判例データベース
F社賃金台帳等文書提出命令抗告事件
- 事件の分類
- 賃金・昇格
- 事件名
- F社賃金台帳等文書提出命令抗告事件
- 事件番号
- 大阪高裁 − 平成16年(ラ)第1317号
- 当事者
- その他抗告人(相手方) 株式会社
その他相手方(申立人) 個人1名 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 決定
- 判決決定年月日
- 2005年04月12日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- 本件の基本事件において、本件抗告人(第1審相手方)の従業員である相手方(第1審申立人)は、違法な男女差別により、女性であることを理由に男性より昇格が遅れ、賃金差別を受け、SI級昇格者研修を受けられなかったとして、労働契約の債務不履行ないし不法行為を理由として、昇格の遅れがなかった場合との差額賃金相当額の損害、精神的損害等の賠償を求めるほか、SI級昇格者研修を受講させるよう求めている。
第1審申立人は、差別を証明するために本件申立てを行い、民事訴訟法220条4号の規定に基づき、本件抗告人に対し、同人が入社した昭和48年度の前後各2年間に入社した高専卒男性について、賃金台帳、労働者名簿、ノーツと称される抗告人のコンピューターデータの人事情報のうち、「資格歴」「研修歴」についてのデータの提出を求めた。
抗告人は、これらのデータは、労働者のプライバシーに関わるものであり、外部に開示することは予定していない自己利用文書であるとして提出を拒否したが、第1審では、申立人の申立てを基本的に認容し、プライバシーを侵害しない範囲での提出を命じたため、抗告人はこれを不服として抗告したものである。 - 主文
- 1 本件抗告を棄却する。
2 抗告費用は、抗告人の負担とする。 - 判決要旨
- ある文書が、その作成目的、記載内容、これを現在の所持者が所持するに至るまでの経緯、その他の事情から判断して、専ら内部の者の利用に供する目的で作成され、外部の者に開示することが予定されていない文書であって、開示されると個人のプライバシーが侵害されたり個人ないし団体の自由な意思形成が阻害されたりするなど、開示によって所持者の側に看過し難い不利益が生ずるおそれがあると認められる場合には、特段の事情がない限り、当該文書は民訴法220条4号ニ所定の「専ら文書の所持者の利用に供するための文書」に当たると解するのが相当である。
労働者名簿や賃金台帳の調製を義務付けた規定は、直接には労働基準監督行政のためのものであるが、その内容は、労働契約や就業規則等により確定された使用者と労働者間の労働契約関係の内容を直接示すものである。そうであれば、労働者名簿や賃金台帳の作成目的や記載内容は、一方では労働基準監督行政機関に提出するものであるとともに、他方では、労働者の現実の労働条件を記録化することによって、労働者に対しては、行政機関の監督権限の発動を促すことを介して、法令に適合しない労働条件を改善する機会を与えるためのものであると解することができる。そして、通常は労働者名簿や賃金台帳が開示されたとしても、使用者の意思形成に看過し難い不利益が生ずるおそれがあるとは認められず、本件もこれと異なる事情は存しないから、本件労働者名簿や賃金台帳も民訴法220条4号ニ所定の文書には当たらないものと認めるのが相当である。
本件資格歴、研修歴(資格歴等)は、抗告人が内部管理情報として保有するものではあるが、その内容は、会社固有の内部情報ではなく、いずれも各労働者に帰属する個人情報であるということができる。この点において、本件資格歴等は、当該労働者本人が他の労働者等にみだりに開示されないと通常期待するものであり、法的保護の対象となるプライバシーに係る情報に該当することはいうまでもない。しかし本件資格歴等は、抗告人が各労働者につき決定した結果を示したものに他ならず、本件資格歴等には抗告人の意思形成過程が反映しているわけではない。このような内容、性格、抗告人における管理のあり方からすれば、本件資格歴等は、専ら内部の者に利用する目的で作成された文書には当たらないというべきである。のみならず、本件資格歴等にみられる資格名、研修名は、抗告人において客観的に定められた職位、研修であり、職位については格別秘匿すべき事柄ではなく、研修名もその内容ではなく、その種別を明らかにすること自体は格別秘匿すべき事項とも認められない。各労働者の誰を何時どの職位に就けるか、どの研修を受けさせるかは、抗告人の人事管理上の判断事項であるが、本件資格歴等は、決定後の職位や研修歴を記載したものに過ぎないから、それの開示が、将来にわたる抗告人の人事管理上の意思形成を妨げ、看過し難い不利益があるとまでは認めることができない。
基本事件の訴訟類型においては、違法な男女差別があると主張されている比較対象者と相手方との賃金格差、昇格・昇給格差の有無を審査するに当たり、比較対象者の賃金の推移、昇格・昇級の推移を認定することが不可欠であり、逆に、抗告人においても、違法な男女差別がないことを主張立証するには、比較対象者の個人情報に属する各賃金の推移、昇格・昇級の推移を主張立証することが許されなければならないから、本件資格歴等が当該比較対象者のプライバシーに係る情報であるとしても、抗告人及び相手方双方にとって立証上不可欠な資料であるということができる。したがって、本件基本事件の訴訟類型においては、特に第三者たる個人のプライバシーを開示する側面があることは否定できないとしても、訴訟当事者にとって立証上不可欠な証拠資料であることを考慮すると、本件賃金台帳、労働者名簿及び資格歴等を開示すべき特別の事情があるものと認めるのが相当である。
民訴法197条1項3号にいう「技術又は職業の秘密」とは、その事項が公開されると、当該技術の有する社会的価値が下落し、これによる活動が困難になるもの又は当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるものをいうと解するのが相当である。然るに、本件賃金台帳や資格歴等は、技術に関する事項ではない上、その開示によって、抗告人の職業に深刻な影響を与え以後その遂行に困難をもたらすものとも認め難いから,これらの文書は、民訴法220条4号ハ所定の文書には当たらないというべきである。
以上の次第で、本件賃金台帳、労働者名簿及び資格歴等につき、原決定主文の限度で開示を認めた原決定は相当であって、本件抗告は理由がない。 - 適用法規・条文
- 労働基準法107条、108条
民事訴訟法220条4号、 - 収録文献(出典)
- 労働判例894号14頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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大阪地裁 − 平成16年(モ)第884号 | 一部認容・一部却下(控訴) | 2004年11月12日 |
大阪高裁 − 平成16年(ラ)第1317号 | 棄却 | 2005年04月12日 |