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養護学校教諭頸椎椎間板ヘルニア公務災害請求控訴事件

事件の分類
職業性疾病
事件名
養護学校教諭頸椎椎間板ヘルニア公務災害請求控訴事件
事件番号
東京高裁 - 平成17年(行コ)第310号
当事者
控訴人個人1名

被控訴人地方公務員災害補償基金神奈川県支部長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2006年10月25日
判決決定区分
原判決取消・認容(確定)
事件の概要
 控訴人(第1審原告、昭和29年生)は、昭和52年4月から同58年3月まで、神奈川県立P養護学校教諭として、昭和59年4月から同61年3月まで大和市立Q中学校知的障害児学級担当教諭として、昭和62年4月から平成10年3月まで神奈川県立R養護学校教諭として、それぞれ勤務していた男性である。

 控訴人は、昭和63年8月に腰椎椎間板ヘルニアの切開手術を受け、腰に負担をかけないように上体を前傾させずに生徒を抱き上げるようになったことから、頸肩腕には一層負担がかかるようになった。その後、控訴人は頸椎椎間板症と診断されたが、第一受傷までの数年間、通院することはなかった。控訴人は、平成8年12月3日、重症心身障害の脳性麻痺児である小学校2年生の男子生徒Aを左腕で抱きかかえながら水分補給を行っていたところ、Aが急激に何回も全身を強い力で反り返らせたため、約20分間にわたり、上体に力を入れて左腕でAの身体を強く支えて介助を続けた際、頸部に痛みを覚えるとともに左手の甲にしびれを感じ、その後頸部の痛み及び左頸肩腕のしびれが残った(第一受傷)。また、控訴人は、平成9年4月7日、重症心身障害の脳性麻痺児である小学校1年生の女子生徒Bを左腕で抱きかかえて介助を行っていたところ、Bが急激に何回も身体を硬直させたため、Bの身体を落とさないようにして介助を続けた際、頸部に強い痛みと左肩から手の甲にかけて強い痛みとしびれを感じ、その後頸部及び左肩腕に強い痛み、しびれ及び凝りが残った(第二受傷)。控訴人は、頸部及び左肩腕の痛み及びしびれが更に増悪し、同年5月16日、頸椎椎間板ヘルニアの診断を受け、治療を受けるとともに、同年9月1日から平成10年3月22日まで療養休暇を取得した。その後控訴人は復職したが、頸部の負担の少ないろう学校に転勤した。
 控訴人は、同年6月11日、被控訴人に対し、本件疾病について公務災害の認定請求を行ったが、被控訴人は平成12年8月29日、公務外の災害である旨の認定処分を行った。そこで、控訴人は本件処分の取消しを求めて提訴したが、第1審では、原告に発症した頸椎椎間板ヘルニアにつき、本件各受傷時に受けた外力に起因する可能性がないではないが、本件各受傷前から徐々に進行していた椎間板の変性によって既に発症していた頸椎椎間板ヘルニアが本件各受傷をきっかけとして悪化した可能性もあり、両者は同程度の可能性があるため、本件各受傷が他の要因と比較して当該疾病の相対的に有力な原因であったとまでは認められないとして、控訴人の請求を棄却したため、控訴人がその取消しを求めて控訴した。
主文
1 原判決を取り消す。

2 被控訴人が控訴人に対して平成12年8月29日付けでした地方公務員災害補償法に基づく公務外認定処分を取り消す。
3 訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人の負担とする。
判決要旨
 地方公務員災害補償法26条、28条、29条1項等は、職員が公務上疾病にかかり、一定の障害がある場合に、一定の補償(金銭の給付等)をする旨規定しており、疾病の発症を理由とする同法による補償は、疾病が公務に起因すること(公務起因性)が必要であるところ、公務起因性が認められるためには、疾病の発症と公務との間に相当因果関係があることが必要であると解される。そして、同法による補償は、公務に内在し又は随伴する危険が現実化して公務員に疾病を発症させた場合に、その危険を負担させて補償させる趣旨に基づくものと解され、相当因果関係は、その疾病が当該公務に内在し又は随伴する危険が現実化したものと評価し得るか否かによって決せられるべきである。本件において、様々な要因が複合的に作用して発症に至るといわれている本件疾病(神経症状を伴う頸椎椎間板ヘルニア)について、その発症と公務との間の相当因果関係があるかどうかは、本件各受傷が過重な公務による負荷に基づく因子として作用した結果、頸椎椎間板の変性をその自然の経過を超えて増悪させたことによって本件疾病の発症に至ったと認められるかどうかの観点から、他の発症原因となるべき因子との関係等を踏まえて判断すべきである。

