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派遣システムエンジニア解雇事件

事件の分類
セクシュアル・ハラスメント
事件名
派遣システムエンジニア解雇事件
事件番号
東京地裁 − 平成16年(ワ)第7700号
当事者
原告個人1名

被告コンピューター工事会社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2004年09月10日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 原告は、平成15年4月、コンピューターシステムエンジニアとして、被告に期間の定めなく雇用され、同年7月7日よりB生命保険会社の本社システム部に派遣され、約1ヶ月の予定で、B生命本社システム部による実地研修が行われた。

 原告は、同月15日の勤務終了後、研修を担当したB生命の女性社員Aに好意を抱き、口頭で「お茶でもいかがですか。」と誘ったところ、Aは誘いに応じる気はなかったが、原告の立場に配慮して、「忙しいのでそのうち皆で行きましょう。」と婉曲な表現で断った。しかし、原告はその真意を察することなく、翌16日午前の勤務時間中、B生命のパソコンを使用してA宛に改めてお茶に誘うメールを送信した。Aはこれを受けて困惑し、上司に相談したところ、上司はB生命の社内ネットワークシステムの構築及び監視業務を請け負うCウエアに対し、被告会社に注意するよう依頼した。Cウエアから注意を受けた被告会社の課長Dは直ちに原告と面談すべく連絡を取ったが、双方の都合が合わず、翌17日に原告が被告会社に赴くことになった。その際Dは原告に対し、面談の理由や苦情について伝えなかったため、原告は事情を知らないまま、17日朝、2回目のメールをA宛に送信した。
 B生命では、原告への注意を要請したにもかかわらず、再度原告からA宛にメールが送信されたことから、Cウエアの担当者に強く苦情を述べ、同担当者はDに対し、原告のB生命への立入りを禁ずる旨伝えるとともに、原告の行動により重要な顧客を失いかねない状況であるとして強く抗議した。被告は、同日社内で協議の上、原告を懲戒解雇することを決定し、「懲戒免職」と題する書面を原告に交付して懲戒解雇を通告するとともに、原告に退社時誓約書を作成させた。これに対し、原告は、解雇の無効を主張して提訴した。
主文
判決要旨
1 本件懲戒解雇の効力

 原告のAに対する誘いは、口頭で1回、メールで2回に過ぎず、内容も「お茶に誘う」域を出ないものと認められ、B生命の抗議を受けたCウエアからの注意要請を受けて、被告が原告に対し適切な注意、警告をしていれば2回目のメールは回避できたと考えられる。原告の行為は、自己の立場をわきまえない軽率なものではあるが、むしろ適切な対応を取らなかった被告の側の責任がより大きいというべきである。原告の行為がこのようなものであってみれば、これをもって被告の就業規則の解雇事由である「ハレンチ,背信な不正義の行為をなし、社員としての体面を汚し、会社の名誉を傷つけたとき」に該当するとみることはできない。

 原告がB生命のパソコンを使用して私的なメールを送信したことは、仕事中は私用メールをしないという被告の服務規律に反し、対外的に被告の信用を低下させる行為といえるが、この点を合わせ考慮しても、原告の行為が懲戒解雇事由に該当するとするのは困難であり、システム安全確保に対する被告の信用を著しく侵害されたとも認められないから、本件懲戒解雇はその理由がない。

2 普通解雇の効力

 本件の原告の行為の内容及び態様それ自体は特に強く非難されるべき行為とまでは言えず、それが原告のB生命への立入り禁止に至ったことには被告の対応の不適切さが介在しており、顧客側からの苦情に対し被告が速やかにかつ適切に対処していれば、このような事態は回避できたと考えられること、原告が顧客のパソコンを使用して私用メールを送信した点も軽微なものであることから考慮すると、本件行為により、原告について直ちに社員として不適格とまで認めるには至らず、仮にこれを肯定したとしても、本件解雇は解雇権を濫用するものというべきである。したがって、仮に本件懲戒解雇の意思表示が普通解雇の意思表示を兼ねるものであると解し、原告が採用4ヶ月以内で就業規則上試用期間中であったことを前提としても、本件解雇は解雇事由がないか、又は解雇権の濫用として無効というべきである。

3 合意解約の成否

 原告は退職時に退社時誓約書に署名押印して被告に提出したこと、被告から解雇を通告された直後の8月に被告に対し解雇予告手当の支払いを請求し、被告は9月4日にその支払いをしたこと、解雇通告後は出社せず他の仕事を行ったこと、7月下旬頃に離職票や源泉徴収表の交付を請求したことが認められる。しかしながら、退社時誓約書については、被告から損害賠償も考えていると言われ、そういう事態を避けるためやむを得ず提出したことが認められ、また離職に関する書類の請求や解雇予告手当の請求は、労働基準監督署に相談した際、その助言を受けて行ったことであり、これにより解雇を受け入れるという意識はなく、弁護士に相談し、平成16年1月に地位保全等の仮処分を申し立てたことが認められるから、被告の合意解約の主張は失当である。

4 賃金請求権の可否
 双務契約において、一方の債務が債権者の責めに帰すべき事由により履行することができないときは、その債務者は反対給付を受ける権利を失わない(民法536条2項本文)。本件は、懲戒解雇としても、普通解雇としても無効であり、合意解約の成立も認められないから、原告は、被告の責めに帰すべき事由により労務を提供できなかったというべく、その反対給付たる賃金請求権を失わない。また、本件解雇後、原告は生活のため他の仕事をして収入を得ていたが、これは生活維持のためやむを得ず一時的に行ったと認められるから、これをもって原告の賃金請求権を否定することはできない。なお、原告が得た収入については、原告に平均賃金の6割の支払いが確保される限度において、別途被告が原告に対しこれを償還請求できると解される(民法536条2項ただし書、労働基準法26条)。
適用法規・条文
民法536条2項
労働基準法20条、26条
収録文献(出典)
労働判例886号89頁
その他特記事項
本件は控訴された。