働になったが、Tが形綱グループに転任した平成2年4月はベテランが配置される等必要な体制が組まれていたことから、Tに過度な負担がかかる状況にはなかった。平成3年1月にTは掛長に昇進したが、ベテランが転出する等体制がダウンし、Tは部下に仕事を覚えさせるのに時間を取られた。Tは掛長になってから自殺するまでの間、出社しなかった日は僅か2日であり、週2、3回は午前0時を過ぎて帰宅するようになり、土曜・日曜も午前9時、10時に出勤し、午後9時、10時に帰宅するという状態が続いた。
同年2月頃から、Tは自宅で怒鳴ったり、異常な言動をしたりするようになり、酒量も目立って増えるようになった。Tは、同年3月中旬より寝汗をかくようになり、4月には微熱が続いたことから、病院で受診したところ、心電図、血沈、生化学的検査の結果異常はなかったが、全身倦怠や全身疲労回復を図る目的で、ビタミン剤を処方された。そして、同年6月20日、Tは日常業務をこなし、昼休みには同僚と将棋を指し、午後4時45分頃ロールスケジュールに判を押したが、午後5時15分頃被告水島製鉄所本館ビル6階屋上から飛び降り自殺した。
Tの妻である原告A並びにTの子供である原告B及び原告Cは、Tの自殺の原因は残業や休日出勤等の長時間労働によりうつ病に罹患したことによるものであり、被告には安全配慮義務違反があったとして、原告Aに対し6348万0577円、原告B及び原告Cに対し、各3100万5504円の損害賠償を請求した。 - 主文
- 1 被告は、
一 原告Aに対し、金2643万0780円
二 原告B,原告Cに対し、各1281万4811円及びこれらに対する平成3年6月20日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用はこれを2分し、その1を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決の第1項は仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 Tの労働時間の過剰生
Tは、管理職といっても条綱工程課40名の内の課長、課長補佐に次ぐ1番下の掛長であり、その職務内容は担当品種又はプロセスの業務総括、部下の育成、指導、労務管理等であって、年収も約750万円でそれ程高額の給与を受けていたわけでもなく、経営方針や労働条件の決定についての権限を有しておらず、職務遂行について広い裁量権を有していたわけでもないから、労働基準法41条2号の「管理の地位にある者」に該当するということはできない。
平成2,3年当時、被告ではサービス残業が常態化しており、Tは平成2年4月形綱グループに転任になって以降、午前8時30分までには出社し、帰宅は午後10時から12時の間で、月2,3回は午前2時頃まで仕事をし、土曜・日曜にもほとんど出勤し、掛長昇進後は更に長時間労働となり、Tが掛長昇進後出社しなかった日は僅か2日だけであり、控え目に見ても、平成3年1月から死亡時の同年6月20日までの労働時間は約2071時間となり、これを年間に引き直すと4420時間となり、過労死の年間平均労働時間3000時間を超え、所定労働時間の約2.3倍であって、社会通念上許容される範囲をはるかに超え、常軌を逸した長時間労働をしていたものというべきである。
Tは、平成2年4月、形綱グループに転任した当時は、過労状態にはあったものの過度な負担がかかるという状況にはなかったが、掛長昇進後は主任部員として各グループ全体を総括する立場となり、担当者の交替により仕事を覚えさせるのに時間を取られるなど業務上の負担が増大し、長時間労働を強いられるようになった。そしてこのような事実経過によると、Tにはうつ状態に符合する諸症状が窺われるほか、Tには精神疾患の既往歴はなく、家族歴にも精神疾患のないことを考慮すれば、Tは業務上の過重な負荷と常軌を逸した長時間労働により、同年3月から4月頃心身ともに疲弊し、それが誘因となってうつ病に罹患したものと認めるのが相当である。
過重な労働条件からうつ病は更に悪化して、Tは家庭内において怒鳴ったり、暴行に及んだり、自殺の予兆ともみられる発言や、自己否定的な発言をしたりするようになり、健康面では、微熱、左胸部痛、ひどい寝汗を訴えるようになり、疲労によるうつ病が進む中で睡眠不足もあいまって、同年6月には症状が増悪してうつ病に支配された状態に至ったために、その結果として自殺したものと認めるのが相当である。確かにTは責任感が強く、几帳面で、完全欲が強い特徴的性格であること等から、仕事量を増やしたり、より時間を費やしたりした状況はあるにしても、Tの業務、抱えていた課題等の過重な責任や被告でのサービス残業の実態等を考慮すれば、Tの長時間労働は同人の性格に起因する一面は否定できないにしても、基本的にその業務の多さに由来するものと認めるのが相当である。そして、その労働時間が異常に長時間に及んでいたことを考えると、うつ病はTの性格もさることながら、長時間労働による疲労という誘因が存在した結果であると認めるのが相当である。そして、前記のとおりのTの長時間労働、平成3年3月頃からの同人の異常な言動、疲労状態等に加え、うつ病患者が自殺を図ることが多いことを考慮すれば、Tが常軌を逸した長時間労働により心身ともに疲弊してうつ病に陥り、自殺を図ったことは、被告はもちろん通常人にも予見することが可能であったというべきであるから、Tの長時間労働とうつ病の間、更にうつ病とTの自殺との間には、いずれも相当因果関係があるというべきである。
