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U航空会社配偶者手当不支給事件

事件の分類
賃金・昇格
事件名
U航空会社配偶者手当不支給事件
事件番号
東京地裁 - 平成10年(ワ)第17019号
当事者
原告 個人1名
被告 航空会社
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2001年01月29日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 被告は、アメリカ合衆国において航空機運行を目的とする会社として登録された会社であり、原告は昭和45年9月P社に採用され、被告がP社から営業譲渡された後は被告の従業員として勤務していた女性である。

 被告と労組間で平成10年5月に締結された労働協約には、家族手当について、(1)男子社員で正式の妻のある者 月額16500円、(2)女子社員で正式の夫のある者 月額16500円、(3)社員で実子又は実父母を扶養している者 扶養者1名に対し(5名まで)月額7000円、と規定されている。なお原告は、P社に勤務した後現在まで独身であり、婚姻したことはない。

 原告は、労働基準法3条により労働者の国籍、信条、社会的身分を理由として賃金、労働時間その他の労働条件について差別的取扱いをしてはならないとしているところ、婚姻しているかどうかは、同条の「社会的身分」に該当し、結婚するか否かは人生観に関するもので個人の「信条」に当たること、被告の配偶者手当支給規定は男女を問わず法律上婚姻をした者すべてに支給することとし、被告の従業員同士が婚姻した場合の二重支給を禁じておらず、また配偶者の有職、無職、収入の多寡を問わないという2点で著しく不合理な内容のものであることから、同配偶者手当は、単に婚姻している地位に基づいて支給される婚姻手当ともいうべきものであり、これは婚姻している者としていない者をその社会的身分又は信条により合理的理由なく差別するもので、労働基準法3条に違反し、かつ法の下の平等(憲法14条)に反するもので、民法90条の公序良俗違反により無効であると主張した。

 また原告は、婚姻するか否かは、個人の幸福追求権(憲法13条)に含まれ、同人の真摯な同意によってのみ成立されるものであり(同24条)、職場環境から強制されるべきものではないこと、結婚をすれば給与が上がるという差別は結果として、結婚の強制につながり、「女性は結婚するもの」という強固な封建的女性観が残存している日本社会では、未婚の女性は数としても社会的地位としても少数派であり、社会的地位が低いことから、結婚手当を制度化して既婚者優遇制度を採ることは、憲法13条、24条のプライバシー権、幸福追求権、自己決定権を侵害するものであり、また本件配偶者手当支給規定による賃金格差は労使の現場への憲法秩序の形成を規定する憲法27条に違反し、民法90条の公序良俗に違反すると主張した。

 更に原告は、結婚すれば賃金が上がるという協約は、結婚が当たり前という偏見、慣習を明確化し、助長しているから、偏見及び慣習その他あらゆる慣行の差別撤廃を求めている女性差別撤廃条約に真っ向から反すること、結婚しないことをおかしいとか、結婚すればよいなどというセクシャルハラスメントを積極的に後押しする効果を持ち、従来の封建的な社会慣習、文化的規範を押し付ける効果を持つから、雇用機会均等法にも違反すると主張した。

 原告は、被告の配偶者手当支給規定により違法無効な手当が支給されてきたことは労働基準法3条違反であり、民法709条の不法行為に該当すること、使用者は労働者に対し均等待遇をすべき債務を負っているから、婚姻の有無で賃金につき差別することは債務不履行となることを主張し、本件配偶者手当支給規定により、原告に対する不合理な差別が28年間継続・蓄積し、支払いを受けられなかった配偶者手当相当額は800万円となるほか、職場内で「あなたが結婚すればよいのだ」と言われるなどの中傷を受けた精神的損害に対する慰謝料は800万円になるとして、合計1600万円を被告に対しを請求した。
 これに対し被告は、本件配偶者手当支給規定は公正な労働協約に基づくものであり、労使交渉の結果締結された労働協約については合理性・適法性が推定されるべきこと、わが国の経営慣行の下においては、家族手当制度は広く支持されており、これが公序良俗に反して無効であるということはあり得ないこと、配偶者手当によって配偶者がいる者といない者との間で一定の賃金格差を生じさせてはいるが、その差は給与の僅か数パーセントに留まり、かえって結婚後も勤務を継続する意欲を持たせ、結婚退職という慣行に抗する機能を果たしてきたこと、仮に原告が被告の「不当差別」によって精神的苦痛を被ったとしても、金銭をもって慰謝しなければならないほどのものではないこと等を主張して争った。
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
 本件家族手当は、被告の就業規則に定められており、具体的な金額については労働協約で定められているものであり、具体的支給条件が明確になっているから、労働基準法11条の労働の対償としての賃金に当たるものと認められる。

 P社における家族手当支給規程では、当初支給対象として、女子従業員の場合のみ配偶者を扶養していることが要件とされていたところ、P社及び労組は男女平等を図るため、女子従業員について配偶者に関する扶養要件をなくし、配偶者を有する従業員全員が支給対象となった。その後、P社から被告へ営業譲渡され、P社時代の労働協約に沿う協約が被告日本支社でも締結され、就業規則が定められたものである。このような事実関係に、そもそも家族手当は個別的家族状況に応じて支給される性質のものであり、家族手当の果たしている社会経済的な一般的役割に照らせば、家族手当は具体的労働に対する対価という性格を離れ、家族関係を保護する目的で支給される生活扶助又は家計補助給付としての経済的性格を持つものであるといえる。そして、具体的労働の対価として支給されるものでない手当について、どのような支給要件を定めるかについては、画一的基準を定めざるを得ないところである。

 以上のとおり、本件においては、(1)各労働協約の締結の経緯を見れば、その動機、目的及び手続きに不当な点は認められず、(2)内容としても当初女子従業員についてのみ配偶者について扶養要件を付していたのを、男女平等を図るため、扶養要件を外したものであること、(3)P社又は被告においては、労組との交渉を重ねて各協約の内容を形成してきたことの各事実が認められ、(4)平成9年12月末現在における労働省の調査によれば、配偶者の所得制限のない支給規定を設けている企業も配偶者手当支給規定を有する企業のうちの半数にのぼっている事実が認められるのであり、これらの事実を総合すれば本件配偶者手当支給規定は、独身者を不当に差別した不合理なものということはできず、また男女差別の点も認められないから、労働基準法3条、憲法14条、13条、22条、27条、均等法に反するとは言えず、民法90条に反し無効ということはできない。
 原告の損害賠償請求は、本件配偶者手当支給規定が違法であることを前提とするものであるところ、本件配偶者手当支給規定を違法とすることはできないものであるから、原告の主張は理由がない。
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
労働経済判例速報1759号15頁
その他特記事項