 控訴人は、本件各受傷当時、障害者の介助経験が長く、障害の程度が重く特に介助の難しい重度心身障害の脳性麻痺児を担当し、体重約20kg又は10kgの生徒を抱きかかえて左腕で支えながら頸部をねじ曲げて左手指の細かい動作で水分補給等を行うなど、頸肩腕に大きな負荷のかかる姿勢での介助を日々続けるとともに、生徒が急激に強い力で何回も全身を反り返らせたり突っ張らせるなどの激しい動きをした際、生徒を保護するために頸部をねじ曲げたまま頸肩腕に強い力を入れて無理な姿勢をとり、第一受傷の後には頸部の痛み及び左肩腕のしびれを生じ、更に第二受傷の後には頸部及び左肩腕の強い痛み、しびれ及び凝りを生じて次第に増悪し、鎮痛剤を飲まなければ症状が消えないようになり、同年6月16日に椎間板ヘルニアの診断を受けるに至ったものである。以上の経過に照らすと、本件各受傷当時における控訴人の公務は、頸椎椎間板の変性をその自然の経過を超えて増悪させる危険のある特に負荷の重いものであったと認めるのが相当であり、本件各受傷は、そのような控訴人の公務に内在し又は随伴する危険の発現として生じたものと認めることができる。
 一般に、頸椎椎間板ヘルニア及びその神経症状は、(1)相応の年数の加齢、(2)長年にわたる継続的な外力の負荷による微小外傷の蓄積、(3)一時的な強い外力の負荷による外傷など、様々な要因が複合的に作用して発症に至るものである。(イ)本件各受傷は、いずれも約20分間にわたり控訴人の頸肩腕に対して強い外力及び著しく大きな負荷が加わったことによって発生したものであり、その直後から継続的な頸部及び肩腕の痛み、しびれ等が生じ、その症状が治癒しないまま第二受傷後に増悪して頸椎椎間板ヘルニアの診断及び手術に至ったこと、(ロ)第二受傷後には頸部及び肩腕の痛み、しびれ等の増悪に加えて手の知覚障害及び握力の低下も生じ、頸部の牽引治療による痛みも生ずるようになり、頸椎椎間板ヘルニアの診断を受けるに至ったこと等の諸事情に照らすと、本件においては、経験則に照らし、本件各受傷が、控訴人の頸椎椎間板の変性を、加齢及び微小外傷の蓄積に基づく自然の経過を超えて増悪させ、その結果として頸椎椎間板ヘルニア及びその神経症状に至った蓋然性が高いものというべきである。一方、上記経過に照らすと、本件各受傷の当時、控訴人の頸椎椎間板の変性が、本件各受傷がなくても加齢及び長年の微小外傷の蓄積に基づく自然の経過により本件疾病を発症させる程度にまで増悪していたとは認め難いといわざるを得ない。そうすると、本件においては、控訴人の過重な公務の遂行の過程でこれに内在し又は随伴する危険の発現として発生した本件各受傷が、控訴人の頸椎椎間板の変性を、加齢及び長年の微小外傷の蓄積に基づく自然の経過を超えて増悪させ、その結果として本件疾病の発症に至ったのであり、したがって、本件疾病の発症は控訴人の公務に内在し又は随伴する危険が現実化したものと認めることができる。以上によれば、本件各受傷と本件疾病との間には相当因果関係を認めることができ、本件疾病の公務起因性を否定した本件認定は取消しを免れない。
適用法規・条文
地方公務員災害補償法26条、28条、29条1項
収録文献(出典)
判例時報1955号146頁
その他特記事項