判例データベース
英会話学校講師転勤・解雇事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- 英会話学校講師転勤・解雇事件
- 事件番号
- 京都地裁 - 平成16年(ワ)第2834号
- 当事者
- 原告個人1名
被告英会話学校 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2006年08月30日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部却下・一部棄却
- 事件の概要
- 被告は、語学教室及び学習塾等を経営する株式会社であり、全国に550校の語学教室を開設し、フルタイム講師5280名、パート講師920名を擁している。原告はアメリカ合衆国国籍を有する者で、平成9年5月13日に被告にフルタイムの英会話の講師として1年契約で雇用されてB校に勤務し、その後1年毎の更新を行ってきた者である。
平成15年6月、生徒が原告のレッスンに苦情を申し立て、受講契約を解除したこと、原告とスタッフとの関係が良好でなかったことなどから、被告は同月27日、(1)原告のレッスンが過度に性的な内容を含み、性的嫌がらせと感じるとの苦情、(2)原告が女性スタッフ及び女性講師のお尻や胸を触ったという苦情に関してミーティングを持ったが、原告はこれらの事実を否定した。被告は、その後もネガティブな態度を続けたことから、被告は原告を同年8月1日付けでA校に配置転換した。これに対し原告は、同年10月14日本件配転命令の無効を主張して仮処分の申立を行い、平成16年3月25日、裁判所は原告の主張を認め、A校に勤務する義務のない地位にあることを定める決定をした。
一方被告は、原告が、(1)生徒の名前と日付けを明らかにしない限り生徒からの苦情を「自動的に拒否する」と主張していること、(2)レッスンに対する改善指導を拒否したこと、(3)被告の指示するテキストの使用について反抗的な態度をとるなどしたこと、(4)スタッフとの関係改善要求を拒否したこと、(5)生徒の個人のレッスンに関するカルテを勝手にコピーし、仮処分事件の中で資料として提出したことなどを挙げて、平成16年4月9日に原告を解雇した。
これに対し原告は、被告の挙げる解雇理由はいずれも事実と異なるか、あるいは解雇を正当化する理由にはならないものであって、本件解雇はやむを得ざる事由なくしてなされ、また解雇権を濫用したものであり、不当労働行為にも当たることから無効であるとして、被告B校で勤務する地位にあることの確認と賃金の支払を請求した。 - 主文
- 1 本件訴えのうち、本判決確定の翌日以降の賃金の支払を求める部分を却下する。
2 原告が。被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
3 被告は、原告に対し、平成16年5月10日から本判決確定の日まで、毎月15日限り、月額32万2675円の割合による金員及びこれらに対する各支払期日の翌日から各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
4 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は、これを4分し、その1を原告の、その余を被告の各負担とする。
6 この判決は、3項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 本件配転命令が無効か否か
労働契約、就業規則その他に使用者が業務上の都合により従業員に転勤を命ずることができる旨の定めがあり、労働契約締結の際に勤務地を限定する旨の合意がなされなかった場合、使用者は個別的同意なしに従業員の勤務場所を決定し、転勤を命じて労務の提供を求める権限を有する。しかし、使用者の配転命令権も無制限に行使できるわけではなく、配転命令に業務上の必要性が存しない場合、配転命令が不当な動機・目的をもってなされた場合もしくは業務上の必要性がある場合であっても、従業員に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合には、当該配転命令は権利の濫用となる。この判断において通常甘受すべき程度のものである場合とは、余人をもって替え難いという高度なものであることを要せず、労働力の配置転換、業務の能率増進、労働力の能力開発、勤労意欲の高揚、業務運営の円滑化などのためでも良いと解するのが相当である。
本件では、雇用契約上原告の勤務地をB校などに限定する合意がなされたと認めることができないことから、本件配転命令の業務上の必要性を検討すると、同僚等の証言から原告とスタッフとの関係は必ずしも良好ではなかったことが推認される。そして、平成15年6月27日のミーティングの後、そのテーマである女性スタッフとの性的疑惑に対し、同僚らを連れて女性スタッフに対して署名を求めるなどしたりして、原告とスタッフとの関係が更に緊張したものになった可能性も否定できない。以上の事情を踏まえると、B校での業務運営を円滑にするため、原告をB校からA校へ転勤させることには業務上の必要性があったというべきである。
