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弁護士守秘義務違反事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
弁護士守秘義務違反事件
事件番号
大阪地裁 − 平成18年(ワ)第1464号
当事者
原告個人1名

被告個人1名
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2006年09月27日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 原告は、かつて職場で受けたセクハラについて、平成13年10月頃からA弁護士、更にB弁護士に相談し、両弁護士に問題の処理を委任していた女性であり、被告は、S弁護士会に所属し、インターネット上で「ポルノ・買春問題研究会」を共同主催していた弁護士である。

 原告は被告と全く面識はなかったが、平成14年8月頃、原告が受けたセクハラの内容・経過、A弁護士、B弁護士に委任して相手方と交渉した経過、慰謝料についてB弁護士から高すぎると呆れられたこと、それらに対する原告の心情などを記載したメールを被告宛送付した。原告は、同年9月11日、A弁護士及びB弁護士から、原告が集会などで両弁護士の実名を挙げて話していることを弁護士仲間から聞いて知っていると言われ、叱責された。原告は同年10月頃、被告に対しメールを送信したことをB弁護士に話したかと質問し、被告はB弁護士に対し原告が実在の人物かを尋ねたこと、このことは守秘義務違反にならないという趣旨のことを回答した。

 原告は同年12月、S弁護士会幹事長に対し、被告に守秘義務違反があったことを告げ、連絡を受けた被告は、原告に対し電話で守秘義務違反を謝罪した。原告は、同月12日付内容証明郵便で、本件メールを被告がB弁護士に話したことにより精神的苦痛を受けたとして、慰謝料500万円を請求したところ、被告は同月27日付内容証明郵便で、守秘義務違反はなく、慰謝料を払う意思はない旨回答した。
 原告は、平成15年4月、S弁護士会に対し、被告の懲戒を申し立てたが、同弁護士会は平成16年9月24日、被告を懲戒しない旨決定した。そこで原告は、被告の守秘義務違反により多大な精神的苦痛を受けたとして、被告に対し慰謝料150万円を請求した。
主文
1 被告は、原告に対し、20万円及びこれに対する本判決確定の日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用はこれを7分し、その1を被告の、その余を原告の各負担とする。
4 この判決の主文第1項のうち、20万円の支払を命じる部分については、仮に執行することができる。
判決要旨
 弁護士法23条は、弁護士はその職務上知り得た秘密を保持する義務を負うと規定し、弁護士倫理第20条にも同旨の規定がある。原告と被告との間に、本件メールのみによって委任関係が発生すると考えることはできないが、弁護士が守秘すべき秘密とは、委任関係を有する依頼者の秘密に限定されるものではなく、弁護士が職務上知り得た秘密が広くその対象になると解されるのであるから、原告と被告との間に委任関係がないことは、被告が原告に対する関係で守秘義務を負うと解することの妨げとなるものではない。

 上記規定にいう「職務上知り得た」とは、弁護士でなければ知ることができなかったであろうが、弁護士であるが故に知り得たという意味であると解される。本件メールは、原告がセクハラを受けたことだけでなく、セクハラ被害について弁護士に相談していること、そのことに対する不満・不安を被告に述べたということも、被告が職務上知り得たことがらに当たると解される。

 また秘密とは、世間一般に知られていない事実で、社会通念上、本人が第三者、特に利害関係にある第三者に知られたくないと考える事実、考えるであろう事実を意味すると解される。本件で、原告がA弁護士、B弁護士に事件処理を委任しているときに、その同じ内容を内緒で他の弁護士に相談していることをA弁護士、B弁護士に知られれば、自分たちが原告から信頼されていないのではないかと考え、原告との関係が悪化することは容易に予想されるところである。したがって、原告がA弁護士、B弁護士に依頼しているセクハラ問題につき、弁護士らの対応についても記載された本件メールを同じ弁護士である被告に送信したことは、原告にとって秘密に当たると解するのが相当である。したがって、被告は、原告から本件メールの送信を受けたことをB弁護士ら第三者に守秘すべき義務があるというべきである。

 被告は弁護士であり、原告から本件メールの送信を受けたことにつき守秘義務が生じることを認識すべき立場にあるから、これに反してB弁護士に対し本件メールの送信を受けたことを話したことは、少なくとも過失によって、被告が負う守秘義務に違反したものであり、これは原告に対する不法行為に当たるというべきである。他方、被告としては、見ず知らずの原告から、突然にセクハラ被害を主たる内容とする長文の本件メールの送信を受けたものであり、面識あるB弁護士の名前が出ていたことから、原告が実在する人物かを確認することを主たる目的として、B弁護士に電話をしたと考えられるのであり、弁護士として軽率であったことは否定できないとしても、その目的・態様において、違法性が大きいということはできない。
 被告が本件メールの送信を受けたことをB弁護士に話した結果、原告はA弁護士、B弁護士から叱責され、これが両弁護士との信頼関係悪化のきっかけとなったと認められるのであって、これは原告に精神的苦痛を被らせたものであるということができる。他方、原告が弁護士一般に対する不信感を有したということはその通りだとしても、そのこと自体は精神的苦痛の内容として大きなものということはできない。原告とA弁護士、B弁護士との関係が悪化を続け、結局両弁護士が辞任したこと、その後原告が新たにセクハラ問題についての依頼をしようとしても、他の弁護士になかなか受任してもらえなかったことの事実が認められるが、これらの直接の原因は、被告が本件メールの送信をB弁護士に話したことではなく、その後の懲戒申立てが原因となってA弁護士、B弁護士と原告との信頼関係が更に悪化したと考えられるのであって、そのきっかけが本件メールの送信を被告がB弁護士に話したことにあるとしても、そのこととの間に相当因果関係があるとまでいうことはできない。そして、以上の諸事情を総合勘案すると、被告の不法行為により原告が被った精神的苦痛を慰謝するに足りる金額としては、20万円をもって相当とする。
適用法規・条文
02:民法709条,弁護士法23条
収録文献(出典)
その他特記事項