2 被告の債務不履行の有無
一般私法上の雇用契約においては、使用者は労働者が提供する労務に関し指揮監督の権能を有しており、右権能に基づき労働者を所定の職場に配置し所定労働を課すものであるから、使用者としては指揮監督に付随する信義則上の義務として、労働者の安全を配慮すべき義務があり、本件では被告には雇い主として、その社員であるTに対し、同人の労働時間及び労働状況を把握し、同人が過剰な長時間労働によりその健康を害されないよう配慮すべき安全配慮義務を負っていたものというべきところ、Tは社会通念上許容される範囲をはるかに逸脱した長時間労働をしていたものである。
そもそも、使用者の労働時間管理は、労働時間の実態を把握することが第一歩であるところ、被告には職員の残業時間を把握するための体制がなく、各職員は残業時間数を自己申告し、その時間も実際より相当少なく申告するのが常態であり、被告もこの事情を認識していたのが相当であるのにこれを改善するための方策を何ら採っていなかったこと等に鑑みれば、被告にはTの常軌を逸した長時間労働及び同人の健康状態の悪化を知りながら、その労働時間を軽減させるための具体的な措置を採らなかった債務不履行がある。
Tは仕事に厳格で、几帳面、完全志向、責任感が強く、常に仕事に前向きに向かうという姿勢で臨んでいたもので、Tにこのようなうつ病親和性が存したことが、結果として仕事量を増大させ、より時間が必要になり、更には自己の責任といえないものまで抱え込み思い悩む状況を作り出した面は否定できないこと、Tは社内的には労働基準法41条2号の「管理の地位にある者」であり、原則として自ら労働時間の管理が可能であったのに、適切な業務の遂行、時間配分を誤った面もあるということができ、更にTが毎晩相当量のアルコールを摂取し、そのことが睡眠不足の一因となったこと等から、Tにもうつ病罹患につき一端の責任があるともいえること、Tは会社内では特段の異常言動が認められなかったこと、Tは病院で服薬を指示されたのもかかわらず、自らの判断で受診を中止したこと、原告AはTの長時間労働の実態を認識し、その異常言動に気づいていたにもかかわらず、専門医の診療を受けさせる等適切な対応を怠ったこと、Tのアルコールを止めさせなかったこと等の諸事情が認められ、これらを考慮すれば、Tのうつ病罹患ないし自殺という損害の発生及びその拡大について、被害者側の事情も寄与しているものというべきであるから、損害の公平な負担という理念に照らし、民法722条2項の過失相殺の規定を類推適用して、発生した損害の5割を被告に負担させるのが相当である。
3 損 害
本件に顕れた一切の事情を斟酌すれば、Tの死亡による慰謝料としては2600万円が相当である。
Tの年収が746万7972円であるところ、被告の定年である60歳までの19年間につき、昇給等を考慮すれば、右年収以上の収入を得ることができたと推認される。更に60歳からの5年間、65歳からの2年間については、賃金センサス平成3年男子労働者学歴計の年齢に応じたそれぞれ410万5900円、355万3500円の収入を得ることができたと推認される。そこで、生活費を控除しライプニッツ方式により算定すると、逸失利益は6771万8492円となる。また、医療費は2314円、葬儀費用は120万円と認められるから、被告の負担すべき損害額は、慰謝料・逸失利益の5割に当たる4685万9246円及び原告Aにつき医療費、葬儀費用の5割に当たる60万1157円となり、相続により慰謝料・逸失利益は原告Aが2分の1,原告B及び原告Cが各4分の1の請求権を取得し、医療費、葬儀費用は原告Aが請求権を取得したということができる。また、弁護士費用は、原告Aにつき240万円、原告B及び原告Cにつきそれぞれ110万円を認めるのが相当である。 - 適用法規・条文
- 02:民法415条、722条2項,
07:労働基準法41条, - 収録文献(出典)
- 労働経済判例速報1669号5頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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