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O社配転拒否事件

事件の分類
配置転換
事件名
O社配転拒否事件
事件番号
福岡地裁小倉支部 - 昭和49年(ヨ)第84号
当事者
その他申請人 個人1名
その他被申請人 株式会社
業種
製造業
判決・決定
決定
判決決定年月日
1975年07月01日
判決決定区分
却下
事件の概要
 被申請人(会社)は、本店のほか、各地に工場、営業所を置き、肥料その他の化成品の製造・販売を営む会社であり、申請人は、昭和35年9月、会社門司工場に臨時従業員として雇用され、半年後に正式に採用された後、同工場に勤務していた男性である。
 名古屋営業所は所長以下男子5名、女子2名で業務を行っていたところ、男子1名の欠員を補充する必要が生じたため、門司工場から人選することとし、高卒30歳前半の者、事務経験が豊富な者、営業マンとして適当な者等の基準を定め、申請人を適任と判断した。そこで会社は、昭和49年3月6日、申請人に対し名古屋営業所への転勤命令を内示したところ、申請人はこれを拒否したが、結局了解しないまま同年4月9日、名古屋営業所に着任した。申請人は本件転勤命令について、(1)申請人は門司工場でのみ働く意思で採用された地元採用者であり、遠隔地に転勤を命じられること等は聞かされていなかったこと、(2)本件転勤命令は、会社にとって合理的必要性がないこと、(3)申請人の実母(60歳)は失対労務者で肝臓を患っているほか、弟2人は定職がなく扶養能力がないため、申請人が実母を引き取り面倒をみなければならない状態であること、(4)申請人は妻及び子供2人(2歳、4ヶ月)と共に妻の父(65歳)と同居していること、(5)申請人が名古屋に赴任してから、義父は孤独な自炊生活を強いられ、実母は不安な1人暮らしを余儀なくされていること、(6)名古屋営業所での主たる業務は販売活動であるところ、人選基準にはセールスマンの適格性という観点は無視されていること、(7)本件転勤命令は、申請人の組合活動を制圧する意図に出た不当労働行為であることを主張し、本件転勤命令の効力停止を求め、仮処分の申請を行った。
主文
本件仮処分申請を却下する。
申請費用は申請人の負担とする。
判決要旨
 一般に労働の場所は労働者の生活に対して重大な影響を与えるものであるから、賃金や労働時間などと共に重要な労働条件にあたり、労働契約の要素をなすと考えられる。従って、一定の場所で勤務している労働者をその同意なしに一方的に他の場所に転勤させる権限が使用者に当然あるものではなく、労働の場所についての変更が認められるか否かは、その労働者と使用者との労働契約によって判断すべきであり、労働契約の締結される際、特にこれを特定する旨の合意がなされていない場合は、結局契約内容は、同時期あるいは同種形態の採用者との比較、就業規則、慣行、労働協約上の定め等を基準として、当事者の意思を確定するのが妥当と解せられる。

 会社の就業規則によれば、申請人の主張するような本社及び営業所採用、工場採用という異なった採用形態は存在せず、また労働条件は全て会社同一で、従業員に違いはない。転勤については、特に昭和38年以降営業所の欠員を工場から補充するようになり、会社は営業所、工場の区別なく人事を行っていた。就業規則によれば、会社は業務の都合で社員に転勤を命ずることがあり、社員は右命令に従うべき義務を負っており、しかも申請人は採用選考の際、会社に入社希望者身上申告書を提出して、いずれの事業場に転勤しても差し支えない旨上申している。門司工場において、これまで申請人と同年に入社した従業員のうち少なくとも4名以上が営業所に転勤している。これらによれば、申請人と会社間の労働契約上は、申請人の就労場所を門司工場に限定する旨の合意がなされていないことは明らかである。

 名古屋営業所では業務が急増し、更に生産状況が回復した場合の拡販活動に備え、男子5名の定員を割ることはできない状況であり、異動基準に照らして申請人を名古屋営業所に転勤させたものであるが、名古屋営業所の補充要員の必要性、申請人選考の経緯、内示以来発令までの経緯等から考えると、会社には本件転勤命令を発して申請人を名古屋営業所へ転勤させなければならない業務上の必要性があったものと認めるのが相当である。

 一般に労働者が使用者と労働契約を締結し、労働関係に入ることによって、その個人的生活関係に種々の影響を受けることは当然予測され得ることであり、且つ合意されたものであるが、労働契約の履行が労働者の生活関係を根底から覆す等の特段の事情がある場合には、その個人的家庭的事情は労働契約の履行義務を免れるべき理由となり得る場合があるものと解するのが相当である。そこで本件についてみると、本件転勤命令当時、申請人は家族と共に64歳の妻の父親と同居していたが、右義父の扶養義務者は近所に勤務する妻の長兄であって、以前は同人が義父と同居していたこと、現在同長兄が家屋を新築中であり、将来義父の面倒を見る話があること、また申請人の母は身体が強いとはいえないが、失対労働に従事し、従来から申請人とは別居して生活していたこと等の事実が認められる。これら事実を総合すると、申請人の妻の父親は老齢ではあるが、同人の実子の存在、生活状態並びに居住地等から考えて、申請人のみがあくまでも門司区内に留まって同人の面倒を見なければならない事情にあるとは到底首肯し難く、一方申請人の母親との事情についても同人の健康状態が完全とはいえないけれども、申請人は従来から同人と同居していたわけではなく、同人は現に稼働しており、本件転勤命令時あるいは近い将来子供達の世話を受けなければならない状態にあるとまでは認められない上に、申請人以外に子供らが存在していること等から判断して、申請人が本件転勤命令に従って名古屋営業所へ転勤しても、申請人及びその母親の生活関係が根底から覆されるような犠牲を強いられることになるとは到底いえない。以上、会社には申請人を名古屋営業所へ転勤させなければならない業務上の必要性がある上に、申請人には右命令に従うことによってその生活関係が根底から覆されるような事情はないのであるから、本件転勤命令が人事権の濫用であるとは到底いい難い。
 本件転勤命令が会社の業務上の必要性に基づくものであり、当初は転勤の対象者として申請人の名前は上がっていなかったものであるから、会社が業務上の必要性以外に何らかの意図をもって申請人を名古屋営業所へ転勤させようと計画していたとは到底推認し難い。更に本件内示以来発令に至るまでの会社の申請人に対する説得、発令後赴任日を延期して申請人の意に沿うよう配慮したこと等を考えると、会社の態度には不当労働行為に該当する事実は勿論その意思を推認させるような事実は窺われない。よって、本件転勤命令は不当労働行為であるから無効であるとの申請人の主張も採用できない。
適用法規・条文
なし
収録文献(出典)
労働判例234号46頁
その他特記事項