原告は、本件配転命令によって組合活動及び業務上多大な不利益を被ると主張するが、B校とA校は約600メートルしか離れていないから、B校で組合活動を行うことも可能であることを踏まえると、本件配転命令により原告が不利益を被るとしても、それが通常甘受すべき程度を著しく超えるものとまでは認めることができない。また、原告は組合活動を活発に行うようになって以降、原告に対する評価が下がり、昇給額が低額に留まったことをもって不当労働行為に当たると主張し、本件配転命令はその中で行われた旨主張するところ、確かに平成13年10月以降下位の評価が増加したことが認められるが、原告とスタッフとの関係が良好でなかったこと、原告のレッスンについて生徒から苦情があり、結果的に生徒が辞めたことなどを踏まえると、上記評価が根拠なくなされたものということはできず、被告が原告の組合活動を嫌悪して本件配転命令をしたと認めるに足りる証拠はない。
以上によると、本件配転命令は業務上の必要性があり、原告に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものではないし、不当な動機・目的をもってなされたものでもないから、権利の濫用と認める余地はなく、また不当労働行為にも当たらないから、これを無効ということはできない。
2 本件解雇が無効か否か
使用者の解雇権の行使は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして無効となる(労基法18条の2)。
原告は、被告からの各種要請に対して過剰に反応し、苦情を述べた生徒の名前、日付、苦情の写しを要求したこと、ミーティングにおいて苦情に係る事実関係を否定し、被告の指導・改善要求に不満を述べ、レッスン中に不適切なトピックを使用しないこと及びスタッフと良好な職場関係を保つことを誓約する旨の文書の提出を拒否したこと、生徒の情報が記載された個人カルテのコピーを本件配転命令に係る仮処分手続きの中で裁判所に提出したことは認定のとおりである。被告は、講師に対する苦情を言った者を当該講師に対しても原則的に明らかにしない扱いをしていたが、苦情を申し立てた生徒の意思を尊重する必要があるほか、仮に氏名を明らかにした場合に講師から不当に不興を買う可能性があったことを踏まえると、被告の上記扱いには一応の合理性が認められる。しかし、原告は被告が原告の意見を聞く場には全て応じ、最終的には被告の指示に従って公式テキストのみでレッスンを行うなどの対応をしたこと、原告の主張も苦情改善という側面のみからみれば一応考慮に値する意見であったことなどを踏まえると、原告が被告の指示を明確に拒否してきたとまで認めることはできない。また、原告がスタッフと良好な関係を保つことを誓約する旨の文書の提出を拒否したことは、本件配転命令によって一応解消されている。そして原告が生徒の情報をコピーし、持ち出した行為についても、その資料は講師なら誰でも閲覧可能であり、原告は訴訟目的の限度で使用していることなどからすると、そのことをもって直ちに解雇せざるを得ないほどの非難に値する行為とまでいうことはできない。
被告は本件配転命令の無効を認めた仮処分決定に対し不服申立を行うことなく、同仮処分決定に基づいて原告をB校へ復帰させることもなく本件解雇を行っていること、同年5月13日に行われた新契約締結のための観察授業は、当初同年4月1日に予定されていたこと、本件解雇までに譴責、減給、出勤停止などの懲戒処分をとっていないことを踏まえると、本件解雇は仮処分決定の効力を妨害する意図の下に行われたことが推認されるというべきである。以上を総合すると、本件解雇は客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められないものといわざるを得ず、その権利を濫用したものとして無効というべきである。
3 原告に対する雇止めが無効か否か
期間の定めのある雇用契約は、たとえ期間の定めのない労働契約と実質的に同視できない場合であっても、雇用継続に対する労働者の期待に合理性がある場合は、解雇権濫用の法理が類推され、解雇が無効とされるような事実関係の下に使用者が新契約を締結しようとしなかった場合、期間満了後における使用者と労働者の法律関係は従前の労働契約が更新されたのと同様の法律関係となると解するのを相当とする。
原告と被告との雇用契約は、1年間の定めがあり、毎年契約更新の手続きが行われ、その都度契約書の作成も行われていたことからすると、実質的に期限の定めのない契約と異ならない状態にあったとまでいうことは困難である。しかし、原告は7年間特に問題もなく新契約の締結を繰り返してきていること、平成16年5月からの新契約締結のため、A校での観察授業とこれに基づく評価面談が当初同年4月1日に予定されていたことなどからすると、原告の雇用継続に対する期待には合理性があるというべきであり、被告の新契約の締結の拒否には解雇権濫用の法理が類推される。ところで、被告は本件解雇と同様の理由及び意図の下に新契約を拒否していると考えられるから、原告と被告との労働契約に期間の定めがあることを前提としても被告の原告に対する雇止めは無効であり、原告と被告間においては、従前の雇用契約が更新されたと同様の法律関係が成立しているとするのが相当である。 - 適用法規・条文
- 民法628条、労働基準法18条の2
- 収録文献(出典)
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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